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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第3章 身近な脅威
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第90話 イジメの代償

 私立兵庫学園の体育館で、生徒達が集められていた。全校生徒ではなく、ごく一部の生徒だけだ。

 そして校長を始めとした、一部の教師達も含まれている。ここに集められたのは、とある共通点がある。

 イジメを苦に自殺した少女、川村真央(かわむらまお)と関わりがあった者達だ。そして彼女の両親も、ここに呼ばれていた。

 当然停学処分となっていた、イジメの主犯格達も呼ばれている。彼ら彼女らは、一様に青い顔をしていた。

 これまでに主犯格達に降りかかった不運は、相当なものがあった。不幸に怯える日々が続いている。


 彼ら彼女らが青い顔をしているのは、何も最近起きている不幸だけが理由では無かった。

 体育館の中には、見知らぬスーツ姿の男性達が、ぐるりと壁に沿って配置されているからだ。

 一体彼らは何者なのか、これから何が始まるのか不安でしょうがないのだ。全員サングラスを掛けて、たまに無線で誰かと会話している。

 まるでこれから何か良くない事が、起ころうとしているのではないか。そんな嫌な予感だけはしているのだ。

 学校関係者は知らない事だが、スーツ姿の彼らは、妖異対策課兵庫支部の職員達である。とある目的で彼らはここに居る。


「集まったようだな」


 学校関係者達が聞いた事のない声が、体育館の中に響いた。だがそれは、スピーカーを通してではない。

 どういう理由なのか、大声でもないのに全員が聞こえた。彼らは揃って舞台の方へ目を向けた。そこには1匹の黒猫が居た。


「これより貴様らの、断罪を行う」


 学校関係者達は、目を疑った。今起きている事が、信じられ無かった。明らかに今、黒猫が言葉を発していたから。

 彼らはざわざわと騒ぎ始める。これは一体何なのか、何が起きているのかと。ドッキリを疑う者も居た。

 だがこうなるのは既に予想の範疇だった。だからこの場を作った少年は、ちゃんと対策を考えていた。一発で混乱を治める方法を。

 突如として体育館の中が、氷の世界へと変わる。真夏だと言うのに、天井や壁が氷で覆われている。

 気温が一気に下がり、真冬かと思う程の冷たい空気に包まれた。学校関係者達はガタガタと震え始めた。


 普通なら有り得ない現象が起きている。喋る黒猫に、突然氷の世界へと変わる体育館。誰もが強引に認識させられている。今この場は普通じゃないと。

 どちらか一方だけなら、彼らもすぐに理解出来なかっただろう。だが2つも同時に有り得ない事が起きた。特に氷で包まれた体育館は、科学的に再現するのは不可能だ。

 ざわめきが落ち着いた頃に、氷は一瞬で消え去り元の体育館に戻る。真夏の熱風が、外から吹き付けて来る。

 今の現象を集団幻覚と思えたら、どれだけ良かっただろうか。冷え切った体が、幻だと思わせてくれない。

 先程の現象は間違いなく起きた事であり、疑う者は1人も居ない。何故なら今もまだ、指先までしっかりと冷たいままだから。


「立場を理解したか人間共。これから起きる事、話す事は全て真実である」


 黒猫がそう宣言すると、体育館の扉や窓が全て閉められる。これから何が起きるのかと、中に居る学校関係者達は怯える。


「これからは一切の嘘が許されない。お前達の嘘など、我ら妖異には通用しない。人間の裁判とは違う」


 黒猫が何を言っているのか、妖異対策課以外の人間達は良く理解出来ていない。これから何が行われようとしているのか。

 しかし彼らの困惑は考慮される事なく、事態は進行していく。壁際に立っていた男性達の一部が、生徒達へ近付いていく。

 数人の生徒が、舞台の前へと連れて行かれる。そのメンバーは、イジメの主犯格達だった。6人の女子生徒と、4人の男子生徒だ。

 黒猫が何者なのか、生徒達は分からない。だが自分達がどういう理由で選ばれたのかだけは、十分に理解出来た。

 何故なら自殺した女子生徒、川村真央をイジメていたと自覚があるのだから。共通点と言えば、それ以外に存在しない。


「貴様らは俺の恩人を死に追いやった。その事について、謝罪するつもりはあるのか?」


 何やら普通と思えない相手が、イジメを苦に自殺させた事を責めている。ただ黒猫が居ただけなら、食って掛かる事も出来ただろう。

 だがこんな状況下で、強気に出られる根性があるなら、イジメなんてやらない。そんな強い芯がある人間は、卑怯な真似をしない。

 心理的に追い詰めていくこの方策は、とある山村に住む九尾の狐が考えたものだ。実に容赦のないやり方と言えるだろう。


 主犯格達は、謝罪するつもりがあると答える。本当にそのつもりがあるかは別として。ならばこの場で謝罪しろと、黒猫は迫る。

 どうにかこの場を乗り切る為に、主犯格達は口々に謝罪をする。その姿を見ていた黒猫から、尻尾の毛が1本ずつ主犯格達の所へ飛んで行く。

 10人の生徒達それぞれに、1本ずつ黒い毛が吸い込まれて行った。どういう事か理解出来ない彼らは、体中を触るが変化はない。


「それは楔であり、呪いでもある。お前達が真央に対して行った悪行の分だけ、相応の不幸が降りかかる。もし本当に真央へと謝るつもりがあるなら、善行を積み続ければいつか解ける呪いだ。しかし謝罪するつもりもなく、反省もしていなければ貴様らの命をジワジワと奪う。これでお前達に付与されていた、チンケな呪いは上書きされた。これからが本番だと思え」


 主犯格達は黒猫の言っている事の半分も、まともに理解出来ていない。ただ非常に不味い状況だという事だけは理解出来た。

 私達はそこまでの事をやっていないと主張するが、黒猫は本当にそうであるならば、この呪いなどすぐに解けると返した。

 主犯格達は冷や汗を浮かべている。チンケな呪いとやらが、これまでの不幸であるなら本番とは何か。どんな事が自身に降りかかるのか。

 来た時以上に青い顔となり、救済を求める。黒猫に対して、何度も謝罪の言葉を伝える。必死に訴えるが、黒猫の返答は決まっている。


「お前達が本当に謝るべき真央は、お前達が殺した。許す許さないは、天へ召された真央に聞いて来い。真央が許すと言ったなら、俺も許してやろう」


 取り付く島もない回答。そんな事が出来る筈も無く、主犯格達は膝から崩れ落ちる。後悔先に立たずとは、まさにこのような状況を指す。

 イジメなんてやらなければ、こんな目に遭う事は無かったのだから。この処置の骨子を決めたのは、とある助手をやっている少年だ。

 相応の罰を受けさせれば、黒猫も納得するのではないか? そう考えての提案だった。処罰の内容を決めたのは、とても有名な鬼である。

 更生の機会を一応残している所が、若干の情けを感じさせる。そのつもりがあって、決めた内容かは分からないが。

 同じように黒猫は、学校関係者達への処罰を進めていく。続いて呼ばれたのは、学校の大人達だ。校長や教頭、学年主任に担任教師。


「お前達に隠蔽の意思が無かったのであれば、大した不幸は起きないだろう。管理不行き届きの分は、受ける事になるがな。そしてもし隠蔽の意図があったのなら、ただで済むとは思わない事だ」


 最後の言葉を聞いて、教師達は青ざめる。何か思う所があったのだろう。隠蔽を図っていなければ、心配する事はないのだが。

 それから同じクラスだった生徒達、イジメを知っていながら無視した者達。彼らにも相応の些細な不幸が、それぞれ訪れる楔が打たれた。

 今この場におらず、学校からの呼び出しに関係ないと主張した生徒達も当然居る。だがもしそこで嘘をついていれば、相応の罰が下る事も説明された。


「最後に、この事は誰にも相談出来ない。話そうとしても話せなくなる。我ら妖異に関わる事についても、一切語る事が出来ない。それはお前達が死ぬまで続く。これに懲りたら、真っ当な生き方を選ぶのだな」


 黒猫はそれだけ言い残すと姿を消す。ただの化け猫に過ぎない彼だけでは、ここまでの事は出来なかった。

 雪女から妖力を一時的に借りる事で、どうにか実現出来た彼なりの弔い。これで無関係な生徒達にまで、呪いが降りかかる事は無くなる。

 今回の件をもって化け猫は、怒りの矛先を下ろすと少年に約束する。イジメを発端とした事件は、こうして幕を閉じた。

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