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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第3章 身近な脅威
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第73話 異なる世界

 冴えない社会人をやっている名塚昌平(なつかしょうへい)は、エレベーターを使って異世界へと移動した。本人はあくまでそのつもりだ。

 10階でエレベーターの扉が開き、外に出てみたら階段があった。その状況をスマートフォンで撮影しながら昌平は先へと進む。

 興奮気味の昌平が実況をしながら、階段を登っていく。屋上に出る為のドアは施錠されておらず、昌平がドアノブを回すと簡単に開いた。

 その先に広がっていたのは、見知らぬ街。雑居ビルの10階に出た筈なのに、ドアの向こうは道路となっている。

 まるで地上の世界から、空中の都市へと移動したかのようだ。昌平はハイテンションで騒いでいる。


「す、すげぇ! どうなってんのやこれ!? すげぇ!」


 ただ凄い凄いと騒ぐ昌平は、周辺の映像を撮って回る。昌平には全てが新鮮に見えた。どこかで見たようで、全く知らない都市。

 どこまでも街は続いているが、人の気配はまるでない。昌平だけが街を歩いている。異世界へ来たと彼は心から喜んでいる。

 いっそ生配信にでもしてやろうかと昌平は考えたが、当然電波なんて届くわけもなく。仕方なく彼は録画のみで進める事にした。

 電気は通っているのか、信号機はずっと動いている。喫茶店やコンビニの店内は、煌々と明かりが点いている。

 誰も居ないのに、何の為に電気が通っているのか。誰が発電所を動かしているのか。謎は幾らでも出て来る。


「誰か生活してるんか? あっ! もしかして、ドッペルゲンガーでもおる? この世界からやって来るんか?」


 昌平はオカルトに関する知識は一通りある。異世界へと移動した先で遭遇する怪異を知っている。

 彷徨少女(ほうこうしょうじょ)やマンホール少女、うわさのマキオなど。様々な可能性について、昌平は考察を進めていく。

 並行世界などの知らない街へと、迷い込む怪談話も多い。きさらぎ駅やG駅など、電車絡みの怪奇現象は有名だ。

 それらの世界と繋がっているのか、そうではないのか。昌平はとても楽しそうだ。


「こんなん幾らでも記事書けるで! 何かオカルト絡みのもん、出て来てくれへんかな?」


 興奮している昌平は、本当に怪異と遭遇したらどうなるか分かっていない。無知ゆえの蛮勇か、それとも何も考えていないのか。

 普通なら元の世界へ帰れるかを先ず考えるところだが、昌平はそんな事を全く気にしている様子はない。

 どんどん10階のドアからは離れて行き、異世界の街を探索していく。何かとの遭遇や、ネタになる物を求めて。

 昌平が歩いていると、遠くで何かが動いたのを見た。大きな影では無かったが、見に行く価値はあると彼は判断した。

 角を曲がり後を追うと、そこには小さな犬が居る。後ろ姿は普通の小型犬にしか見えない。しかし振り返ると、そこには人間の顔がついている。


「何見てんだよ」


 中年男性ぐらいに見えるその顔から、当たり前のように言葉が飛び出した。あまりの状況に昌平は驚愕する。

 

「っ!?」


 捨て台詞を残して、人面犬はトコトコと歩いて行く。昌平はその映像を撮れた事実に歓喜する。決定的な瞬間を撮れたと。

 今ではあまり話題になっていない人面犬、それはかつて日本中で話題となった都市伝説。

 1989年から1990年ぐらいの頃、爆発的に有名となった怪異である。犬の体に人間の顔を持つとされている存在。

 噛まれた人も人面犬になる等と噂され、コミカルな見た目のわりに危険性を持ち合わせている。

 昔はどこでも耳に出来る噂だったが、今では鳴りを潜めている。そんな人面犬と出会った事は、昌平からすればお手柄だ。


「やったで! この映像投稿したら、100万再生は行けるやろ! いや1000万かも知れん!」


 有名になれるかも知れないという承認欲求と、金になるかも知れないという金銭欲。ギャンブル好きの昌平には後者の影響が大きい。

 体験談でも本にして出せば、一山当てられるかも知れないと歓喜する。人はそれを捕らぬ狸の皮算用という。

 だが流石に昌平も冷静になったのか、とある現実に気付く。自分にも来られたのだから、第2第3の来訪者が現れるかも知れないと。

 今気付くべきはそこでは無いのだが、間違いでもない。もしそうなったら、このネタだけでは弱いと昌平は判断した。

 興奮と欲求に駆られた昌平は、身の安全という点において危機感が足りていない。もう彼の感覚はマヒしてしまっている。


「他にも何かおらんのか!? もっとインパクトあるやつ! サイレンヘッドとか、そういうの!」


 オカルトな存在を求めて、更に昌平は先へと進んで行く。もう彼は自分がどこから来たのか覚えていないだろう。

 衝撃的な映像を撮る事だけが目的となり、より過激で衝撃的な存在を求めて彷徨う。欲という怪物が、彼の後押しを続ける。

 大きな交差点に出た昌平は、どこへ向かうか思案する。左右と前進、行先は3つに分かれている。

 昌平はとりあえず前進を選び、真っ直ぐ前へと歩み続ける。どれぐらい歩いていたのか、いつの間にか夕方になっていた。

 スマートフォンのバッテリー残量もかなり減り、昌平はモバイルバッテリーと接続する。


「うん? なんや?」

 

 昌平は何かの気配を感じた。周囲をキョロキョロと見回す。しかし何も見当たらない。どこにでもあるような、公園の風景が広がっている。

 気のせいだったのだろうかと、一旦は警戒を弱める。昌平は一度撮影を中断し、小休止を挟む事にした。

 ここまでずっと歩き続けて来たから。公園のベンチに座った昌平は、荷物を弄り始めた。

 遠征の時にいつも使うリュックの中から、お茶を取り出し一口飲む。ついでにチョコバーも齧っておき、糖分を摂取する。

 そうやって一息入れた事で、昌平は漸く現状に気付く。どこから来たのか、記憶が曖昧である事に。

 

(い、いやいや……映像が残ってるし、何とかなるやろ)


 沈み行く夕日は、どんどん水平線に消えていく。周囲が暗くなったら、映像と見比べるのも一苦労になる。

 このままゆっくりしている場合ではないと、昌平は慌てて立ち上がり早歩きで公園を出て行く。

 どっちから来たのか間違えれば、帰れなくなってしまう。冷や汗をかきながら昌平は、歩き始めようとした。

 また何かの気配を昌平は感じた。今度はさっきよりも強く。薄暗くなり始めた周囲を、昌平は注意深く見る。


「な、なんやアレ?」


 昌平はビルの影だと思っていた黒い影が、蠢いている事に気付く。それはまるで、無数の手のように見えた。

 少しずつ影が伸びていくのに合わせて、昌平の方に向かって来ている。まるで彼を捕まえようとしているかのようだ。


「これ……ヤバイんとちゃうか?」


 もし日が落ちきったら、世界が闇に包まれたら。この黒い影が、どこまでも行けるようになるとしたらたら。

 昌平に向けて伸ばされた手は、どうなってしまうのか。もし捕まったら、自分の身に何が起きるのかと考える。

 ジリジリと近付いて来る手は、明らかに昌平を狙っている。黒い影がどんな存在か、彼にその正体は分からない。

 ただ少しだけ、似た様な都市伝説が彼の記憶の中にあった。その殆どは、捕まったら死ぬようなものばかり。


「ゆっくりしとる場合ちゃうな!」


 昌平はもう撮影するつもりなんてない。急いで駆け出し、黒い影から逃げ出す。雑居ビルのエレベーターを目指して。

 数時間掛けて歩いた距離を、戻るとしたらかなりの時間が掛かる。暗闇が支配を始める前に、どうにか逃げ延びねばならない。

 必死で昌平は駆け抜ける。自分の記憶と勘を頼りに。撮影していた時の光景を思い出しながら。しかし太陽はどんどん沈む。

 移動して来た距離の半分も進まない内に、夜の帳が下りてしまう。それでも昌平は諦めず、必死で走り続けた。

 奇跡的に昌平は正解の道を選び続けて、雑居ビルのエレベーターへと続くドアを発見する。昌平が開けっ放しにしていたから見つけられた。


「ふぅぅぅぅぅ……何とか、なったか」


 昌平は勢い良くドアを閉め、そのまま床にへたり込む。これで助かったと、昌平は思っていた。

 薄暗い階段の上でドアに背中を預けて、走り続けた肉体を休める。もう足はパンパンだった。暫く走れそうにはない。

 そんな昌平の周囲には、暗闇が広がっている。昌平は自分の影に気付いていない。そこから侵食する黒が、迫っている事にも。


「えっ!? ちょっ!? 嘘やろ!?」


 昌平を狙っていた黒い手が、無数に周囲で蠢いている。昌平の体を掴み、少しずつ影の中へと沈めていく。

 藻掻いて拘束を解こうと昌平は暴れるが、全く効果が出ていない。もう少しで元の世界へ帰れたのに、昌平は沢山の黒い手により影の中へ沈んだ。

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