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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第3章 身近な脅威
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第74話 イブキ不在での依頼

 大江(おおえ)イブキの代わりに、永野梓美(ながのあずみ)が大江探偵事務所にやって来た。ただの人間に過ぎない碓氷雅樹(うすいまさき)を守る為に。

 雅樹の学校の先輩であり、少し気になっていた女性との共同生活が始まった。しかし梓美は人間じゃない。

 雪女と呼ばれている妖異であり、人間を喰らう存在だ。とは言え、守って貰う以上は無報酬というわけにはいかない。

 雅樹は感情や精気を対価として、梓美に差し出している。2人での生活が始まってから、3日が経過した。


「ふふ……ご馳走様やで」


 ゆるふわウェーブの長い茶髪と、派手なギャル系のメイク。学校でも人気の美少女が、雅樹の膝の上に座っている。

 今日も朝から雅樹は、梓美に喰われていた。感情を吸われて虚無が訪れ、精気も喰われて体力が減少。

 雅樹は普段からイブキに喰われているとは言え、最近までただの先輩として接していた相手と、朝からキスを交わすのは複雑だ。

 憧れのような感情を抱いていただけに、どうしても好意的な感情を抱いてしまう。そしてその気持ちは、喰われているので梓美に気付かれている。


「まだ落ちひんのか~。雅樹君てガード堅いんやね」


「べ、別にそんなつもりは……」


 ベリーショートの黒髪と、高めの身長。線が細めの容姿が整った少年は、梓美から目を逸らしながら答えた。

 雅樹は恋というものが良く分かっていない。初恋が故郷に居る那須草子(なすそうこ)という事以外には。その先の経験はまだなく、恋人が出来た事はない。

 思春期男子らしい感情は持っているが、圧倒的に経験が足りていない。そんな中で魅力的な女性が、雅樹の周囲にいるから彼は困っている。

 好きとか恋とか、付き合うとか付き合わないとか。まだ今の雅樹には難しい課題だ。目の前に居る梓美へ、どう返して良いのか分からない。

 妖異であるという事を知っても、ほんのり好意を抱いてしまう。それが雪女の特性か、単純に梓美の魅力なのか。


「でも始まったばかりやしな。ウチの事、好きになって貰うで。ウチは自分に向けられた愛情を喰らうのが、一番好きやねん」


 雅樹の耳元で、梓美はそう囁く。圧倒的強者から向けられた狩人の目。それが雅樹にゾクリとした恐怖心を呼び起こす。

 しかし同時に、雅樹を見る梓美の表情はとても扇情的でもある。獲物として狙われる恐怖と、男性としての本能がせめぎ合う。

 梓美に靡いてしまっても良いのではないかと、雅樹の中で心が動く。だがそういう時は必ず、イブキや草子の顔が浮かぶ。


「あ~! また違う女性の事を考えてるやろ? もう分かって来たんやで」


「いやその……他意はないんです」


 雅樹の内心を見抜いた梓美は、面白くないと軽く彼の頬をつまむ。梓美にとって雅樹は、全てが好みのタイプだった。

 真面目な性格ながらも、ただ大人しいだけではない。意思はしっかり持っており、彼なりの強さもちゃんとある。

 見た目も梓美から見れば合格点を越えており、番の候補として現状トップを独走している。

 雪女は異種族の男性との間に子を成す種族。子供を作る相手として、魅力的かどうかは重要だ。

 その点雅樹は人間の特徴である感情の強さも、100点満点で文句なしの逸材。とても純粋な魂の持ち主であり、全てが完璧であった。


「はぁ……まあウチよりイブキ様の方が、異性として魅力的なんは分かってるけどさ~」


 そう言いながら梓美は雅樹の上から降りる。イブキとはまた違ったいい香りが、雅樹の周囲から離れて行く。

 雅樹は少し名残惜しい気がするものの、梓美に密着されているのは困る。女性らしい柔らかな感触が、雅樹を強く刺激するから。

 思春期らしい悩みを抱えている彼が、思い悩んでいると探偵事務所のドアがノックされた。誰かがやって来たらしい。

 イブキが居ないとは言え、対応する必要はあるだろう。そう考えた雅樹は、入り口まで行きドアを開ける。


「何か、ご用ですか?」


 ドアの前に立っていたのは、30代ぐらいの女性だった。黒髪のボブカットに、そこそこモテそうな顔立ち。体格は平均的だがスタイルは良い。

 ありふれたジーンズに、涼しげな真っ白いTシャツ。ブランド物のバッグを片手に持っている。メイクは梓美ほど派手ではない。


「あっ……えっと、ここに霊能探偵さんが居ると聞いたので……」


 女性は確認を取るように雅樹へと質問をする。霊能探偵はただの噂で、事実ではなかったら困るからだ。恥をかくかもという懸念もある。


「はい、そうですけど……今は不在でして」


「えっ……あの、いつ戻られますか?」


 イブキの帰還予定を聞かれても、雅樹には分からない。そもそもどこで何をしているのかも不明だ。何も聞かされていないから。

 では梓美はどうかと、雅樹は振り返ってみるが彼女は首を横に振る。梓美も予定までは聞かされていないらしい。

 さてどう答えたものかと、雅樹は少々考える。どうやら女性は本当に困っているらしく、落ち込んだ様子を見せている。

 イブキを頼らねばならない依頼人は、高確率で妖異と関わる事件に巻き込まれている。雅樹がこれまでに見て来た事件は全てそうだ。

 たまにハズレもあるとは聞いているが、話を聞いてみない事には分からない。雅樹は1つ提案をする事にした。


「いつになるか分からないので、良かったら話だけでも聞きましょうか? 俺はこれでも助手ですし」


 話の内容を聞いて、イブキに伝えるぐらいは出来る。機械が苦手な草子と違って、イブキはスマートフォンを所持している。


「…………じゃあ、お願いしてもいいかしら?」


「構いませんよ、さあどうぞ」


 雅樹は女性を事務所に通す。応接用のソファに案内して、アイスコーヒーを用意する。それから事務所のメモ帳を手に、雅樹は依頼者の対面に座った。

 これまで見て来たイブキの真似をする雅樹。質問する側に回るのは始めてだが、依頼を聞くのはもう何度も経験した。

 何よりイブキから教わった知識はそれなりにある。妖異が関わっていそうな事かぐらい、今の雅樹なら判断出来る。


「俺は碓氷雅樹です。この事務所で大江イブキの助手をしています。」


「私は瀬能舞花(せのうまいか)です。名古屋でOLをやっています。その……今回相談したいのは、私じゃなくて親戚の事で……」


 依頼者である舞花は、1年前に失踪した従兄の行方を探しているらしい。警察にも相談したが、半年経っても進展はない。

 3歳年上の従兄は、名塚昌平(なつかしょうへい)という滋賀に住んでいる男性だった。30代後半で、家庭は持っておらず独身。

 オカルト好きで毎年遠征をしており、調査結果をブログに書いている。そのブログは1年程前から更新がなく、一切連絡が取れず自宅にも居ない。

 舞花もオカルト好きであり、昌平のブログを見ていたから失踪に気付けた。何が起きていたのかについても、大体想像がついている。


「昌平君はこのビルに行って以来、行方不明なの」


 舞花は自分のスマートフォンを取り出して、昌平のブログ記事を雅樹に見せる。いつの間にか隣に座っていた梓美も覗き込む。

 どう見ても若いギャルにしか見えない梓美と、高校生ぐらいに見える雅樹。この2人に相談して良かったのかと、舞花は半信半疑だ。

 だが今となっては、霊能探偵なんて怪しげな存在に、こうして縋る以外に道は無かった。不安に思いながらも、舞花は雅樹の反応を待つ。

 1年も行方不明なら、もう戻って来ない可能性が高い。それでも一縷の望みを託して、舞花は相談に来たのだ。

 

「異世界へ行けるエレベーター……あっ! 都市伝説ってやつか!」


「そ、そうなの! 昌平君はきっと、異世界へ行ったんじゃないかって。でも私が試しても、何も起こらなかったの」


 舞花は続いて別のブログを見せる。それは昌平が消えたと思われる、問題の雑居ビルが異世界へ繋がっていると、最初に投稿した人物の記事だった。

 そこには異世界への行き方が書かれていた。雅樹は書かれている内容をメモに書き写しておく。最後の警告文と、それ以来更新が無い現状についても。

 雅樹はそこまで確認して、先日知ったばかりの知識を思い出す。異界と呼ばれる異空間、人間の認識が生み出す異なる世界。


「なるほど、分かりました。後程改めて連絡をするので、瀬能さんの連絡先を教えて頂けますか?」


「あの! 宜しくお願いします! 昔から仲の良い従兄で、本当の兄みたいな存在だったの!」


 涙でも流しそうになりながら、舞花が頭を下げる。それぐらい大切な相手だったのだろう。事務所を出て行くまで、舞花は必死に訴えていた。

 異界に1年以上囚われた男性。生存の可能性はそう高くない。それでも舞花の力になってあげたいと、雅樹は強く感じていた。

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