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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第3章 身近な脅威
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第75話 依頼をどうするか

 碓氷雅樹(うすいまさき)瀬能舞花(せのうまいか)の依頼について、大江(おおえ)イブキに電話で相談する。戻って来る日についても確認したいから。

 永野梓美(ながのあずみ)との生活は、少々刺激的過ぎる。雅樹を落とそうと、様々なアプローチを繰り返している。

 男子高校生としては、非常に辛い状況だ。雅樹が軽率な性格だったら、安易に手を出していただろう。

 だが彼はそういうタイプではない。交際もしていないのに、梓美と何かをするつもりはない。


「という依頼でして、どうしますか?」


 雅樹はスマートフォンでイブキと通話している。舞花から聞いた情報を全て伝えた。

 

『ふーん……何だか異界絡みが続くねぇ。都市伝説がまた流行っているのかな?』


 偶然かも知れないが、異界絡みと思われる依頼が来た。滋賀県の雑居ビルで消えた男性、名塚昌平(なつかしょうへい)の捜索依頼だ。

 彼が失踪前に投稿された記事と、その原因となった記事は今もネット上に残されている。

 出掛けている最中のイブキも、自身のスマートフォンで確認したようだ。大体の事は把握出来たらしい。


『異界っぽいけど、良源(りょうげん)が気付いていないのは変だね。アイツが気付かないとは思えない』


「りょうげん? 誰ですそれ?」


 雅樹は知らない誰かの名前。話の腰を折ってしまうが、知らないのだから仕方ない。雅樹はイブキに問うた。


「滋賀の支配者だよ。人間として生まれた事になっているけど、私と同じ鬼だよ。疫病神を払った角大師(つのだいし)人として、歴史上では語られているね」


 良源という名の人物は、慈恵大師(じえだいし)元三大師(がんざんだいし)とも呼ばれている天台宗の僧侶であった。

 疫病神を追い払う際に、鬼となったという伝説が残っている。人間から讃えられ、祀られている有名な人物だ。

 悪名ばかりが広まっている、酒吞童子とは随分と扱いが違う。イブキはそんな事を微塵も気にしていないのだが。


「お、鬼ですか……」


『悪い奴じゃないから安心すると良い。で、話は戻すけど、奴は優秀だし人間も大切にしている。異界があれば破壊する筈なんだ』


 そんな支配者が居るのに、異界が破壊されていない。そうなると、2つのパターンが考えられるとイブキは言う。

 1つ目は異界など存在しておらず、ただ昌平が失踪しただけだという事。誰かに誘拐されたり、山中で熊に襲われたり。

 イブキや良源は人間を丁寧に扱っているタイプだが、流石にそんな出来事までは構っていられない。

 雅樹のように、余程大切にされている場合でも無ければ、いちいち個人にまで目を向ける事は無い。


「じゃあ、単なる失踪なんですか?」


『いや、そうとも限らない。異界との入り口が繋がっただけなら、私達支配者でも感知出来ないからね』


 2つ目のパターンは、異界そのものが支配圏内に無い場合だ。異界そのもはどこか別の空間で、独立して存在しているとすれば。

 そうなると妖異でも感知するのは難しく、優秀な支配者が気付けなかったとしても不思議ではない。

 ただの入り口には大きな力は宿らない。有るのか無いのかは、近くまで行かないと判断出来ないのだ。


「じゃ、じゃあもしそっちだったら……」


『ただの人間が1年だったね? 死んでいる可能性が高いかな』


 結局どちらであったとしても、ロクな結果が出て来そうにない。やはりそうだったかと、雅樹は残念に思う。

 ただ同時に、何か遺品でも持って帰ってあげられたらなとも思う。だからこそこうして、イブキに相談する意味がある。

 雅樹は餓鬼に襲われたけれど、両親の遺骨は手元に残った。自らの手で埋葬をする事が出来た。

 骨も残っていなかったとしても、せめて遺品ぐらい渡してあげたい。両親の死を乗り越えた雅樹だからこその想い。


『探しに行ってあげたいのかい?』


「……はい。出来るなら見つけてあげたい。痕跡だけでも」


 雅樹は舞花から、昌平の写真などを貰っている。恐らく持って行ったであろう、愛用のリュックについても。

 だから探す事は可能だと思われる。仮に死体だったとしても、元の世界へ帰れるだけマシだろうと雅樹は思う。

 一番良いのは生存しており、ただ帰れないだけだというパターンだ。しかしそれは望み薄で、1年も異界に居れば生きるのは難しい。

 異界も妖異と同じように、人間を喰らう存在だ。ほぼ確実に喰われたと思うのが正しい判断だろう。


『うーん……まあ異界は私達妖異にとって、脅威ではないしねぇ。梓美でも平気だろうし。……マサキ、そこに梓美も居るのだろう? スピーカーにしてくれるかな?』


「分かりました」


 雅樹はスピーカーモードにして、応接机の上に置く。隣に座っている梓美へ合図をして、スマートフォンを指差す。

 意図を悟った梓美は、雅樹に少し近付いてイブキが話し始めるのを待つ。準備が出来た事を雅樹は伝える。


『梓美、悪いけどマサキに付き合ってあげてくれるかな? 私はまだまだ帰れないし、異界程度なら君でも余裕だろ?』


「もちろんです。お任せ下さいイブキ様。雅樹君はウチが必ず守ります」


 梓美は何の躊躇いもなく了承する。その様子を見た雅樹は、改めて彼女がイブキの部下なのだと実感する。

 明らかな上下関係と、長い付き合いを感じさせるやり取りが続く。梓美も永い時を生きる妖異なのだと分かる。

 上司と部下の会話が終わり、続いて雅樹に対する注意事項へと会話が移っていく。


『マサキはあまり無理をしないように。君の優しさと正義感は美徳だけど、同時に弱点でもある。くどいようだけど、注意するんだよ。護符を巻いた木刀はロッカーに入れてあるから、念の為持って行くといい』


「ありがとうございます、イブキさん」


 幾つかの会話を交わして、雅樹は通話を切った。雅樹は異界へと探索に向かう決意を固める。

 助手としての給料を貰っているので、滋賀まで調査にいく資金は十分にある。支配者の良源には、イブキが話を通しておいてくれる。

 礼儀として挨拶だけは必要となるが、それ以上に何かを要求される事は無い。後は舞花へ連絡を入れるだけ。

 ただその前に、梓美へお礼を言っておこうと雅樹は考える。雅樹を守る事と、調査付き合うのは別の問題だから。


「梓美先輩、引き受けてくれてありがとうございます」


「別にかまへんよ。ウチは雅樹君のやりたい事を応援するし」


 梓美もイブキと同じく、プラスの感情を好んでいる。マイナスの感情も喰らうけれど、やはり好ましいのは充実した人間だ。

 その中でも梓美は、自分へと向けられた愛情を特に好む。だから意中の男性が、喜ぶ手伝いを進んでやる。

 喜ばせて惚れさせて、そして喰らう瞬間がたまらなく愛おしい。必死になって愛を囁く男性が、美味しくてたまらないから。

 雅樹の望みを叶えて、好きになって貰う。その為なら梓美はなんでもやる。雅樹の魂を見た時から、梓美は一目惚れだった。

 絶対にこの男は美味しいに違いないと、生きて来た経験から知っているから。上司の許可が出た以上、彼女が止まる事は無い。


「そんで、手伝う対価は何をしてくれるん? 一緒にお風呂とか?」


「おっ、お風呂!? い、いやそれはちょっと……」


 雅樹は激しく動揺している。ただでさえ魅力的な先輩である梓美と、混浴なんて理性が維持出来ない。

 また以前のように、雪女の妖術で誘惑されたら……雅樹はあっさりと一線を越えてしまいかねない。

 イブキ達の方が美しいからと言って、梓美に魅力が欠けているのではない。今でも十分過ぎる程の魅力を感じている。


「え~ウチとは入りたくない?」


 梓美は雅樹の腕に抱きついて、あからさまな誘惑を始める。イブキには負けるが、梓美もスタイルはかなり良い。

 女性らしい柔らかな感触が雅樹の理性を刺激する。だが今はそういう事をしている場合ではない。

 

「そ、そうじゃなくて! 先輩が可愛いから困るって話です!」


「ふ~ん……まあエエわ。今日はそれで許してあげる。何して貰うかは、ウチが考えておくわ」


 雅樹が梓美を異性として意識している。可愛いと表現した事も進歩だろう。梓美は一旦ここまでに留める。

 刺激をし過ぎて距離を置かれても困るし、女性経験の浅い反応がまた可愛らしいと梓美は思っている。


「ほな女子高生探偵と、男子高校生探偵のコンビで行こか」


「え? 女子高生……?」


 思わず雅樹は余計な疑問を口にしてしまった。妖異である梓美は、当然見た目通りの年齢ではない。

 だからと言って、女性に対して年齢の話はNGである。雅樹はその場でガッツリと精気を吸われた。

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