第75話 依頼をどうするか
碓氷雅樹は瀬能舞花の依頼について、大江イブキに電話で相談する。戻って来る日についても確認したいから。
永野梓美との生活は、少々刺激的過ぎる。雅樹を落とそうと、様々なアプローチを繰り返している。
男子高校生としては、非常に辛い状況だ。雅樹が軽率な性格だったら、安易に手を出していただろう。
だが彼はそういうタイプではない。交際もしていないのに、梓美と何かをするつもりはない。
「という依頼でして、どうしますか?」
雅樹はスマートフォンでイブキと通話している。舞花から聞いた情報を全て伝えた。
『ふーん……何だか異界絡みが続くねぇ。都市伝説がまた流行っているのかな?』
偶然かも知れないが、異界絡みと思われる依頼が来た。滋賀県の雑居ビルで消えた男性、名塚昌平の捜索依頼だ。
彼が失踪前に投稿された記事と、その原因となった記事は今もネット上に残されている。
出掛けている最中のイブキも、自身のスマートフォンで確認したようだ。大体の事は把握出来たらしい。
『異界っぽいけど、良源が気付いていないのは変だね。アイツが気付かないとは思えない』
「りょうげん? 誰ですそれ?」
雅樹は知らない誰かの名前。話の腰を折ってしまうが、知らないのだから仕方ない。雅樹はイブキに問うた。
「滋賀の支配者だよ。人間として生まれた事になっているけど、私と同じ鬼だよ。疫病神を払った角大師人として、歴史上では語られているね」
良源という名の人物は、慈恵大師や元三大師とも呼ばれている天台宗の僧侶であった。
疫病神を追い払う際に、鬼となったという伝説が残っている。人間から讃えられ、祀られている有名な人物だ。
悪名ばかりが広まっている、酒吞童子とは随分と扱いが違う。イブキはそんな事を微塵も気にしていないのだが。
「お、鬼ですか……」
『悪い奴じゃないから安心すると良い。で、話は戻すけど、奴は優秀だし人間も大切にしている。異界があれば破壊する筈なんだ』
そんな支配者が居るのに、異界が破壊されていない。そうなると、2つのパターンが考えられるとイブキは言う。
1つ目は異界など存在しておらず、ただ昌平が失踪しただけだという事。誰かに誘拐されたり、山中で熊に襲われたり。
イブキや良源は人間を丁寧に扱っているタイプだが、流石にそんな出来事までは構っていられない。
雅樹のように、余程大切にされている場合でも無ければ、いちいち個人にまで目を向ける事は無い。
「じゃあ、単なる失踪なんですか?」
『いや、そうとも限らない。異界との入り口が繋がっただけなら、私達支配者でも感知出来ないからね』
2つ目のパターンは、異界そのものが支配圏内に無い場合だ。異界そのもはどこか別の空間で、独立して存在しているとすれば。
そうなると妖異でも感知するのは難しく、優秀な支配者が気付けなかったとしても不思議ではない。
ただの入り口には大きな力は宿らない。有るのか無いのかは、近くまで行かないと判断出来ないのだ。
「じゃ、じゃあもしそっちだったら……」
『ただの人間が1年だったね? 死んでいる可能性が高いかな』
結局どちらであったとしても、ロクな結果が出て来そうにない。やはりそうだったかと、雅樹は残念に思う。
ただ同時に、何か遺品でも持って帰ってあげられたらなとも思う。だからこそこうして、イブキに相談する意味がある。
雅樹は餓鬼に襲われたけれど、両親の遺骨は手元に残った。自らの手で埋葬をする事が出来た。
骨も残っていなかったとしても、せめて遺品ぐらい渡してあげたい。両親の死を乗り越えた雅樹だからこその想い。
『探しに行ってあげたいのかい?』
「……はい。出来るなら見つけてあげたい。痕跡だけでも」
雅樹は舞花から、昌平の写真などを貰っている。恐らく持って行ったであろう、愛用のリュックについても。
だから探す事は可能だと思われる。仮に死体だったとしても、元の世界へ帰れるだけマシだろうと雅樹は思う。
一番良いのは生存しており、ただ帰れないだけだというパターンだ。しかしそれは望み薄で、1年も異界に居れば生きるのは難しい。
異界も妖異と同じように、人間を喰らう存在だ。ほぼ確実に喰われたと思うのが正しい判断だろう。
『うーん……まあ異界は私達妖異にとって、脅威ではないしねぇ。梓美でも平気だろうし。……マサキ、そこに梓美も居るのだろう? スピーカーにしてくれるかな?』
「分かりました」
雅樹はスピーカーモードにして、応接机の上に置く。隣に座っている梓美へ合図をして、スマートフォンを指差す。
意図を悟った梓美は、雅樹に少し近付いてイブキが話し始めるのを待つ。準備が出来た事を雅樹は伝える。
『梓美、悪いけどマサキに付き合ってあげてくれるかな? 私はまだまだ帰れないし、異界程度なら君でも余裕だろ?』
「もちろんです。お任せ下さいイブキ様。雅樹君はウチが必ず守ります」
梓美は何の躊躇いもなく了承する。その様子を見た雅樹は、改めて彼女がイブキの部下なのだと実感する。
明らかな上下関係と、長い付き合いを感じさせるやり取りが続く。梓美も永い時を生きる妖異なのだと分かる。
上司と部下の会話が終わり、続いて雅樹に対する注意事項へと会話が移っていく。
『マサキはあまり無理をしないように。君の優しさと正義感は美徳だけど、同時に弱点でもある。くどいようだけど、注意するんだよ。護符を巻いた木刀はロッカーに入れてあるから、念の為持って行くといい』
「ありがとうございます、イブキさん」
幾つかの会話を交わして、雅樹は通話を切った。雅樹は異界へと探索に向かう決意を固める。
助手としての給料を貰っているので、滋賀まで調査にいく資金は十分にある。支配者の良源には、イブキが話を通しておいてくれる。
礼儀として挨拶だけは必要となるが、それ以上に何かを要求される事は無い。後は舞花へ連絡を入れるだけ。
ただその前に、梓美へお礼を言っておこうと雅樹は考える。雅樹を守る事と、調査付き合うのは別の問題だから。
「梓美先輩、引き受けてくれてありがとうございます」
「別にかまへんよ。ウチは雅樹君のやりたい事を応援するし」
梓美もイブキと同じく、プラスの感情を好んでいる。マイナスの感情も喰らうけれど、やはり好ましいのは充実した人間だ。
その中でも梓美は、自分へと向けられた愛情を特に好む。だから意中の男性が、喜ぶ手伝いを進んでやる。
喜ばせて惚れさせて、そして喰らう瞬間がたまらなく愛おしい。必死になって愛を囁く男性が、美味しくてたまらないから。
雅樹の望みを叶えて、好きになって貰う。その為なら梓美はなんでもやる。雅樹の魂を見た時から、梓美は一目惚れだった。
絶対にこの男は美味しいに違いないと、生きて来た経験から知っているから。上司の許可が出た以上、彼女が止まる事は無い。
「そんで、手伝う対価は何をしてくれるん? 一緒にお風呂とか?」
「おっ、お風呂!? い、いやそれはちょっと……」
雅樹は激しく動揺している。ただでさえ魅力的な先輩である梓美と、混浴なんて理性が維持出来ない。
また以前のように、雪女の妖術で誘惑されたら……雅樹はあっさりと一線を越えてしまいかねない。
イブキ達の方が美しいからと言って、梓美に魅力が欠けているのではない。今でも十分過ぎる程の魅力を感じている。
「え~ウチとは入りたくない?」
梓美は雅樹の腕に抱きついて、あからさまな誘惑を始める。イブキには負けるが、梓美もスタイルはかなり良い。
女性らしい柔らかな感触が雅樹の理性を刺激する。だが今はそういう事をしている場合ではない。
「そ、そうじゃなくて! 先輩が可愛いから困るって話です!」
「ふ~ん……まあエエわ。今日はそれで許してあげる。何して貰うかは、ウチが考えておくわ」
雅樹が梓美を異性として意識している。可愛いと表現した事も進歩だろう。梓美は一旦ここまでに留める。
刺激をし過ぎて距離を置かれても困るし、女性経験の浅い反応がまた可愛らしいと梓美は思っている。
「ほな女子高生探偵と、男子高校生探偵のコンビで行こか」
「え? 女子高生……?」
思わず雅樹は余計な疑問を口にしてしまった。妖異である梓美は、当然見た目通りの年齢ではない。
だからと言って、女性に対して年齢の話はNGである。雅樹はその場でガッツリと精気を吸われた。




