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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第3章 身近な脅威
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第78話 異界の妖異と厄介事

 碓氷雅樹(うすいまさき)永野梓美(ながのあずみ)は異界へと降り立った。人の気配がない不思議な街を歩いて行く。

 梓美の力で極力妖異と遭遇しないルートを選びながら、名塚昌平(なつかしょうへい)の痕跡を探す。

 行方不明になったのは1年も前である事から、簡単に見つかるとは雅樹も思っていない。

 ただ何かを見つけられれば、彼がどうなったのかぐらいは分かるのではないかと。


「どうです梓美先輩? 何かありそうです?」


 妖力を周囲に放つ事により、梓美はある程度の情報を得られる。この異界に入ってから、梓美はずっとそうしている。

 放つ量は微弱で構わないので、梓美の消耗はそう多くない。最近雅樹から得た分の、感情と精気で十分賄える。

 雅樹は多くのエネルギーを生成する人間故、一度の摂取で相当な妖力を入手可能だ。これぐらいでは先ず無くならない。

 現状梓美が保有する妖力の1%も消耗していない。このまま数時間使い続けても、雅樹から1回補給するだけでお釣りがくる。


「うーん、今のところ見つかるのは、妖異ばっかりやねぇ」


「そんなに多いんですか?」


 異界に入る前から、相当な広さがあると梓美が言っていた。妖異の気配もかなり多いと。

 梓美の分析では、かなり長い時間を掛けて出来上がった異界だと言う。この規模になると、破壊するのも難しいとも。

 少なくとも梓美の力では、完全に消し去る事は出来ない。大江(おおえ)イブキ程の強者なら、どうにか出来るだろうが。


「えらい数がおるよ。多分ここ、異界同士が何個も繋がって出来てるで」


「繋がる? そんな事が?」


 別の異界同士が繋がり連結する事で、より規模を拡大していく事が出来る。まるで子供のブロック遊びのごとく。

 そうする事で保有エネルギーがより多くなり、人間から得られる認識も多くなっていく。

 Aという都市伝説から生まれた異界は、Aを知っている人間の感情から来るエネルギーしか得られない。

 だがそこにBという都市伝説から生まれた異界と合流すると、AとB両方の世界観を共有できる。

 この場合AとBどちらかしか知らない人間からも、1つの異界にエネルギーが流入する。一種の生存戦略と言えるだろう。


「そやしな、たまにこんな異界も出来てまうねん。下手したらここ、ウチらの住む世界とは違う次元にあるかも知れへん」


 様々な異界が合流を続け、どんどん拡大を続けた世界であるとすれば。この異界は異次元の領域に到達している可能性がある。

 巨大な異界として発展し、膨大なエネルギーを入手しているとしたら、自分達だけの世界を形成する事も可能になる。

 都市伝説や怪談は、何も日本だけにある概念ではない。多数の国で昔から存在しているのだから。

 色んな都市伝説や怪談から生まれた存在をかき集めて、この異界を維持し続けているとするならば。

 世界中の国々で暮らしている、数多の人間からエネルギーを得ているのなら、それぐらいは出来る可能性があると梓美は言う。


「違う次元?」


「せや。地球でもどこでもない何処か。ウチらの知らん領域にある異界かも知れんわ。こんなん壊したら、どこに出るか分からんわ」


 元通り滋賀県に帰れるのか、地球の何処かに出るのか。それとも宇宙の何処かに出るのか。もしくは次元の狭間に放り出されるのか。

 だからこの異界を破壊するのは、あまりに危険だと梓美は語る。どうなるか分からない爆弾みたいな存在だと。

 人間が引き起こす未知の現象は、まだまだ謎が多い。特に文明が発展してからは、不測の事態が多く起きている。

 この異界なんてその典型であり、どこまで巨大になるか想像も出来ないと梓美は考えている。


「まあそんな集積体みたいなもんやからな、都市伝説と怪談の産物が大量におるんや。ほら、言うてたら来たわ」


「え? 何がです?」


 雅樹には何も分からないが、梓美にはしっかりと感じ取れている。梓美の妖力と雅樹の存在に気付いた妖異が、近付いてくる気配。

 梓美が警戒していると、遠くからエンジンの音が聞こえて来た。音のする方へ雅樹が目を向けると、遠くにバイクが見えた。

 一見ただのスポーツバイクに見えていたが、近付くにつれて雅樹は異常に気付いた。乗っているライダーに首から上がない。

 雅樹は知らない都市伝説。若い世代は知らないけれど、昭和を知る人間なら大体知っている怪異、首なしライダー。

 日本各地で目撃例のある怪異。交通事故で無くした頭を探しているとか、事故を起こした加害者を探しているとか。

 様々な説のある首なしライダーだが、共通しているのは目撃又は追い抜かれると事故に遭うという事。


「な!? なんだアレ!?」


「雅樹君、私の後ろにおってや」


 爆走している頭のないライダーは、激しいエンジン音を立てながら雅樹達の方へ向かって来る。スピードを緩める気配は一切ない。

 100km以上は確実に出ている猛スピードで、真っ直ぐ首なしライダーは雅樹達に向けて突っ込んで来た。

 しかしここには雪女、永野梓美が居る。イブキが護衛役を務められると確信して、雅樹を預けた妖異。

 梓美が右手をかざすと、一瞬で冷気が吹き荒れ首なしライダーを包む。瞬く間に氷漬けとなった首なしライダーは、物言わぬ氷像と化していた。


「す、すげぇ……」


 パワータイプのイブキとは違い、冷気を操り戦うスタイルの梓美。イブキが戦士ならば、梓美は魔法使いのようなもの。

 巧みに冷気を操って、敵対する者を氷像に変えてしまう。イブキ程の実力はないが、梓美も十分強力な妖異である。


「だから異界の妖異は嫌やねん。実力差も分からへんのか」


 梓美がふっと息を吹きかけると、首なしライダーは粉々に砕けて散らばった。キラキラと輝くダイヤモンドダストを残して。

 こうして瞬殺されてしまうぐらい、人間から生まれた妖異は強くない。人間の幽霊とそう大差がない。

 知名度が非常に高い存在であれば、人間の幽霊を圧倒するだろう。恐れている人間が多い程、強い力を持って生まれる。

 幽霊も恐れられているが、どんな名前のどんな見た目をした存在か、ハッキリしていない。曖昧な存在では人間の感情が多く集まらない。


 例えば口裂け女のように、具体的なイメージがあれば違って来る。高い知名度により、口裂け女は結構な力を持って生まれた。

 だがそれも人間の幽霊に比べれば、という程度でしかなく妖異としては新参者もいいところ。

 イブキどころか、梓美の足下にも及ばない。口裂け女ですらその程度であり、人間の産む妖異は力が弱い。

 だがこうして閉じた世界に閉じこもっている存在は、大海を知らず妖異の常識も理解出来ていない。


「ここにおるの、アホばっかかも知れんわ。ちょっと厄介やなぁ」


「……それって梓美先輩が居ても、こうして突っ込んで来るって事ですか?」


 妖異の常識を知っている現実世界の妖異なら、これだけの力量差があれば梓美を相手に攻撃は仕掛けない。

 だがこの世界に集められた人造の妖異達は、外の世界を全く知らない可能性がある。その場合、見境なく侵入者を攻撃する。

 探し物をしているのに、こうしてイチイチ襲撃を受けるのは厄介でしかない。どうやら面倒な事になって来たらしい。

 妖異が活発になる夜でもないのに、早速襲撃を受けてしまった。恐らくは梓美の膨大な妖力や、雅樹が纏うイブキの妖力に惹かれたのだろう。

 イブキの妖力が込められた御守りは、逆に寄せ付けてしまっている。こんな異界と繋がっているとは、イブキと梓美は予想していなかった。


「そういう事や。絶対にウチとはぐれたらあかんで。これ、フリちゃうしな」


「やめて下さいよ、俺この前誘拐されたばかりなんですから」


 現実世界でも捕まったのに、こんな意味不明な所で孤立したくはないと雅樹は強く思う。もうあんなのは御免だと。

 イブキが用意してくれた木刀をしっかりと握り、雅樹はより周囲を警戒しながら移動する。

 異界の探索はまだ始まったばかりだが、早くも前途多難らしい事は雅樹にも分かった。

 それと同時に、良くもこんな所へ護衛も無しに来ようと思ったなと、名塚昌平の度胸に感心する雅樹。真似をしたいとは微塵も思わないが。

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