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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第3章 身近な脅威
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第80話 異界で過ごす夜

 碓氷雅樹(うすいまさき)は目を覚ます。どうやら寝てしまっていたのかと、覚醒していく意識の中で理解した。

 明いた目に映ったのは、膝枕を続けている永野梓美(ながのあずみ)の姿だ。可愛らしい先輩が、雅樹をじっと見ている。


「あ、すいません! 寝ちゃって!」


 雅樹は慌てて起き上がろうとする。自分が調査に行きたいと言っておいて、現地で寝てしまった事を恥じて。


「別に構わへんで。十分休めた?」


 梓美に言われて雅樹は思い出す。襲い来る都市伝説の産物達。人間の認識によって生まれた妖異の猛攻。

 ただの人間でしかない雅樹にとっては、結構厳しい戦いが続いた。致命的なミスを犯さずに済んだのは、イブキから借りた木刀のお陰。

 梓美の守護と木刀が無ければ、雅樹は既に死んでいただろう。危険な妖異達があちこちに存在している。


「疲れは取れました。ありがとうございます」


「もうちょい甘えてくれてもエエのに」


 起き上がる雅樹を、梓美は名残惜しそうにしている。彼女は好みの男を甘やかしたいのだ。

 雪女にとって、好みの男性を構うのはとても楽しい事。彼女達は恋多き乙女であり、狡猾な狩人でもある。

 狙った男をモノにする為、あの手この手を使って虜にしていく。手練手管に長けた愛を追い求める者達。

 だが現状、そうは言っていられない状況だと梓美も分かっている。ただ少しだけアピールはしておきたかった。


 梓美のライバルは強敵ばかり。酒吞童子の大江(おおえ)イブキと、玉藻前である那須草子(なすそうこ)。どちらも超のつく美女である。

 些細な事でも雅樹の好感度を稼いでおかないと、自分の男にするのはとても難しい。悠長にはしていられない。

 恋の駆け引きも忘れず挟みつつ、梓美は雅樹と共に喫茶店の表を伺う。既に陽が落ち始めている。

 これからは妖異の時間となる為、より一層警戒を強化する必要がある。どんどん外の妖異達は活性化していく。


「ちょっと思ったんですけど、普通の人間がここに来たとして、そう遠くまで行けますかね?」


 雅樹と梓美は大して移動していない内から、沢山の都市伝説達から襲撃を受けている。

 梓美やイブキの妖力が無かったとしても、いつかはどこかで襲われてしまう筈だ。

 昼間は大丈夫だったとしても、夕方以降はかなり厳しいだろう。それが雅樹の立てた予想だ。


「そうやなぁ……多分初日で死ぬやろうな。遠くに行くのは厳しいんとちゃうか」


 落ち着いて話せる状況になったので、雅樹は梓美と考察を始める。行方不明の名塚昌平(なつかしょうへい)がどうなったかについて。

 生存が厳しいのは言うまでもなく分かっている。99%死んでいると、雅樹だって分かっている。

 オカルトに詳しくて、対処方法をある程度知っていたとしてもだ。ただの人間が、1年生きるのは現実的じゃない。


「ならこの辺りを探すのが、ベストなんでしょうかね?」


「あんまり遠くまでは行かんでエエやろなぁ。これだけ妖異がおるんやから」


 普通の人間が歩き続けられる距離は、どう頑張ってもせいぜい30km程度。それも1日中歩いていた場合。

 探す範囲は異界の入り口を中心に、直系30km以内と考えて良いだろう。梓美の助言を受けて、雅樹は方針を決めた。

 地図アプリが機能しない状況だが、梓美なら大体どれぐらい移動したか知る事が出来る。

 異界へ来た時点から、位置を把握する目的で梓美は雪だるまをエレベーター前に設置しておいた。

 自身の妖力で生成した雪だるまの位置は、どれだけ離れても方角と大体の距離が把握出来る。


「じゃあそろそろ行きましょう先輩」


「こっからは要注意やで」


 どんどん太陽は落ちていく。夜になるのは時間の問題だろう。昼間以上の襲撃もあり得る。

 出来るだけ接触を避けて、移動していく必要がある。一度騒ぎを起こすと、周囲から集まって来る可能性が高い。

 ゆっくりと喫茶店を出た雅樹と梓美は、周囲を警戒しつつ異界の探索を続けていく。

 遠くに少女の姿が見えた時、雅樹は迷子かと思って声を掛けに行こうとした。だが梓美が雅樹を止めた。

 梓美の目にはしっかりと見えていたから。人間ならまず持ち得ない、妖力を保有している事が。


 外見が人間に見えても、信用してはいけない。例えそれが幼い少女の姿をしていても。

 注意すべきは人間だけでなく、猫や犬でも怪しまないといけない。梓美にその都度止められながら、雅樹は昌平を探す。

 探している内に完全に陽が落ちて、妖異の時間が始まった。露骨に徘徊する妖異の数が増えていた。

 恐らくは梓美と雅樹を探しているのだと思われる。昼間に少し騒ぎ過ぎたのが原因だろう。

 捜索の難易度が更に上がってしまったが、妖異達を避けながら探していたのが幸いした。雅樹はとある物品を見つけた。


「これ、誰かのスマートフォン?」


 路上の隅に落ちていたスマートフォンを雅樹は見つけた。中身を確認しようにも、当然バッテリーは切れている。


「ウチ、モバイルバッテリー持ってるで」


 雅樹は梓美からモバイルバッテリーを借りて、拾ったスマートフォンの起動を試みる。

 だが雅樹の予想通り、ロックが掛かっていてそれ以上進めない。今時ロックを掛けない人はそう多くない。

 しかしマイクロSDカードはまた別だ。スマートフォンからカードを抜き取り、雅樹は自分のスマートフォンにセットする。

 そこには幾つかのデータが入っており、最新のデータは1年程前。それは結構な長さの動画ファイルだった。

 雅樹は適当に再生してみる事にした。開幕から撮影者が語った名前は、昌平がブログで使っていたペンネームと同じだった。


「これ、探している人の動画だ!」


「運が味方してくれたんやなぁ」


 必死に逃げていた昌平が、途中で落としたスマートフォン。1年越しにこうして、雅樹に拾われる事となった。

 動画に映っている通り、雅樹と梓美は昌平の足取りを追う。周辺への警戒は梓美が行い、雅樹が動画を確認する。

 4時間以上もあった動画に合わせて移動するのは、かなりの苦労を要した。途中で何度か隠れて休憩を挟み、漸く最後の場所へと到達する。

 それは昌平が休憩をする為に、足を止めた公園だった。それ以上のヒントは残されておらず、雅樹にはここで何が起きたのかは分からない。

 とりあえず周辺を探してみようと、雅樹が動き出そうとした瞬間だった。雅樹の足下から黒い無数の手が出現する。


「雅樹君! 下や!」


「え? うわっ!?」


 複数の黒い手が雅樹の体に向けて伸びている。雅樹は木刀を突き立てるが、効果は出ず切っ先が影に吸い込まれた。

 次々と黒い手が雅樹に纏わりついていき、影の中へ引きずり込もうとしている。雅樹は抵抗するが効果はない。

 雅樹を助けたい梓美だが、今冷気で凍らせたら雅樹まで巻き込まれてしまう。下手に手を出すと危険だ。

 梓美は少しずつ黒い手を凍らせて破壊していくが、雅樹の近くまでいけない。少しの距離がとても遠い。


「雅樹君!」


「梓美先輩……」


 既に雅樹の体の殆どが黒で染まっている。梓美は必死で距離を詰めていく。少しずつ雅樹へと近付いていく。

 だが梓美の足下もまた、影の中へと飲まれていっている。影を凍らせる事は出来ないらしく、梓美の移動速度は遅い。

 亀の如き移動速度ではあるものの、どうにか梓美は雅樹の傍まで辿り着く。梓美は雅樹へと手を伸ばす。

 雅樹がどうにか伸ばした手を、梓美の白い手が掴む。ヒンヤリとした梓美の体温が、雅樹に安心感を与える。


 少しずつ梓美と雅樹は影の中へ沈んでいく。梓美は異界の妖異を侮っていた事を後悔する。この影を止める事は出来ない。

 だがそれでも、梓美は諦めていない。例え何があろうとも、絶対に雅樹の手を離さないと心に決める。

 ゆっくりと沈んでいく雅樹と梓美。暫くすると完全に影が雅樹達を飲み込み、周辺にはもう誰も居なかった。

12/19のネトコン14に合わせて、ノベマのコンテストは落ちたものの、ホラージャンル50位まで行けた中編をこちらでも出します。

3万文字ぐらいのシチュエーションホラーです。本作のような少年漫画っぽい要素はなく、ガッツリホラーです。

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