第95話 学校の怪談と聞き取り調査
大江探偵事務所に届いた依頼。大阪堺市にある市立三国中学校の、怪談に関する問題。2人の男子生徒が不登校になった事件。
何が起きていたのかという調査と、解決に向けて碓氷雅樹と永野梓美が向かった。先ずは不登校になった生徒からの聞き取りだ。
学校と保護者の協力を得て、2人の生徒と対面する場を作って貰い、彼らの主張を聞く事に。
2人の生徒は学校へ行きたがらないので、個室のある焼肉屋で対面するプランを梓美が提示した。
彼らはあくまで学校に行きたくないだけで、外に出る事までは拒否していない。そして男子中学生にとって、タダで焼肉なんてご馳走だ。
しかも相談に乗ってくれる美少女付きともなれば、口も軽くなるだろうという作戦だ。事実少年達は、梓美の提案に乗っかった。
思春期という難しい年齢だと、大人を相手に本音を話すというのは難しい。隠したい事があったり、見栄を張ろうとしたり。
色々な事情が邪魔をして、言葉を詰まらせてしまうものだ。だが雅樹と梓美は、歳の近い他人である。
学校という狭い世界で生きる彼らにとって、同じ組織に属していない相手だ。学校で噂になるだとか、気にする必要はない。
「君達が青井蓮君と、芝村拓哉君だね?」
先に待っていた雅樹が、個室に入って来た2人へ尋ねる。学校では見た事もない美少女が居たので、2人は梓美に見惚れていた。
「名前、合うとる?」
2人が自分に見惚れていると分かっていながら、梓美は彼らへ問い掛ける。今日は長いふんわりとした茶髪を、後頭部で結びポニーテールにしている梓美。
紺色のキャミソールに、赤いミニスカート。肌色成分が多めな格好に、厚底サンダルという出で立ち。男子中学生には少々刺激的だ。
「あっ、はい!」
「そ、そうです」
ニッコリと梓美に微笑みを向けられると、真っ赤になってしまう2人。気持ちは分かるよと、雅樹は思っていた。
どうにか席へ着いた2人は、雅樹と梓美から自己紹介を受ける。好きな物を頼んで良いと言われた2人は、少し緊張している。
梓美が居るという事もそうだが、この状況が良く掴めていない。相談に乗ってくれる人達が居るからと、両親からは伝えられた。
学校も認識している事で、怖がる必要もないと。大人は誰も居ないから、ゆっくりして来れば良いとも言われた。
だが子供には高そうな焼肉店で、好きに頼めと言える資金力は無い筈だ。目の前に居るのは、高校生ぐらいに見える男女。
本当に頼んで良いのか、相談に乗ってくれるというのは事実か。来てみたは良いが、少々困惑している2人。
相談をしたくても、学校の怪談が怖いなんて中々言えない。2人が不登校になった本当の理由を、把握しているのは一部の人間だけ。
同じ怪談に遭遇した先輩は信じてくれた。だがそのせいで、余計に怪談話が生徒達の間で噂となって広がっている。
「ウチらはそういう事の専門家やからな、お金には困ってへん。ホンマに好きに頼めばエエ」
「何なら俺が少し頼んでおくよ」
梓美と雅樹が2人の緊張を解す為に、少しずつ肉を頼んで場を取り仕切る。最初は口数が少なかった2人の中学生も、少しずつ会話を始めた。
最初は梓美が話題を振って、2人が答えるという形式だった。しかし次第に2人の方から、雅樹と梓美に声を掛けるようになっていく。
元々蓮と拓哉の2人は、ヤンチャな生徒だった。あまり礼儀だとか、気にするタイプでは無かったのも大きい。
それに専門家だという事が、2人の興味を引いた。中学生ぐらいの男子にとって、心をくすぐる表現でもあった。以前の雅樹と同様だ。
「専門家って、幽霊と戦ったりするんすか?」
「うーん……まあ、そうだね」
雅樹の回答を聞くなり、すげぇと言って2人は盛り上がる。学校を怖がってはいても、ずっと怯えて暮らしているわけでは無かった。
両親を目の前で喰われるといった、雅樹のような目に遭ったのではないから。心身へのダメージとしては軽微らしい。
「せやからな、2人が何を見たんか教えて欲しいねん」
梓美が本題へと誘導する。蓮と拓哉が見た何か。何と遭遇したから、学校へ行かなくなったのか。噂とはどんな内容なのか。
彼らが知っている全てを、包み隠さず話して欲しいと。自分達なら君達が話す事を、笑って馬鹿にしないからと約束して。
穏やかで優しそうな雅樹と、とても可愛らしい梓美。美味しい焼肉も奢って貰い、2人の警戒心はかなり低くなっていた。
今日初めて会った相手だけど、話しても良いような気分になった。梓美の目が一瞬輝いた事に、2人は気付いていない。
「俺らの先輩が、音楽室の怪談話をしていたからさ」
「そうそう、だから本当か確かめてやろうって」
蓮と拓哉は当時の事について話を始める。深夜の学校に忍び込んで、音楽室へと向かった。最初は何も起きていなかった。
しかし時間が経って、少しイタズラをしようとした時に異変が起きた。夜中の11時頃、急にピアノの音が聞こえた。
さっき見た時は誰も居なかった筈の音楽室。ピアノの音なんて、鳴るわけがないのに聞こえている。慌てて戻ってみれば、異様な光景が広がっていた。
掛かっていた筈のカバーが外れ、鍵盤だけが勝手に動いて曲を奏でている。録音された音声ではなく、間違いなく目の前で演奏されていた。
「何かの仕掛けかと思って、物を投げてみたんだ」
「そ、そしたら……壁の絵が俺らを睨んだんだ!」
その記憶を思い出した2人は、青い顔をして当時の詳細を話す。間違いなく仕掛けなんて無かった。見間違いじゃないと言い切る。
飾られたかつての作曲家達の絵が、蓮と拓哉に向けて視線を寄越した。眼球が動くところを、確かに見たのだと。
それから2人は必死で逃げ出し、学校を出て自宅に帰った。眠れない夜を過ごして、朝になっても部屋から出なかった。
体調が悪いと親に嘘をついて、その日は学校を休んだ。お互いに連絡を取り合って、無事を確認し合いながら過ごした。
当然翌日からも学校には行かず、そのまま不登校になっていく。部屋や家の外に出るのは平気になったが、学校だけは今も行きたくない。
彼らの主張を纏めると、大体そのような内容だった。雅樹と梓美からすれば、そうおかしくはない話だ。有り得ない話ではない。
「広がっている噂についても、教えて貰って良いかな?」
「い、良いっすよ」
拓哉と蓮が、クラスのグループチャットなどのSNSを見せる。そこで広がっていたのは、良くある怪談話のオンパレード。
トイレの花子さんや、動く人体模型など。今回の件と関係ない話まで、生徒達の間で広まっている。結構な数の生徒が認識しているらしい。
面白半分で捏造をしている生徒が、何人か居るようだ。霊感があると、自称している生徒まで出ている。
どうやらちょっとしたブームになっているらしく、状況を楽しんでいる生徒達も多い。怖がっているだけでは無い。
「なるほどなぁ……よう分かった。ありがとうな」
大体の状況を理解した梓美は、スッと席を立ち2人の側に近付いて行く。彼女の甘い香水の匂いが、2人の中学生へ届く。
「は、はい。えっ?」
「あ、あの、何を……」
梓美が座っている2人の頭に、優しく手のひらを置いた。困惑している2人だったが、次の瞬間には両者とも眠ってしまう。
似たような光景を何度も見て来た雅樹は、何が行われているのか理解している。2人の記憶から、余計な情報を消しているのだ。
「どこまで消すんです?」
「知らんでエエ事だけな。ウチらとの会話を改竄するだけや」
雅樹と梓美が信用させる為に、話したこの世界の真実。本当に実在している妖異に関する話題の数々。
その内容を都合良く改竄して、相談だけはしたという事実だけを残す梓美。精神的なダメージも、少し軽減しておく。
暫くして2人が目を覚ますのを待ってから、雅樹と梓美はこの会合を終わらせた。2人の中学生は、スッキリとした表情で帰って行った。
今日の朝からお昼にかけて投稿する、『廃ホテルの支配人』という純粋なホラーを出します。
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