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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第3章 身近な脅威
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第72話 異世界へ行けるエレベーター

 この日本には様々な怪談や都市伝説が存在している。家、会社、学校と、あらゆる場所に関する噂が転がっている。

 人を襲う怪人、特定のワードを唱えねば死ぬ怪異。昔からそう言った噂話が語られて来た。

 それは何も現代の話だけではなく、江戸時代にも本所七不思議という怪談が確認されている。


 本所七不思議の内容は、置行堀(おいてけぼり)狸囃子(たぬきばやし)(おく)提灯(ちょうちん)(おく)拍子木(ひょうしぎ)燈無蕎麦(あかりなしそば)片葉(かたは)(あし)落葉(おちば)なき(しい)、津軽の太鼓、足洗邸(あしあらいやしき)の7つで構成されている。

 本所とは現在の東京都墨田区の事を指す。この怪談は本所で起きた7つの怪奇現象の事だ。

 例えば置行堀は、釣りをしていた町人が、堀から置いて行けという恐ろしい声を聞いたという話。

 狸囃子は深夜になると、どこからともなく笛や太鼓などの囃子が聞こえるというもの。現代でも似た話を聞いた事がある人は多いだろう。

 

 都市伝説はそれだけ古くから存在しており、かなりの歴史を誇る。それだけ人間は、不確かな噂が好きなのだろう。

 現在はインターネットが普及しており、日本全国の都市伝説を知るのは非常に簡単だ。SNSにまつわる都市伝説すら既にある。

 少し前ならチェーンメールというものがあり、特定の人数に転送しないと呪われる等と噂が広まる事もあった。

 現在も呼び名を変え内容を変え、似た様な噂がどんどん増えて行っている。情報化社会が生んだ連鎖は、とどまる事を知らない。

 ただの悪戯で子供が考えたのか、大人が冗談で言った話か。一度広まると出所を探るのはとても難しい。


 おまけに陰謀論や悪質なデマの拡散まである始末で、真実が情報の闇に葬られてしまう事もある。

 その様な状況下に置かれている現代の日本でも、都市伝説にまつわる話を好んで収集している者達が居る。

 オカルト系の話は一定の人気があり、現在では大きなジャンルの1つとなっている。都市伝説や怪談、SCPなどが有名だろう。

 物好き、と表現してしまうのは少々憚られる。それぐらい認知度が上がっている。今や都市伝説は、娯楽の1つにまで昇華されている。

 安いアパートで暮らしているこの男もその1人である。彼の名前は名塚昌平(なつかしょうへい)といい、平凡なサラリーマンをやっている。


(やっと休日か……)


 滋賀県の彦根市にある、家賃は3万円という超格安の物件で昌平は目を覚ました。祝日の無い週は、日曜だけが彼の癒しである。

 週休2日なんて制度とは無縁の彼は、近くにある工場で勤務している。収入はそう低くないが、趣味で散財する為に生活は厳しい。

 都市伝説に関する調査をするのが、彼の数少ない楽しみだ。連休などは全国各地へと繰り出す習慣を持っている。

 それだけであれば良かったのだが、彼はギャンブルも好んでいる。暇があれば車でパチンコ屋へ行っているのだ。

 3万円の賃貸でないと、生活出来ない理由はそこにある。30代半ばも過ぎてこうなので、当然家庭など持っていない。


(面倒臭いし、カップ麺でええやろ)


 平凡な体格、平凡な容姿、外見はどこにでも居る全てが平均値な男。

 今や男性の1人暮らしであっても、物価の高騰で自炊をした方が安上がりだ。

 しかしギャンブルに傾倒するような男が、そんな事を気にする筈も無い。買い溜めしておいたカップ麺で朝食を済ませる。

 溜まった洗濯を済ませて、適当に干して朝の用事は終了となる。後はスマートフォンと向き合う時間。

 いつものようにインターネットで、新たな都市伝説の情報を集める。次の連休に出掛ける先を探しているのだ。

 前回の連休では、首なしライダーが出たとの噂を確認する為に遠征した。結果は言わずもがなで空振りだ。


(ん~目新しい情報がないな。陰謀論だけは盛んやけど。良くもまあこんな話を信じるわ)


 他人をとやかく言う資格はない昌平だが、陰謀論については否定的だ。オカルト系とは別だと彼は考えている。

 自身で運営しているブログでも、陰謀論との違いについて自論を展開している。一緒にされたくないとも。

 自分はちゃんと現地まで行って、真実かどうかを確かめている。それが彼のプライドにも繋がっている。

 SNS上でありもしない陰謀の話をするのではなく、都市伝説の検証と確認を行っているのだからと。

 昌平のブログはそれなりにウケており、収益としては少額だが一応収入も得ている。成功者とはとても言えないレベルだが。


(どうすっかな~新台は来週やし、給料日までまだ遠い。ここで軍資金を減らすんは痛いが……)


 パチンコを打ちに行くか、家で大人しく寝ているか。昌平は今日の予定について悩んでいる。今から行けば開店に間に合う。

 しかし特別イベントがあるわけでもなく、どうしても今日行かねばならない理由がない。どうにもモチベーションは上がらない。

 動画でも観ようかと思い始めた昌平だったが、ネット上の友人から来た連絡で表情が変わる。

 それは都市伝説の話題で、昌平も良く知っているものだった。しかし今回の話は少し状況が違う。

 先ず場所がここ滋賀県であるという事。そして怪奇現象に巻き込まれて、生還した者がいるという事。


「お、おいおい……マジか……」


 思わず言葉が出てしまった昌平は、生還した人間の記事を読み進める。良くある都市伝説の1つ、異世界へ行くというもの。

 それは電車であったり、突然巻き込まれたり。色々とパターンはあるが、今回はエレベーターだった。

 特定の階を押して移動し、誰にも遭遇せずに最後まで移動出来れば、異世界へ行ける。ありふれた都市伝説でしかない。


 だが記事を書いていたのは、昌平のように現地へ行って事実確認をするタイプの、オカルト界隈における有名人だった。

 いい加減な嘘を書いているとは到底思えない。記事に書かれているエレベーターがあるのは、大津市のとある雑居ビルだ。

 少し離れているが、車で行けない距離ではない。電車で行くという道もあり、昌平の好奇心は跳ね上がる。


「こりゃあ行くしかないやろ!」


 本当に異世界へ行けたというなら、準備をしておく必要があると昌平は考えた。普段使いしているリュックに、ペットボトル飲料を詰める。

 それから食料や懐中電灯、モバイルバッテリーなど。昌平は趣味の関係上、サバイバルに使える道具類は色々と所有している。

 昌平はパジャマ代わりに使っているよれよれのTシャツと、ハーフパンツを脱ぎ捨てて私服へと着替える。

 

「うっし、行くか!」


 期待を胸に家を飛び出す昌平だったが、肝心な事を忘れていた。問題の記事を最後まで読んでいなかった。

 だから彼は知らない、何故記事を書いた者が異世界から帰って来たのかを。記事ではこう締められている。

 あの世界には何かが居る。何を見たのか言葉では言い表せない。ただ本能で危険だと感じた。ソレを見て以来、どうにも体調が悪い。

 もしこの記事を読んだのであれば、絶対にあのビルへは行くな。ソレと遭遇した場合、どうなるか保証出来ないと。

 ウキウキで電車に飛び乗った昌平は、次の記事を書く準備を進める。先ずは噂のビルへ行きますという前振りを書く。


(これでホンマやったら、映像も撮って帰ろう)


 記事を書きながら昌平は妄想を繰り広げる。もしこれで有名人になったら、映像が何十万回と再生されれば。

 配信者としてやって行く道も拓けるかも知れない。ギャンブル好きなだけあって、どうしてもお金に関する事ばかり考えてしまう。

 高揚した気持ちのままで、昌平は問題の雑居ビルへ到着した。今から行って来ますと記事を締めくくり、エレベーターへと向かう。

 記事に記されていた通り、5階、7階、3階、9階、6階、2階と押して行く。そして最後の階に到達した時、1階を押した筈なのにエレベーターは上昇する。


「よっしゃ! 成功したぞ!」


 喜びながら昌平は、異世界の様子を撮影する為、スマートフォンで録画を始める。決定的な瞬間を映像で収める為に。

 彼は自分が危険な事をしている自覚が全く無い。ただ無邪気に非日常を喜び、そのまま先へと進む事になる。

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