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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第3章 身近な脅威
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第96話 弱き妖異達の悲しい現実

 市立三国(みくに)中学校へと到着した碓氷雅樹(うすいまさき)永野梓美(ながのあずみ)は、学校の調査をスタートしていた。当然学校の許可は得た上で。

 普段の調査であれば、昼は下見で夜が本番となる事が多い。しかしそれは、相手が何者で、何処に居るかも分からないからだ。

 今回のケースは、居る場所と相手が既に判明している。そもそも学校の怪談自体、対象が分かっているものばかりだ。

 わざわざ探して周る必要はなく、特定の場所へ行けば良いだけ。しかも殆どの相手は、居場所を変える事が出来ない。


「音楽室は、北校舎の3階やっけ?」


 ここで校長をやっている依頼者の荻野春子(おぎのはるこ)から、音楽室の場所は聞いている。念の為に梓美は、雅樹へ確認を取る。

 

「はい、そうですよ」


 三国中学校は4つの校舎に分かれている。北校舎に南校舎、そして東校舎と職員室等がある本館だ。

 カタカナのコの字に、縦1本の棒を横に足した形となっている。問題の音楽室は、1年生が使う北校舎にある。

 来客用のスリッパを履いた雅樹と梓美は、パタパタを音を立てながら校舎内を歩いて行く。すれ違う生徒達が、不思議そうに見ている。


 今は夏休みとは言え、部活動で学校に来ている生徒達が校内で活動中だ。全校生徒では無いが、それなりの人数が居るのだ。

 そんな中で、高校生ぐらいの私服を着た知らない誰かが居る。しかも整った顔立ちの少年と、可愛らしい美少女だから余計に。

 雅樹へ興味を示した女子生徒、梓美に惹かれた男子生徒。両方を生みながら、音楽室へと向かって行く。


「なんやモテモテやん、雅樹君」


「えっ? 梓美先輩でしょう?」


 雅樹は注目を集めている原因は、全て梓美だと思っている。女子はファッションリーダーを見る気持ちで、男子は梓美が可愛いから。

 そういう事だと雅樹は思い込んでおり、自身へ向けられた女子からの視線に気付いていない。彼は少々、好意へ鈍いところがあった。

 田舎暮らしをしていたので、雅樹は大勢の前に出た事が無い。沢山の女子達と、会った事が無かった。だから彼は分かっていないのだ。

 一般論で言えば、雅樹はモテる方である。イケメンと言って差し支えなく、こうして恋に恋する乙女達の前へ出れば、当然注目される。


「ああ、うん……雅樹君、案外鈍いねんな」


 梓美は少し呆れた表情で、隣を歩く雅樹の方を見ている。これは中々攻略が難しいぞと思いながら。


「そ、そうかなぁ? そんなつもりは無いんですけど……」


 妖異に対する察知能力については、どんどん鍛えられている。しかし色恋に関しては、まだまだ未熟だと言わざるを得ない。

 良く分かって居ない雅樹を連れて、梓美は音楽室へと到着した。本日は吹奏楽部がコンクールに行っており、音楽室は無人だった。

 調査をするには丁度良い。校長には音楽室へ誰も近付けないように、先程注意喚起をして来たところだ。

 

「う、うん? なんだろうこの気配?」


 雅樹は妙な違和感を覚えた。妖異と対峙する時と似ているようで、微妙に違う感覚がしている。妖異にしては、気配が弱い。


「あ~なるほどな。コイツら相当弱っとるんやな」


 梓美は音楽室に居る妖異達が、弱っている事に気付いた。妖異として存在を保つ事の出来る、ギリギリしか妖力が残っていない。

 弱い妖異が迎える症状、避けられない定め。人間を喰らうのが難しい妖異だって、存在している。その典型例がここに居る妖異達。

 例えば目が動く肖像画は、ただそれだけでしかない。夜に鳴るピアノも、特にそれ以上の何かはないのだ。


 一説では『エリーゼのために』を聞くと、呪われて死ぬという噂もあるが、音楽室の怪談としては一般的ではない。

 そしてどちらの妖異も、人間と直接接する事が出来ない。だから怖がらせても、感情を喰らう事なんて出来ないのだ。

 彼らが怪談として望まれたのは、あくまでそういう存在である。つまり彼らは、人間の認識と恐怖が薄れると弱ってしまう。


「死期を悟ったから、最後の役目を果たそうとしてるんやな?」


 梓美に問いかけられた肖像画達は、瞼を伏せて同意を示す。ピアノもまた音を鳴らして反応した。彼らはただ、それだけが目的だった。

 自分達の終わりが近付いており、最後の日まで望まれた通りの妖異として、真っ当するつもりなのだ。音楽室の怪談として。


「そんな事、あるんですね」


「せやな。コイツらみたいな妖異は、いつか消える定めや。多分、後1曲が限界ちゃうか?」


 梓美は肖像画達と、ピアノの妖異について説明を始める。人間を喰らう能力を持たないまま、生まれてしまった妖異達。

 そういう存在は結構多く居るのだ。例えば異界だって、人間を取り込めずに居れば消えてしまう。存在する為のエネルギーは必須だからだ。

 生まれる事は出来ても、人間達が恐れ、認識してくれないとエネルギーが集まらない。そうなってしまうと、じりじりと妖力が減って行く。

 元から大して強くない妖異は、人間達からエネルギーが供給されないと消えるだけ。特に現在は、少子化で子供達が減っている。

 その分だけ、学校の怪談について触れる人間も減少してしまう。学校の怪談を認識する人間は、ピークからずっと減るのみだ。


 戦後の日本は、1954年に2989万人の子供達が居た。その時代は各地の学校で、色んな怪談話が飛び交っていた。

 だが1971年から74年に掛けての、第二次ベビーブームを最後に、子供達は減少し続けている。一時的に怪談達が、回復するタイミングもあった。

 1990年代に学校の怪談ブームが起こり、色んな漫画や映画などが公開された。しかし現在は、特に流行っているジャンルではない。

 この傾向は以前から分かっていた事で、怪談から生まれた妖異達は減少して行っている。学校自体が廃校になってしまう事も増えた。


 居場所を失った彼ら彼女らは、存在し続けるのが難しい。例えばトイレの花子さんは、トイレがある事は絶対の条件である。

 廃校になって校舎が無くなってしまうと、そこに居た花子さんは存在がブレてしまう。トイレという存在の根幹が失われる。

 そうなってしまうと、『トイレの花子さん』という怪談ではなくなる。当然そこから得ていた、エネルギーの流入は無くなってしまう。


「じゃ、じゃあ後はどうなるんですか?」


 心配する程の関係ではないけれど、雅樹は彼らがどうなるのか気になった。多少の哀れみぐらいは覚えている。


「ただ消えるのみやなぁ。仕方ない、そういうもんや」

 

 最後は妖力の塊となって、周辺を漂い消滅を待つのみ。何者でも無くなった以上、何もする事が出来なくなっていく。

 消え去るのは仕方ないし、支配者達も特に助ける事はない。勝手に生まれて、勝手に消えるだけだから。

 人間の影響で生まれた特殊な存在に過ぎず、普通の妖異と同じ扱いにならない。生まれ持った特性も、全て違っている。

 怪談である事を望まれ、恐れられたから生まれただけの存在だ。それ以外の何かになる事は出来ない。

 動物や人間が、進化して妖異になるのとはまた違う。仮に助けたとしても、同じ未来が待っているだけ。ただの延命措置でしかない。


「色々とあるんですねぇ……妖異って」


 雅樹はしみじみと思った。これまでに見て来た妖異は、本当に個性的で色々な存在ばかりだった。


「そうやで~ホンマ、色々あるねん。せっかくやアンタら、最後の演奏を聞かせてや」


 梓美もまた、色んな妖異を見て来た。消えて行く所を見送って来たし、自らの手で討伐もして来た。この世はそういう世界なのだと、良く知っている。

 妖異は理不尽な存在だが、そもそも世界のルール自体も理不尽なのだ。受け入れるしかなく、文句を言っても何も変わらない。

 もうすぐ肖像画とピアノは、ただの絵とピアノに戻る。この学校の音楽室は、放っておいても平和を取り戻すだろう。


 雅樹が何かをしなくても、解決してしまう。だけど少しだけ、雅樹は可哀そうだなと思った。勝手に生み出されて、勝手に消える彼らの事が。

 自分達の終わりが近いと分かっていても、真っ当に役目を最後まで果たして消えて行こうとする姿。

 そこに少しの敬意を覚えながら、雅樹は梓美と共に最後の演奏を聞いた。彼ら妖異が、ここに生まれた最後の意味となる為に。

 この前の化け猫と同じように、妖異の為になる解決だって悪くないと思うから。それが今の雅樹が考える、助手としての在り方だった。

学校の怪談、また流行らないかなぁと少しノスタルジーな気持ちです。

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