1. 数学の準備
数学の準備というと、少し身構えてしまうかも知れません。熱力学ではある物理的な変化に対して、増加するか減少するかが決まっている物理量があります。例えば、孤立系のエントロピーは増加します。変化がゼロになったところで熱平衡となります。物理量の増減を考えるのには、微分が便利です。
(1) 微分
y=f(x)という関数があったとします。横軸をx、縦軸をyにとると、xに対するyの傾きがプラスであればyは増加、ゼロであればyは最大もしくは最小(上に凸なら最大、下に凸なら最小)、マイナスであればyは減少です。
ここで、y=f(x)のx=x0における傾きの求め方を示します。すなわち、微分です。
y0=f(x0) (1)
です。x=x0+Δxにおいては、
y1=f(x0+Δx) (2)
となります。x0から微小距離離れた場所では、y0は、Δy=y1-y0だけ変化します。式をまとめると、
Δy/Δx=[f(x0+Δx)-f(x0)]/Δx (3)
において、Δx→0とした極限値を微分といい、dy/dxもしくは、df(x)/dxと書きます。
分母Δxをゼロにすると、ゼロで割る感じが気持ち悪い人もいるかも知れません。しかし、分子もゼロに近づくので、有限な極限値をえることができます。
例として、y=f(x)=x^3、の傾き(微分)を求めましょう。
f(x+Δx)=(x+Δx)^3
=x^3+3・x^2・Δx+3・x・Δx^2+Δx^3
[f(x+Δx)-f(x)]= 3・x^2・Δx+3・x・Δx^2+Δx^3
Δy/Δx=[f(x+Δx)-f(x)]/Δx
= 3・x^2+3・x・Δx+Δx^2 (4)
ここで、Δx→0の極限で、
dy/dx= 3・x^2 (5)
となります。
ここで、dy/dxやdf(x)/dxは、見た目は分子と分母からなるように見えますが、これらは、分母分子ひっくるめて傾きを表す一つの関数です。
(2) 全微分と偏微分
上では、y=f(x)のように、変数が一つの場合を説明しました。二つの変数を持つy=f(x1,x2)の場合には、
Δy=∂f(x1,x2)/∂x1・Δx1+∂f(x1,x2)/∂x2・Δx2 (8)
で与えられます。∂f(x1,x2)/∂x1は、x2を一定としたときのx1に関する微分です。これを偏微分といいます。式(8)は、変数x1、x2がΔx1、Δx2だけ変数が変化したときのyの変化Δyです。(3)のように微小量Δxを分母に移行しないで、(8)のように、変数Δx1、Δx2を分子に残したまま、変化量Δyを表示する方法を全微分といいます。
1変数を全微分で書くと、
Δy=dy/dx・Δx (9)
と書けます。
傾きの符号だけですと、変数xの変化の向きでyの増減が変わって面倒です。以下では、(8)(9)の全微分の形式で書くことにします。
*dy/dxや∂f(x1,x2)/∂x1は関数の傾きです。全微分は、傾きがほとんど変わらない範囲で、変数xをΔxだけ変化させたら、yの変化Δyがどのくらいかを計算する、という考え方です。
(3) 便利な微分公式
f(x)とg(x)の積の微分は以下です。
Δ(f(x)・g(x))=(f(x+Δx)・g(x+Δx)-f(x)・g(x)
+(f(x)・g(x+Δx)-f(x)・g(x+Δx)
= [f(x+Δx)-f(x)]・g(x+Δx)+f(x)・[g(x+Δx)-g(x)]
=Δf・g(x+Δx)+f(x+Δx)・Δg (10)
となる。両辺をΔxで割ると以下となる。
Δ(f(x)・g(x))/Δx=Δf/Δx・g(x+Δx)+f(x)・Δg/Δx (11)
Δx→0の極限ど以下をえます。
d(f(x)・g(x))/dx=df/dx・g(x)+f(x)・dg/dx (12)
もう一つ、合成関数f(g(x))の微分公式を示します。
Δ(f(g(x))=f(g(x+Δx)-f(g(x)) (13)
ここで、
Δg=g(x+Δx)-g(x) (14)
より、式(13)は、以下となる。
Δ(f(g(x))=f(g(x)+Δg)-f(g(x))
=[f(g(x)+Δg)-f(g(x))/Δg]・Δg (15)
[]内は、Δf/Δgであるので、式(15)をΔxで割ると以下となる。
Δ(f(g(x))/Δx=Δf/Δg・Δg/Δx (16)
Δx→0の極限で以下を得る。
d(f(g(x))/dx= df/dg・dg/dx (17)
(4) その他: 自然対数の計算
このシリーズでは、エントロピーの計算に対数演算を使います。底を自然数(ネイピア数)とした、自然対数を使います。
証明は省略します。主な公式は、
log(a・b)=log(a)+log(b)
log(a/b)=log(a)-log(b)
log(x^α)=α・log(x)
d(log(x))/dx=1/x
です。
【問】以下を証明せよ。後の章で使う。
y=x^α (6)
のとき、
dy/dx=α・x^(α-1) (7)
ここで、αは実数とする。
回答: αが整数の場合は、上のy=x^3と同様に証明できます。
αが実数の場合には、g(x)=log(x)のとすると、dg/dx=1/xを利用する。両辺の対数をとる。
log(y)=α・log(x)
両辺をxで微分する。
(dy/dx)/y=α/x
dy/dx=y/x=α・x^(α-1)
本日の要点
・熱力学量には物理的な変化において増加か減少かが
決まっているものがある。例えば、エントロピーである。
・物理量の増減を考えるのには、微分が便利である。
・y=x^αのとき、dy/dx=α・x^(α-1)
・全微分表示は、以下で書ける。
Δy=dy/dx・Δx (1変数の場合)
Δy=∂f(x1,x2)∂x1・Δx1+∂f(x1,x2)∂x2・Δx2
(2変数の場合)
・以下よく使う公式である。
積の微分
d(f(x)・g(x))/dx=df/dx・g(x)+f(x)・dg/dx
合成関数の微分
d(f(g(x))/dg= df/dg・dg/dx
自然対数の公式
log(a・b)=log(a)+log(b)
log(a/b)=log(a)-log(b)
log(x^α)=α・log(x)
d(log(x))/dx=1/x
次回は、2. エントロピーについて述べます。
全微分(8)は、変数x1,x2を変化させて、再び元に戻したとき、関数yやfが元に戻る場合を完全微分といいます。当たり前に聞こえるかもしれません。しかし、yやfをある物体のエネルギーとします。x1やx2が物体のある座標とします。もしも、物体が移動中に摩擦でエネルギーを失うと、元の位置に戻るときに摩擦エネルギーは回収できないので、エネルギーは少なくなります。この場合は、不完全微分です。もちろん、摩擦で失ったエネルギーを忘れずにカウントすれば、問題ありません。ただただ、数学的には不完全微分と呼ぶだけです。摩擦エネルギーを回収できない事実は熱力学に深く関連します。このシリーズでは重視しませんが、熱力学を正しく理解するには、完全、不完全微分には、注意をはらう必要があります。




