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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第3章 身近な脅威
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第98話 厄介な女性

 宇治川の中州にある公園の中で、2人の女性が睨み合っている。雪女である永野梓美(ながのあずみ)と、橋姫(はしひめ)の名を持つ鬼、一条愛宕(いちじょうあたご)

 彼女達は碓氷雅樹(うすいまさき)を巡って、言い争いをしている。何の因果か、どうしてこうなったのかと雅樹は困惑している。

 梓美から好意を寄せられているのも良く分からないし、愛宕が急に自分を求め始めたのも謎であるからだ。

 あくまで餌として、というのならまだ理解は出来る。自分がどういう存在か、雅樹は把握している。


 妖異にとって魅力的な餌であり、感情というエネルギーを大量に摂取できる。だが彼女達は、雅樹を旦那にするつもりだ。

 大江(おおえ)イブキから聞いた知識として、雅樹と妖異の間で子供を作るメリットはある。しかしそういう事でも無さそうだから余計に。

 一応梓美は子供を作るとも宣言しているが、それが主目的ではないらしい。そのせいで、余計混乱してしまう雅樹。

 妖異である彼女達が、本気でただの人間に過ぎない自分を好きなのか。それとも目的ありきなのか。彼には判断が出来ない。


「ウチがイブキ様から許可を貰ったんやから、アンタの出番はあらへんで」


 ウェーブの掛かった茶髪をポニーテールにした、可愛らしい美少女の梓美。女子高生と偽っているが、永い時を生きる妖異だ。


「なら(わたくし)でも良いのでは? イブキ様が自分の男にしないのなら、誰でも同じでしょう」


 唐突に雅樹を夫にすると言い出した愛宕は、イブキの配下である鬼だ。和服を着た大和撫子な彼女もまた、雅樹を狙い始めた。

 初対面である彼女は、自分にまつわる詳細は知らない筈だ。なのにどうしてなのかと、梓美以上に困惑するしかない雅樹。

 接点は皆無であり、ついさっき名前を知った相手でしかない。だが愛宕は、梓美と張り合って雅樹との結婚を主張している。


「あの……俺達、初対面ですよね?」


「ええそうです。でもそんなの関係ないでしょう? だって私好みのお顔なのですから」


 ストレートに顔が好みだったと言い切る愛宕。雅樹は知らない事だが、橋姫とはそういう妖異である。

 好みの男を巡って、女性と争って来た。彼女は梓美が言うように、非常に面食いであり美男子が大好きだ。

 負けてしまった場合は、藁人形に釘を打ち付けて、呪いをかける厄介な女性だ。丑の刻参りの伝承を作ったのは、他ならぬ彼女だった。

 ただの人間がやっても、大きな効果は得られない。だが鬼である彼女が行えば、強力な妖術として呪いが発動する。

 これまでにそうして、多くの女性を呪い殺している。あまりやり過ぎないよう、イブキから釘を刺される程度には殺して来た。


「顔だけで選ぶ女が、雅樹君に相応しいわけないやん」


「あら? 貴女も大概、ビジュアルで選ぶじゃない」


 愛宕の言う通り、梓美だってある程度見た目で選んでいる面はある。ただそれは、選ぶ理由の1つというだけだ。


「アンタほど顔で選んでへんわ! ウチは中身も重視してんねん!」


 梓美が雅樹を気に入っている理由は、初対面の時に見せた行動だ。昼間から男達に絡まれて、この人間達をどうしてやろうか悩んでいた。

 殺しても構わないのだが、日中で人の目もある。目撃者全員の記憶を奪うにしても、1人でも処理が漏れてしまうと後で困る。

 通行人は確定としても、周囲の建物の中から誰かが、目撃する可能性も考えねばらない。そうしていた時に、梓美を助けたのが雅樹だった。

 イブキから話に聞いていた少年が、梓美に媚びようとしない。普通の男子生徒なら、すぐ取り入ろうとするというのに。

 簡単に靡かないところと、イブキが欲しがるのも納得の魂。気になったから暫く関わってみて、純粋に惹かれて行った。


「私だって、中身は大切にしていますよ? 切っ掛けが容姿だというだけで」


 愛宕は気に入った容姿の男を捕まえて、自分のモノにしては喰らっている。やっている事自体は、梓美とそう変わらない。

 自分に向けられた男性達の愛情を、貪るように喰らう。彼女にとってはそれこそが、最高の食事であるのだから。

 ただ梓美と違うのは、嫉妬深くてやや愛が重いところか。愛した男性が浮気や不倫をした場合、相手の女性を激しく恨む。

 まさに鬼の形相で、相手を呪い藁人形に釘を打つ。橋姫は人間と鬼の間に生まれており、腕力はそれ程強くない。

 だがその分妖力は強い為、彼女の使う妖術は非常に強力なのだ。圧倒的な腕力で撲殺するのではなく、豊富な妖力で呪殺する。


「よう言うわ! アンタが好きなんは、見た目の良い男ばっかりやん」

 

「あ、あの~梓美先輩、そろそろ落ち着きません?」


 ヒートアップしていく梓美を、雅樹はどうにか宥めようとする。公園の人が少ない位置まで来たとは言え、流石にそろそろ注目され兼ねない。

 どうどうと梓美を抑えながら、愛宕とどう接するべきか雅樹は悩む。綺麗な大人の女性に、容姿を認めて貰えたのは嬉しい。

 しかも妖異なのだから、これまでも多くの魅力的な男性を知っている筈だ。それは梓美とて同じで、感謝はしている。

 だがこんな状況になってしまうのは、正直あまり喜ばしくはない。梓美に喧嘩なんて、して欲しくないから。


「冷静なお方なのですね。益々気に入りました。私、知的な男性は大好きですので」


 愛宕の言葉に、また梓美が反応しようとする。しかし雅樹が落ち着くように言うので、梓美はどうにか堪える事が出来た。


「えっと、お気持ちは嬉しいのですが……いきなり結婚はちょっと」


「雅樹様は、私ではご満足頂けないのですか!?」


 そういう事じゃないと、雅樹は慌てて答える。今までに出会った妖異とは、また違った癖のある女性だなと、雅樹は思った。

 この場を切り抜けるには、どうするべきかと悩む雅樹。別に彼女が嫌だという程、拒否感は特にない。ただお互いに、まだ何も知らない。

 突然の話だったから、困惑しているというだけ。その事を上手く伝えつつ、穏やかに場を治める方法を彼は模索している。

 事を荒立てず、穏便な解決方法は何か。梓美を下手に刺激せず、愛宕も気付付けない丁度良い落としどころ。


「だったら……先ずは、お友達からでどうでしょうか?」


「雅樹君!? 本気なんか!?」


 こんな女とは関わらない方が良いと、梓美は雅樹に伝える。梓美は愛宕の性格を、それはもう良く知っているから。

 嫉妬に狂い、呪い殺す面倒で厄介な鬼。人間で言えば、ヤンデレという表現が相応しい相手。メンヘラも併発している一面を持つ。

 ただ幾ら説明をされても、雅樹はいまいち理解出来ない。彼はヤンデレやメンヘラという言葉が、良く分かっていないから。

 剣道1本に打ち込むあまり、漫画やアニメを殆ど観て来なかった雅樹は、ネットスラング等にも疎く意味を知らない。

 清楚で綺麗な女性だとしか思えず、梓美がそこまで止めようとする意味が分からなかった。ただ友達になるだけなのにと。


「まあ! よろしいのですか?」


「えっと、それで一条さんが構わないなら」


 愛宕と呼んで欲しいと彼女は返し、雅樹と連絡先を交換する。ウチは知らんからなと、梓美はやや不満げな様子だ。

 とりあえず何とか場は落ち着いたので、雅樹は胸をなでおろす。関わる妖異がまた増えてしまった事の意味を、彼は良く分かっていない。

 もうエエやろと梓美が、雅樹を連れ出そうとする。だが愛宕は、雅樹の腕を抱き行かせようとしない。


「雅樹様はこれまでに、宇治へ来た事がないのでは? 私が見掛けた事はありませんもの」


「え、ええ。そうですけど」


 愛宕は雅樹の存在だけは知っていた。イブキが保護を決めた後、京都府内の妖異へと通達が出ている。雅樹に手を出すのは禁止であると。

 故にこうしてイブキの妖力を纏う、愛宕好みの男子が居たら先ず目に付く。しかしこれまで一度も出会っていない。

 ならば初めて来たのでは無いかと、愛宕は考えたのだった。事実その通りだったので、自分が宇治を案内すると言い出す愛宕。

 梓美は愛宕の同行を渋ったが、宇治で暮らす妖異が案内してくれるならと、雅樹は受け入れる。そうして雅樹は、初めての宇治を堪能した。

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