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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第3章 身近な脅威
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第76話 滋賀県へ

 碓氷雅樹(うすいまさき)永野梓美(ながのあずみ)は、名塚昌平(なつかしょうへい)を捜索する為に電車で滋賀県に向かっている。

 だが捜索の前に、支配者である元僧侶の良源(りょうげん)、かつて角大師(つのだいし)元三大師(がんざんんだいし)と呼ばれていた鬼に会わねばならない。

 彼は比叡山の麓で暮らしている。比叡山は大津市の西側と、京都市北東部にまたがっている山だ。

 良源の住まいは大津市側であり、京都市内から向かうのはそう時間が掛からない距離にある。

 電車とバスを乗り継いで、大江(おおえ)イブキから聞いた住所へ向かう。雅樹と梓美はバスを降りて、地図アプリの誘導に従う。


「梓美先輩、次の角を左です」


 雅樹はスマートフォンを確認しながら、行先を梓美へと告げる。もうすぐ到着する予定だ。


「ウチ、良源はんと会うた事はあるけど、家は知らんねん」


「そうなんですね。どんな方なんですか?」


 雅樹は良源をいう鬼を良く知らない。ネットで知らべた限りでは、とても優秀な僧侶であったという事は分かった。

 ただそれはあくまで僧侶としての姿だけ。実際には本物の鬼であり、人間ではないのだ。

 角大師という伝説は事実であり、架空のお話ではない。果たしてどんな性格をしているのか。


「めっちゃ人間思いなおっちゃんやで。イブキ様と仲エエのも、納得するぐらいには」


「じゃあ良い妖異なんですね。良かった」


 どうしても鬼と言われると、雅樹としては怖いという印象が強い。人間を襲う悪党だと、描かれている場合が多いから。

 イブキは基本的に優しいけれど、それは鬼としての一面を抑えているからだ。力を解放した時や、戦っている時は恐ろしい。

 自分にその力を向けられる事はないから、安心感を覚えていられるだけ。前提として圧倒的な強者である事は違いない。

 あまりにも完成された美貌であるだけに、異性として強く意識はさせられる。ただそれとこれは別の話。

 雅樹がイブキを怖いと思う事は今でもある。人間ではないと、改めて思い知らされる時などだ。


「まあ人間目線やと良い妖異かもなぁ。でも良源はんも鬼やで? 怒らせたら偉い事になるのは、イブキ様と一緒や」


 まるでその瞬間を見た事があるかのように、梓美は自分の知る良源の情報を披露する。梓美もまた妖異だ、色んな場面を見て来たのだろう。


「…………そ、そうですか」


 失礼な態度を取るつもりなんて雅樹にはないが、受け答えには注意しようと決める雅樹。

 何よりイブキと仲が良い相手なら、拗れるような原因を作るわけにはいかない。京都のお隣さんなのだから尚更だ。

 緊張している雅樹と普段通りの梓美は、1軒の屋敷へと到着する。立派な日本家屋が建っている。

 商売が好きだという徳島の支配者、小松茂(こまつしげる)の自宅よりは小さい。それでも一般家庭と比べれば大きい。


「ここみたいです」


「へ~良源はん、センスがエエなぁ」


 立派なヒノキの門構えは、毎日綺麗にされているのが分かる。美しい木目が並び、独特の香りを放っている。

 雅樹はインターホンを鳴らし、来訪を告げる。女性の返答があり、大江イブキの使いである事を伝えた。

 暫く待っていると、モダンな衣装の家政婦さんが門を開けて案内をしてくれる。玄関に入ると立派な屏風が飾られている。

 龍の背に乗った赤鬼が書かれており、中々の迫力を持つ日本画だ。雅樹は少し圧倒されていた。


「こちらです」


「あっ、すいません!」


 雅樹は慌ててスリッパを履き、家政婦の女性について行く。廊下を歩いた先の客間に通され、2人はそこで待つ事に。

 高そうな座布団に、高そうな机。出されたお茶の茶器も、高級な物にしか雅樹には見えない。

 やはり支配者は大体こうなのかと、雅樹は室内を見回している。イブキも普段から高級品ばかり使用している。


「なんや雅樹君、お上りさんみたいやで」


「あっ、すいません、つい……」


 別にかまへんけどなと、梓美はクスクスと笑っている。雅樹はついキョロキョロしていた自分を恥じた。

 現状雅樹が知る限り、支配者の住まいは2パターンに分かれている。1つはイブキのように自宅を持つ者。

 そしてもう1つは、屋外に住処を持つ者。後者の場合はワイルドな生活をしている。あまり文化的ではない。

 広島の雷獣イツカや、群馬の蛇女アカギが後者のパターンだ。人間の生活に溶け込まず、独自の暮らしを続けている。

 では梓美はどうなのだろうかと、聞こうとしたところで家主が姿を現した。良源と呼ばれている鬼だ。


「よう梓美の嬢ちゃん、久しぶりだな」


 良源は見た目だけなら70歳ぐらいの老人だ。人の良さそうな笑顔で、僧侶の格好をしている。

 顔見知りである梓美へ、気さくに挨拶をした。優しそうで雅樹は一旦安堵した。


「お久しぶりです~。元気にしたはるみたいですねぇ」


「まあな。そんで、その子がイブキの男か?」


 良源は鋭い眼光で、雅樹の事を見ている。所持していると御守りの効果が発動してしまうので、雅樹は駅のコインロッカーに置いて来た。

 お陰で現在の雅樹は、イブキの妖力を纏っていない。むき出しの魂が、良源の目に映っている。値踏みをしている様子だ。


「碓氷雅樹です。よろしくお願いします」


 雅樹は落ち着いて自己紹介をし、軽く頭を下げておく。第一印象は大事だからと、真摯な対応をしておく。

 とりあえずの掴みは良かったのか、良源はそれ以上の言及はしない。おう、とだけ答えて良源は座る。

 これは合格という事で良いのだろうかと、雅樹は恐る恐る良源を見る。しかしその体は、隣の梓美にグイと引っ張られた。


「今はイブキ様のもんやけど、ウチの旦那にするつもりやねん。こんなにエエ魂を持ってるんやもん、子供に期待出来そうやし」


「だ、旦那って」


 梓美は雅樹の腕を抱き締めながら、堂々と宣言をする。初めて会った妖異の前で、子供の話までされて雅樹は慌てる。

 雅樹としては、そこまで踏み込んだ関係のつもりはない。魅力的だとは思っているが、正体を明かしてからの梓美は少し怖い。

 雪女が男性を喰らうという意味を、少しずつ分かって来たから。以前と比べて、明らかに肉食系の接し方へ変わった。

 自分の武器を良く理解した上で、雅樹へと梓美は迫って来ている。妖艶な表情が、雅樹は忘れられない。


「それより用事があるんだろう? 大体はイブキに聞いているが」


 関係のない話に脱線してしまった状況を、良源が軌道修正する。もっとも梓美は雅樹の腕を抱いたままだが。

 

「そ、そうです。名塚昌平という男性が、異界に飲まれたらしく。調査をする事になりまして」


「ボウズ達に任せて良いか? ワシはイブキが居ない間の調整役をやらねばならん。手は貸してやれん」


 イブキは自分の仕事を幾らか、良源に肩代わりをして貰っている。主に妖異や人間との折衝役についてだ。

 対人間については、イブキの思想と一番近い鬼が良源である。代行を頼むのは彼が最も適任だ。

 事情を知らない雅樹は、イブキが仕事を頼む程に大変な何かが起きているのかと、一抹の不安を覚えた。

 だが後で教えるとも言われているので、わざわざここで口には出さない。これからの調査と関係はないから。


「元々、俺がやりたいと言い出した事ですから。自分で何とかします」


「ふっ、良い心掛けじゃねぇか。手は貸せねぇが、コイツを持っていけ」


 雅樹の回答が気に入ったのか、良源は懐から取り出した呪符を雅樹へ手渡す。呪符にはびっしりと文字が書かれている。

 以前からイブキが使っている、結界の護符とは見た目が違う。書かれている文字も、雅樹が見た事のないものだ。

 どういう効果があるのか、雅樹は聞いておく事にした。この手の道具について、雅樹はまだ知識が浅い。


「これは、どう使えば良いのでしょう?」


「万が一帰って来られ無くなったら、その呪符を破れ。必ずこっちの世界へ帰還出来る」


 何やら随分と凄いアイテムを貰ってしまったと、雅樹は驚いている。当然お礼もしっかり述べておく。

 こうして雅樹は滋賀県の支配者、角大師こと良源との邂逅を無事に済ます事が出来た。

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