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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第2章 雅樹の故郷
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第56話 漁夫の利を狙う者 前編

 日本全国に海外から観光客が来る様になって暫く経つ。昔は京都や大阪、東京が観光の中心だった。

 しかし現在では日本人しか知らない観光地は殆ど無い。それまで海外の人間に知られていなかった場所へ、外国人観光客が訪れる。

 碓氷雅樹(うすいまさき)大江(おおえ)イブキと共に訪れている、栃木県のお隣である群馬県とてそれは変わらない。

 良く群馬はド田舎だと馬鹿にされる傾向があるが、実際には外国人観光客から受けは良い。草津温泉を始め、外国人観光客が色んな所へ足を運ぶ。

 雅樹が両親の遺骨を納骨した日の夕方、2人の若い外国人観光客がとある山の中を歩いていた。


 彼らは大きなリュックサックを背負った、所謂バックパッカーな白人カップルの2人組だ。

 夏の日本を歩いて回り、観光を楽しんでいる。宿に泊まる日もあれば、野宿で済ます日もあった。

 今日は野宿で済まそうと、テントを立てられそうな場所を探している。少し暗くなりつつあるが、まだ時間的余裕はある。

 時刻は18時過ぎ、夕日はまだ落ち切っていない。開けた場所でもあれば、夕食と就寝の準備をする予定だ。


「ねぇアラン、そろそろ決めないと」


 綺麗なブロンドの髪を持つ、可愛らしいな女性が隣を歩く男性へと声を掛ける。早くテントを立てようと催促している。


「分かっているよヘレン。もう少し行けば広場がある筈なんだ」


 アランと呼ばれた茶髪の男性は、考えて行動しているのだと示す。もう少しだけ我慢してくれと恋人のヘレンに伝えた。

 それから5分程山道を歩いて行くと、彼の言う通り水道や木で出来たテーブルのある広場があった。

 2人は水道で水分補給を行い、小さな2人用のテントを設置する。キャンプ用品をリュックサックから取り出し、夕食の準備を始める。


「あら? 何かしら?」


 何かを見つけたらしいヘレンは、テントの裏側へと向かう。木の陰で夕日の光が届きにくい為、山の中は麓よりも暗い。

 ズボンのポケットに入れていたスマートフォンで、地面を照らしながら周囲を確認する。


「キャッ!? ちょっとアラン!」


「どうした!?」


 夕食の準備を進めていたアランは、ヘレンの声を聞いてテントの裏側へと回る。科学の光に照らされた先には、1匹の蛇が彼らを見ながら威嚇していた。


「なんだ、ただの蛇じゃないか」


「だって、急だったからビックリしちゃって……」


 2人の人間を警戒しているのは日本ではポピュラーな種。殆どの土地で生息しているアオダイショウ。2メートル程の立派な成体だ。

 日本本土では最大の大きさを誇る蛇であり、毒はないがあまり刺激すると噛み付く可能性がある。だが基本的には大人しい種である。


「ああ、コイツは調べたから知っているぞ。食べられる種類だ」


 アランは調理をする為に、サバイバル用のナイフを手に持っていた。ちょうど良いとゆっくりアオダイショウに近付いて行く。


「ちょっとアラン、まさか食べる気?」


「肉が少々足りないからさ、コイツを頂こうかなって」


 アランはアオダイショウの背後を取って、素早くナイフを振り下ろす。ステンレスの刃は綺麗にアオダイショウの頭部を貫通していた。

 気味悪そうにヘレンは見ているが、アランは気にせず血抜きを始める。彼はアウトドアが好きで、こういった行為を今までもして来た。

 大型のカエルを食べた事もあるし、ワニの肉も食べた経験がある。当然蛇の肉だって捌く事が出来る。

 慣れた手つきで彼はアオダイショウを処理していく。血を抜き皮を剥いで水道で蛇の肉を洗う。非常に手際が良い。

 だがしかし彼は1つ知らない知識があった。それは日本の迷信の1つ、アオダイショウを殺すと祟られるという噂を。


「本当に食べるの?」


「ああ、ヘレンも食べてみなよ。蛇の肉は結構美味しいぞ」


 最初は懐疑的だったヘレンも、焼き上がった肉を見ていると気が変わった。お試しという事で一口齧ってみる。


「あ~うん、悪くないわね」


 それからは和やかな談笑をしつつ、2人は楽しい時間を過ごした。そのまま夜は更けて行き、2人はテントに入る。

 まだ20代で体力も多い彼らは、何もない夜で終わる筈も無い。アランがヘレンを抱き締めて、良い雰囲気を作っていく。

 シャワーが出来ていないからと、最初は抵抗を見せていたヘレンも徐々に絆されていく。お互い裸になった2人が、抱き合おうとした時だった。


「ねぇ、今何か音がしなかった?」


「……何も聞こえないよ? 気のせいだよ」


 続きをしようとアランはヘレンを押し倒して、行為に及ぼうと前戯を始める。しかしヘレンは不安そうにしている。


「また! ねぇアラン、外を見て来てよ」


 そうじゃないと続きはしないとヘレンは拒む。もう少しだったのにと、アランはやや不満そうにしながらもズボンを履いてテントから出る。

 

「誰かいるのか? 覗きは悪趣味だぞ」


 懐中電灯を手に、アランはテントの周囲を探る。しかし人の気配は全く感じない。何かしらの動物がいる様子もない。

 ヘレンの勘違いだと決め込んでいるアランは、あまり警戒をしていない。だからナイフも置いて来ている。

 真っ暗な山の中では、風に揺れる木々の音しか聞こえて来ない。やはり何も居ないじゃないかと、アランがテントに戻ろうとした時だ。


「ん? ……何だこれ?」


 アランの頭部に何かぬるいものが落ちて来た。手で触ってみると、透明の粘性がある液体だった。鳥の糞だろうかとアランは頭上を確認する。

 しかしアランの視界は真っ暗になった。何かが体に突き刺さった感覚だけはあり、叫びたいが声が出せない。

 自分が温かい何かに包まれたのは理解出来ても、身動きが取れない。体は痺れて意識も遠くなっていく。彼の意識はそこで途切れた。


 一方テントで待っているヘレンは、帰って来る気配のないアランが心配になって来た。もし熊でも出たとしたら。

 少し不安はあるものの、何もしないというのも耐えられない。ヘレンは思い切ってテントから出てみた。


「アラン? どこまで行ったの? アラン?」


 ヘレンが幾ら呼び掛けても、アランの返事は聞こえて来ない。スマートフォンのライトを頼りに、ヘレンはテントの周囲を探す。

 アランを何度も呼んでいるが、全く反応は返って来ない。そもそも人の気配が感じられない。ヘレンの不安は増すばかり。

 少し探す範囲を広げてみる事にしたヘレンは、テントから離れた位置を探し始める。木のテーブルがあるエリア、水道の周辺。

 しかしどれだけ探しても、アランの姿は見つからない。呼びかけにも返答はないままだ。ふと思いつきでヘレンはアランに電話を掛けてみる事にした。

 コール音が鳴り始めると、着信音がどこかから聞こえ始めた。アランのスマートフォンが鳴っている。


「もう! 居るのなら返事してよ! からかうなんて悪趣味……」


 着信音を頼りに歩き続けた先には、大きな幹が聳え立っている。人間の3倍はありそな横幅の、嫌に生物的な黒い木。

 しかし着信音はそこから聞こえていて、どういう事かとヘレンはライトを少し上に向ける。そこにあったのは、あまりにも巨大な蛇の頭部。


「きゃあああああああああ!?」


 ヘレンは大声で叫ぶも、次の瞬間には大蛇の口へ飲み込まれていった。大蛇は2人を腹に収めた状態で、テントをなぎ倒して山奥へと進んで行く。

 暫く進んだ先には、大きな洞窟があった。大蛇は何の警戒もする事なく、どんどん洞窟の中を這っていく。最奥まで進むと燃え盛る松明が壁に設置されていた。

 大蛇が更にその奥に進むと、やや派手な装飾のなされた広間が見えて来た。大蛇はそこへ入ると、飲み込んだ2人の人間を吐き出す。


「良くやった、ご苦労。それで、あの酒吞童子が玉藻前と接触したと?」


 部屋の中には、下半身が大蛇で上半身には女性の体を持つ、あまりにも異様な存在が居た。

 良く見ると頭部に生えているのは頭髪ではなく、全てが生きている小さな蛇だ。

 彼女の様な存在を、ギリシャ神話ではエキドナと呼んでいる。日本では蛇女と呼称されている蛇の妖異。


「はっ! 潜らせていた部下達が確認しております」


 同じ様な体を持つひと回り小さい蛇女が、石造りの玉座に座る蛇女へと報告する。


「詳しく聞こうじゃないか」


 興味深そうにニヤリと笑った玉座に座る蛇女は、部下に報告の続きを促した。

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