第91話 罪と罰
妖異対策課から回って来た依頼を終えて、碓氷雅樹と永野梓美は大江探偵事務所へ帰って来た。
イジメに関係していた人間達への対処は完了した。化け猫は学校そのものを呪う事は止め、監視程度に留めている。
雅樹はこれで良かったのかと、少し悩んでいる。主犯格達に罰を与える事で、解決を図ろうと思ったのは彼だ。
しかし化け猫と交渉している内に、方向性が少し変わって行った。大江イブキと那須草子のアドバイスも追加された。
結果としては、雅樹が想定していたよりも厳しい処罰が下された。人の命を奪ったのだから、処罰が厳しいのも分かる。
ただその罰則が、少し苛烈な内容となった。雅樹は土下座とか、それぐらいのつもりだった。それで許されるかはともかく。
「また悩んでるんか?」
梓美は雅樹の雰囲気から、悩んでいる事を見抜いた。滋賀での件でもスッキリ解決とは行かず、雅樹が悩んでいたのを知っているから。
「うーん……まあそうですね。彼女達がやった事は最悪です。でも彼女達だけが、あの処置っていうのもちょっと……」
雅樹がモヤッとしている点はそこだった。イジメを行っていた10人の高校生達。確かに彼ら彼女らが、悪であるのは間違いない。
じゃあだからと言って、世のイジメっ子全員が同様の処置かと言えば違う。社会的な制裁だけで、終わっている場合もある。
イジメ以上に、悪い事をやっている人間達は居る。例えば雅樹が初めて関わった事件、花山総合病院の院長など良い例だ。
ただ彼の場合は、妖異の喰いモノになるという罰が下った。だがそうでは無い悪人だって幾らでも居る。テロや戦争を起こす者も居る。
悪だとされる人間の中で、イジメに関わった主犯格達より軽い罰のまま、終わっている者も居るじゃないかと。
「まあウチらって、別に警察とちゃうからなぁ。平等な措置なんて取らへんし」
「それは……そうなんですけど」
梓美もそうだしイブキだってそうだ。彼女達はかなり人間寄りで考えてくれる妖異ではある。だけど法の執行者ではないのだ。
立ち位置としては、ヤクザやマフィアとそう変わらない。みかじめ料を貰う代わりに、阿漕な活動を監視し抑制しているだけ。
結果的に人間の為になっているというだけで、平等な正義のもとに活動してるのではない。人間の法にも、厳密には従っていない。
だからどうしても、雅樹から見て平等な終わりにならない事もある。雅樹の正義感を守る為に、イブキ達が居るわけではないのだから。
ただ雅樹が知らない事だってある。人間が間違いを犯した時に、どういう対処をするかは妖異によって違うのだ。
「雅樹君が思う程、ウチらは何もしてへんのちゃうで? 例えば大規模な戦争で、滅茶苦茶死なれたら困るやんか?」
「……確かにそうですね」
以前にも第二次世界大戦で、大変な苦労があった話を雅樹は聞いている。広島の支配者、雷獣イツカに絡む話で出て来た話題。
あれから大量破壊兵器の使用は、禁止するように妖異から人間へと言い渡された。だからここ数十年、使用されていない。
小規模な争いなら起きてはいるものの、世界中で戦争を行う程にはなっていない。それは妖異達が管理しているからだ。
それぞれの土地に居る妖異が、必要以上に人間が死なないように注意している。上手く行っていない地域も当然あるのだが。
「だからやり過ぎた人間には、当然その報いは受けて貰っとる場合が多いな。どこやったかな~? 紛争を起こした国のトップが、妖異のオモチャにされよったで」
梓美はこれまでにあった処置を幾つか雅樹に提示する。支配者のお気に入りだった人間を殺した、哀れな強盗殺人犯の末路。
梓美ではない雪女がモノにしようとしていた男性を、殺してしまったストーカー女の残酷な終わり。
放火で焼かれた山が、妖異の住処だった時の話。雅樹が知らないだけで、妖異の怒りを買って罰を受ける人間は結構居るのだ。
余計な事さえしなければ、無難に生きて行けたのに。自分から虎の尾を踏みに行った者の最後は、どれもこれも悲惨なものばかり。
今回のイジメだって、主犯格達が余計な事をした結果だ。ある意味では説法に似た結末を、迎えただけとも言えるだろう。
「意外と結構、処罰されているんですね」
「そらそうやで。大人しく管理されとらんのが悪いんやから」
結局この惑星において、人間の自由意志はあって無いようなもの。妖異の管理下で大人しく暮らしていれば、相応の自由を謳歌出来る。
だが許容出来ない行動に出れば、何らかの形で処分を喰らう。ただその真実が、普通の人間には知られていないだけで。
例えば犯罪を犯して刑務所に行った者達。比較的軽微な罪であれば、お勤めを終わらせたら五体満足で出て来られる。
しかし重大な罪を犯した者であったら、花山のように妖異の喰いモノとして最悪の末路が待っているのだ。
妖異は確かに理不尽な存在だが、それは悪人に対しても理不尽だという事。見ようによっては、誰よりも平等だとも言える。
「そう思えば、今回の件もマシな方なんですかね?」
雅樹は色んな例を聞いて、イジメの主犯格達はまだ軽い方だったのかと考えを改める。
「まあそうやな。滅茶苦茶に痛めつけられて、生きたまま喰われるより全然マシやな」
「……うぇ」
雅樹はちょっと想像しただけで、最悪の映像が目に浮かんだ。生きたまま喰われるという部分が、あまりにも悍ましかった。
悪趣味な妖異であれば、それぐらい普通にやる。喰われているという恐怖と苦痛に染まった人間を、楽しみ味わいながら喰らう。
犯した罪の何倍も、恐ろしい目に遭う悪人達は大勢居るのだ。泣き喚いて命乞いをする事すらも、笑って楽しむ妖異が居る。
嘘をついて試練を与える妖異も居る。どうせ助からないのに、必死で足掻く姿を見ながら酒を飲む。
約束が違うじゃないかと、訴える人間に向けて彼らは言うのだ。人間ごときと交わした約束を、俺が守る理由なんてないと。
「ホンマ色んな奴がおるからなぁ。ウチは雅樹君を旦那に出来たら、それでエエし満足やけど」
「い、いやまあ、その話はまた別なんで……」
ここぞとばかりにアピールをする梓美から、雅樹はそっと目を逸らす。それと共に彼は思う。化け猫の呪いを受けた人々は、これからどうなるのだろうと。
呪いの内容は、自分が行った事に相応する罰が下るというもの。呪いで死ぬような人間は、相当な行為をやっている。
雅樹個人の見立てでは、性的な暴行を行った男子生徒は怪しいラインだと思っている。下手をしたら死ぬだろうなと。
イジメの内容を聞いただけで、雅樹は凄まじい嫌悪感を覚えた。コイツが同じ人間なのかと、疑ったぐらいだ。
指示役をしていた主犯の女子生徒も、やった事の内容はどれも酷い。性的な暴行をさせたのも、その女子生徒だった。
「どうしてイジメなんて、やれてしまうんだろう」
「しゃーない。弱い者ほど、自分より弱い者を虐げたがるんや」
雅樹には理解出来ない。他者をイジメてどうなるのかと。そんな事に、何の価値も見出す事が彼には出来ない。
草子に剣の道を教えられる過程で、雅樹は武士道を学んだ。その中には、弱き者を守り助ける大切さが含まれていた。
己を律する事の大切さも教えられた。だから雅樹は、真っ直ぐな少年に育った。イジメなどとは無縁の存在として。
それに雅樹は己の弱さを自覚している。だから草子より強くなろうとした。妖異という存在を知って、自分の小ささを思い知った。
「何か、今回の事件は複雑な気分ですよ」
「ウチが癒してあげようか?」
感情を喰らおうとする梓美と攻防を繰り広げながら、雅樹は自分なりに心の整理をつけた。どうしようもない人間だっているのだと。
本当に恐ろしいのは、妖異ではなく人間なのかも知れないなと雅樹は感じていた。




