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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第3章 身近な脅威
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第79話 迫りくる都市伝説達

 碓氷雅樹(うすいまさき)永野梓美(ながのあずみ)は、異界の中を探索している。名塚昌平(なつかしょうへい)の捜索に来ただけなのだが、早速厄介事に巻き込まれた。

 高い妖力を持つ梓美と、大江(おおえ)イブキの妖力を纏う雅樹を狙う者達から、何度も襲撃を受けている。

 都市伝説として有名な怪異、怪人達が見境なく突撃して来るのだ。今も新たな参戦者の対応をしている。


「梓美先輩!」


「分かっとる!」


 背中合わせに立っている雅樹と梓美に向けて、猛スピードで迫る老婆の迎撃を開始する。

 上半身しかない老婆の怪異、コツコツババアという都市伝説がある。この老婆は一般道路や高速道路、線路等を中心に現れる。

 その都市伝説の内容は、上半身しかない白髪の老婆が、猛スピードで追いかけて来るというもの。

 下半身がないので、肘でコツコツと音を立てながら近付いて来る。名前の由来はそこから来ている。

 コツコツババアに追い着かれると、死んでしまうというシンプルで分かり易い都市伝説だ。


「あああああああああああ!」


 コツコツババアが叫び声を上げながら道路を高速で移動し、雅樹と梓美へと突っ込んで来ている。

 

「五月蠅いで婆さん、大人しくしとき」


 梓美の手から冷気が迸り、コツコツババアは氷塊となった。そんな梓美の背後では、雅樹が木刀で応戦をしている。

 雅樹が相対しているのは、刀を持った全身包帯だらけの男。この男は有名な都市伝説の1つ、トンカラトン。

 トン、トン、トンカラ、トンという歌声と共に、自転車に乗り現れると言われている。単独の場合もあれば、集団で出現する事もある。

 トンカラトンと遭遇すると、トンカラトンと言え、と言われる。そのまま答えれば、トンカラトンは見逃してくれる。


 上手く言えなかったり、言われる前にトンカラトンと言ってしまうと逃げられない。

 背負っている日本刀で斬りつけられて、包帯でぐるぐる巻きにされてしまう。そして新たなトンカラトンとして、彼らの仲間入りをする。

 平成初期の頃に生まれた都市伝説であり、現在では妖怪扱いをされているが、純粋な妖異ではない。彼もまた人間が生んだ妖異だ。

 トンカラトンの話など知らなかった雅樹は、聞き返してしまい斬りかかられた。危ういところで木刀を使って受け止める。

 あまり強い妖異ではないので、護符を巻いたイブキ特性の木刀で十分防戦は出来ている。


「あっぶな! でも先生に比べたら、大した事ないな」


「トン、トン、トンカラ、トン」


 雅樹がどうにか防御に徹して時間を稼いでいる間に、別の妖異を梓美が対処。梓美の手が空いたら残りも処理。

 この繰り返しで都市伝説の怪異、怪人達の猛攻を防いでいる。あまりにも数が多くて忙しい。

 妖異としては弱いと言っても、数が多いので面倒でしかない。これが梓美1人なら、広範囲攻撃で終了だ。

 周囲一帯を氷の世界に変えてしまえば良い。だがそんな事をやれば、雅樹を巻き込んでしまう。

 仮に攻撃の範囲へ入れなかったとしても、ただの人間には堪えられない気温まで下がる。どちらにしろ雅樹が死ぬ。


「雅樹君!」


「はい!」


 雅樹はトンカラトンの刀を押し返し、体勢を崩させる。護符から発生する電撃も合わさり、トンカラトンの動きが止まる。

 その隙を突いて雅樹は後退し、梓美と入れ替わる。すぐさま冷気がトンカラトンを襲い氷像が完成する。

 硬質な音を立てて氷が砕け、トンカラトンだったものが辺りに散らばった。これで周囲に妖異は居ない。

 絶え間ない襲撃は、一旦これで落ち着いたらしい。もうこれで20体以上の妖異を梓美は倒している。


「ホンマにアホばっかりやなぁ。本物の妖異と会うた事無いんやろなぁコイツらは」


「まさかここまでとは。これで夜になったらどうなるのか……」


 ただ人を探しに来ただけだった筈が、戦闘続きで休まる暇もない。厄介過ぎるので、梓美は妖力で周囲を探索するのを止めた。

 イブキの御守りも、梓美が一時的に封印している。これでは引き寄せるだけで、全く意味がないからと。

 そこまでやっても今度は、雅樹の魂が残っている。純朴で強い感情を生む彼の魂は、妖異から見て魅力的だ。


 この異界で暮らす妖異達からの狙いは、梓美が7割で雅樹が3割といったところだろう。

 やはり膨大な妖力を求めている様子だ。雅樹が持つのは妖力ではない。そこに違いが出ているらしい。

 妖異の常識は知っていなくとも、本能で妖力を集めれば強くなれると、理解しているものだと思われる。


「どいつもこいつも弱いからエエとして、流石に面倒くさいわ」


「俺も、そろそろ休憩したいです」


 常人よりは戦える雅樹だが、所詮は人間の肉体でしかない。体力的な限界はあるし、休息が必要だ。

 梓美なら周辺の妖異を全滅させるまで戦えるが、雅樹にそこまでの持久力はない。

 トンカラトンとの戦いでも、結構ギリギリのラインだった。もう少し梓美が遅かったら、ダメージを負ったかも知れない。

 妖異を知ってから、鍛錬を怠っていた為に雅樹の実力は下がっている。このまま進むのは少々危険だ。


「そこに喫茶店あるし、ちょっと休もか」


「はい、すいません」


 個人経営っぽい見た目の、誰も居ない喫茶店に入る雅樹と梓美。外から見えないように、ブラインドを下ろしておく。

 何もしないよりは幾らかマシだ。ソファ席があったから、2人で並んで座る。連戦が続き、雅樹はそれなりに疲れていた。


「雅樹君、大丈夫か?」


 梓美が覗き込むようにして、雅樹の顔色を窺う。決して致命的ではないが、疲労が浮かんでいるのが梓美にも分かった。


「ちょっと、疲れましたね」


「ホンマ、人間やのにようやるわ」


 梓美は素直に感心している。現代の人間基準で言えば、雅樹は最高峰に近い仕上がりだ。まだ未熟な面は端々に見られるが。

 銃なんて道具が生まれる前の時代、まだ進化を続ける人間の管理方法を、妖異達が確立する前の話。

 乱世の時代であったなら、刀1本で妖異と戦える人間達が居た。そんな物騒な時代が確かにあった。

 酒吞童子や玉藻前を、討伐しようと戦いを挑んだ者達だって居た。雅樹達人間からすれば、大昔の話である。


 だが梓美達妖異からすれば、ほんの少し前の話でしかない。僅かな時間でより厄介に、そして弱くなっていく人間達。

 その姿を見て来た梓美からすれば、雅樹は異様な存在である。この時代にそぐわない戦闘力を有している。

 もちろんそれは、人間達が妖異に反抗した時代と比べれば、比べるまでもない。まだまだ力が及んでいない。

 ただそれは、まだ伸びる可能性があるという事でもある。より一層梓美は雅樹が欲しくなった。


「あの玉藻前(女狐)に鍛えられてたんやってな? イブキ様から聞いたわ」


「……やっぱり梓美先輩も、先生が嫌いですか?」


 どことなく感じた、梓美の言葉に籠った棘。那須草子(なすそうこ)に対する嫌悪の感情。敵対していたのは雅樹も聞いて知っている。

 雅樹はイブキと梓美、そして草子達のどちらとも仲が良い。出来れば仲良くして欲しいと思っている。

 自分が思っている程、簡単に解消する因縁でないのも雅樹は理解している。生きて来た時間が違い過ぎる事も。


「嫌いっちゅーか、敵やったからな。恨みまではないけど」


 それが梓美の素直な感想だ。雅樹と仲が良かった相手を、わざわざこき下ろすつもりはない。

 ただ正直、梓美としては面白くない。雅樹の初恋が、玉藻前だという事が。もし雅樹と最初に知り合うのが、自分の方だったら。

 最初から自分が知り合っていたら、絶対に雅樹を落とせた自信が梓美にはあるから。


「出来たら、仲良くして欲しいです……」


「それは難しいなぁ……だってウチのライバルみたいやし」


 梓美は雅樹を抱き寄せて、やや強引に膝枕の体勢へ持って行く。イブキや草子とはまた違う、心地良い香りを雅樹は感じた。

 そのまま梓美は雅樹の頭を優しく撫でる。疲れていた雅樹は、徐々に眠気が襲って来た。意識が朦朧としている。


「ウチは負けるつもり、あらへんから」


 完全に意識が途切れる直前に、雅樹は梓美からキスをされたような気がした。

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