第89話 化け猫の想いと対処について
カラオケ店に入った碓氷雅樹と永野梓美は、依頼についてどうするか相談している。
あまり他人へ聞かせて良い話でもなく、かと言って大江イブキが居ないので車は無い。
ならばと選ばれたのは、高校生が入っても何ら不思議ではない場所。防音処理がされている室内。
ここでなら妖異の話をしていても、誰かに聞かれる心配はない。雅樹はどうしたものかと梓美に問う。
「こんなの初めてですよ……どうしたら良いですか?」
「難しいわなぁ。化け猫の方に落ち度はあらへんし」
今まで雅樹が対峙して来た問題は、殆ど妖異を処理すれば済む話だった。対話で終わらせたのは、那須草子達3姉妹ぐらいだ。
今回のように、どこまでも人間が悪いケースは初めてだった。広島の廃村も人間が悪だったが、あちらは妖異側も悪であった。
だが今回は違う。人間が人間をイジメて、自殺者を出してしまった。誰も止められず、1人の少女が命を絶った。
その件に怒っている化け猫の想いは、悪だと断定する事は出来ない。これを悪だと言ってしまえば、被害者や遺族は泣き寝入りしか出来ない。
加害者側に恨みを抱くのは、至極真っ当な反応でしかない。化け猫のやり方が、褒められた行為ではないとしても。
始まりを考えれば、イジメなんてやらなければ良かった。誰かが止めていれば良かった。学校が正しい対応を取っていれば良かった。
その全てを複数の人間が、揃いも揃って踏み間違えただけだ。生徒達だけではなく、大人達も含めて。全員が間違えている。
しかも兵庫の支配者である長壁姫が、化け猫の行為を認めているというのだ。どう止めれば良いのか、雅樹には分からない。
「化け猫の気持ちは間違いじゃない。だけどこれ以上の被害は止めたい。どうすれば……」
「化け猫を討伐すると、長壁姫様と対立し兼ねへんしなぁ」
化け猫はとても弱い妖異だが、それでも長壁姫の配下に加わった後だ。野良の妖異であるならまだしも、組織に所属している。
勝手に殺すわけにはいかない。蛇女アカギのように、イブキや草子を殺そうとしたわけでもない。討伐出来る理由がない。
この状況では手詰まりで、解決するのは難しいだろう。何か対策を考えなければ、前に進む事は出来そうにない。
かと言って初めての経験で、雅樹は良い案が思い浮かびそうになかった。化け猫の想い自体は、否定すべきものじゃない。
悪ではない妖異への対処は、こうも難しいのかと雅樹は頭を抱える。ただ時間だけが過ぎて行く。
「……あんまり良い案とちゃうけど、1つ方法はある」
「本当ですか先輩!?」
梓美の考えというのは、ベタであるが謝罪だ。真央へのイジメを防げなかった学校サイド。そしてイジメを行った者達。
彼ら彼女らを化け猫の前に連れて行って、直接謝罪をさせるという策。ただしこれは、梓美の言うようにあまり良い案ではない。
化け猫は弔い合戦を行っているので、高い確率で主犯格達の死を望む道を選びそうだという事。非常に危険な方法である。
だが謝罪というのは、重要であるのもまた事実だ。謝ったからと、許されるかは分からない。相手がどう思うかはまた別だ。
許さないと言われれば、そこで終わってしまう。謝罪とは、許される為に行うのではないのだから。
「先ず謝らせる、そんで次は贖罪や」
「罪の清算って事ですか?」
人間対妖異で、贖罪を行う事は昔から続けられて来た。金品を支払ったり、生贄を差し出したり。祠や塚を建てるというのもあった。
様々な形で謝罪と贖罪が行われ、妖異からの報復を回避して来た。もちろん全てが上手く行ったわけではない。
失敗して村人全員が呪われたり、疫病がばら撒かれたり。解決しなかったパターンも沢山ある。今回もどうなるかは、何とも言えない。
化け猫自体は大した力を持っていないので、大きな罰は与えられないだろう。学校を燃やし尽くすと言ったような、大規模な報復は不可能。
だからこそ化け猫は、学校に対して呪うという行為に及んでいる。それぐらいしか彼には出来なかったから。
「そう清算や。相応の罰を受けさせて、溜飲を下げて貰う」
梓美は頼んだコーラを飲みながら、雅樹へこれからの方策を話す。現状出来る対応としては、これが限界だろうという事も含めて。
「これしかないって、事ですか?」
「ウチらに出来るんは、それが限界やなぁ」
これ以上に何かをしようとするなら、長壁姫と敵対する必要が出て来てしまう。そして敵対する事に、何のメリットもない。
何人かは死ぬ事になるかも知れないが、無関係な生徒まで呪われるよりはマシだ。現実的な解決策は、これぐらいしかない。
ある程度方針が決まったので、軽く食事を済ませる。カラオケ店を出た雅樹と梓美は、再び私立兵庫学園へ向かう。
校内に入ると、また覚えのある視線が雅樹と梓美に向けられている。今度は何をしに来たのかと、疑いの混じった視線だ。
先程と同じように、3年生の校舎まで歩いていく。再び黒い化け猫が、雅樹と梓美を出迎えた。
「何をしに来た? 邪魔をしない約束では?」
黒猫はやや棘のある態度で、雅樹と梓美を見ている。何度も来てくれるなと思っているのだろう。
もし下手に自分より強い妖異が連れた人間を、呪いに巻き込んでしまったら。その時は殺されても文句を言えない。
化け猫としては、厄介極まりない雅樹にここへ来て欲しくないのだ。呪いたいのは、学校関係者だけなのだから。
「1つ提案があるんだ。真央さんをイジメた連中を、俺達が連れて来る。そいつらに謝らせるから、関係のない生徒まで巻き込まないで欲しい」
「……主犯が誰か分からなかったから、それは助かる。すぐにでも殺してやろう」
やはり強い殺意を持っているらしい。梓美が予想した通り、主犯格達を殺すつもりでいるようだ。
しかし雅樹としては、すぐ殺すのではなく償う機会を与えて欲しいと思っている。許す必要はないとも思っているが。
雅樹だって、イジメで自殺まで追い込むなんて全く理解出来ない事だ。自分より弱い者をイジメて何が楽しいのかと。
そんなのやっている事は、悪意ある妖異達と何も変わらないだろう。とても人間が行う行為だとは思えない。
だからその点については、雅樹だって不快だと思っている。彼は弱い者イジメが大嫌いだから。
「殺すのは待って欲しい。それで終わりにしても、贖罪は出来ないだろう?」
「……ならばどうするというのだ? 許せというのか?」
化け猫の口調はより棘のあるものに変わる。雅樹と同じ人間だから、庇い立てするつもりなのかと。
だが雅樹の考えはそうじゃない。もし可能であるなら、丁度良い罰があると思いついたから。ただ出来るかどうかは分からない。
梓美やイブキに相談して、より最適な方法を模索する必要がある。目の前の化け猫とも、相談する必要があるだろう。
「許す必要はないよ。罰はちゃんと受けるべきだ。俺だって、イジメなんて卑怯な真似は嫌いだ」
「ならどうする? 貴様に考えがあるのだろうな?」
適当な事を言っているのではないだろうなと、化け猫は雅樹へ問い掛ける。彼は雅樹が何者か知らないのだから仕方ない。
酒吞童子と玉藻前と繋がりを持っている、少しばかり妖異から好かれ易い高校生。東西の二大妖怪が狙っている少年。
妖異対策課京都支部の室長とも交友関係のある、ただの高校生というには特異な存在。頼れる相手は、全員が権力者ばかり。
「もちろんあるよ。だから君と相談がしたい。それに、他にも相談したい相手がいる」
「……ほう、ならば良い。ここで話してみろ」
雅樹は考えている事を化け猫に明かす。最初は尊大な態度を取っていた化け猫だったが、イブキと草子の話が出て来てからは態度が変わる。
お前は一体何者なのかと、化け猫は雅樹へと問う。ただの高校生だと返されて、化け猫は呆れた視線を雅樹へと送り続けた。




