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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第2章 雅樹の故郷
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第52話 草子達の真実 中編

 那須草子(なすそうこ)達が碓氷雅樹(うすいまさき)の故郷、若藻(わかも)村を作った理由は非常にシンプルだった。


「疲れたのよ、争い事に。ただ私達が幸せに暮らせる土地が欲しかった」


 人間が生まれる前から続く、熾烈な妖異同士の戦い。そして人間を作った後の争い。

 今で言う中国の殷王朝時代、支配地域を巡る争いに敗れ、大陸から追いやられた草子達。

 名を若藻へと変えて日本に渡った草子は、再び安住の地を探す。

 その内に玉藻前という名を与えられ、気に入った人間の男性と共に過ごしていた。


 人間の男性に愛情を注げば、効率よく感情を喰らう事が出来る。

 彼女なりに作り上げたスキームで、最初は上手くやっていた。

 しかしそちらでも縄張り争いとなり、追われる身となってしまった。

 再び名前を若藻に戻し、逃げ延びた先が現在で言う栃木県だった。


「そこで先代の支配者に拾われて、ここに村を作らせて貰った」


 その当時に支配者をやっていたのは、草子と同じ妖狐だった為に匿ってくれたと言う。


「それでアタシ達も呼ばれたのよ。3手に分かれて住む場所を探していたからさ」


 江奈(えな)が説明の補足を行う。中国を追われた彼女達は、新たな住処を探していた。

 結果的に落ち着ける土地を見つけたのは草子だ。それからは三姉妹として再び生活を始めた。

 途中で先代の支配者が引退を表明し、一旦は玉藻前として草子が引き継いだ。

 そして江戸時代に、西と東の妖異で争いが起きた。切っ掛けは些細な事で、もう殆どの妖異が事の始まりを覚えていない。

 ただ小さな火は大きな炎となり、お互いに殴り合う所まで発展した。


「その時に西を纏めていたのがそこの酒呑で、東の代表が私だったの」


 玉藻前として東の大将だった草子は、西の大将である酒呑童子、大江(おおえ)イブキと対峙する事になる。

 殷王朝の時代に深手を負い弱体化した草子も、江戸時代には完全に力を取り戻していた。

 西と東、大妖怪を旗頭に争う2大勢力。当然ながら激しい戦いとなる。


「小賢しい詐欺師の汚い戦い方には、私もうんざりさせられたものさ」


 やれやれと肩を竦めながら、イブキは心底嫌そうな声音で愚痴を溢す。


「貴女が野蛮なだけでしょう。まー君の前で、言い掛かりはやめて頂戴」


 草子はジロリと口を挟んだイブキを睨む。どうにも馬が合わない様子だ。


「中国に帰れば良いのに、いつまで居座るのやら」


「先代から受け継いだのだから、ここは私達の土地よ」


 イブキと草子の間で、バチバチと火花が飛び散る。どちらも雅樹にとっては珍しい光景だ。

 ここまでハッキリと、ストレートな嫌味を言うイブキを初めて見た。

 いつも穏やかな笑顔を見せている草子が、冷たい視線を向けている。

 強者同士で威圧し合う空間は、ただの人間でしかない雅樹には少し辛い。


「そ、そこまでにしてよ! 今は続きを教えて!」


 雅樹が訴えると、渋々両者は剣呑な雰囲気を消した。気を取り直して草子は説明を続ける。

 結局東西の争いは引き分けに終わり、それ以降はお互いに微妙な関係のままだ。

 また面倒な争いに巻き込まれた草子は、支配者の地位を江奈とメノウに譲った。

 若藻村へ常駐する様になり、新たに那須草子として生活を始めた。


「私達は平穏な日々を手に入れ、何も知らない人間達は幸せに暮らす。完璧な空間が出来上がった」


 草子がやっている事はイブキとそう変わらない。もっと規模を小さくして、好みの人間だけを住まわせる。

 時に県内から移住させ、時に県外からも仕入れて、最高の環境を整える。

 大昔から人間の男性を食い散らかして来た草子達は、この村で好みの男性を好きなだけ侍らす事が出来る。


「ほらね、言っただろう雅樹。九尾達はとんでもない尻軽なのさ」


「酷い言い掛かりだわ。私はちゃんとまー君を愛しているもの。全員等しく私の愛する男達よ」


 愛しているという言葉に、一瞬雅樹は反応した。しかし続く言葉でガッカリした。

 自分だけが特別扱いなのではなく、草子が囲う男の1人に過ぎないのかと。

 草子はこれまでもそうして、沢山の男性を相手にして来た。なのにどうしてか、雅樹は草子を嫌いになれない。

 初恋のお姉さんである事実は変わらず、今もやんわり異性として好意がある。


「結局先生達は、騙すつもりは無かったの?」


 雅樹が1番気になるのは、そこの部分だった。知らなくても良い事を黙っていたのか、意図的に騙すつもりだったのか。

 どちらなのかで印象は大きく変わる。都合の良い餌場としか見ていないのか、幸せを願っているのは本当なのか。

 イブキと同じ方針だというのなら、雅樹としても拒絶するまではいかない。

 これまで共に過ごして来た時間が、偽りでないのならそれでも構わない。

 説明を聞いて雅樹が最初に思ったのは、草子達を信じたいという事。


「そんなつもりは無かったわ。まー君と過ごして来た時間は、とても楽しいものだった」


 真っ白な剣道着を来た草子は、真剣な表情で雅樹を見ている。

 綺麗な黒い瞳は、一切のブレがない。嘘偽りでないと目が訴えている。


「私達もだ。信じて欲しい」


「そうだよ雅樹ちゃん。変な嘘をついた事、今までに無いでしょう?」


 メノウと江奈も草子に続く。どちらも草子と同じく真剣な空気を纏っている。

 雅樹は故郷での日々を思い返す。草子達との日々は、とても大切な思い出だ。

 小さな頃から毎日の様に草子と共に居た。色んな経験を重ねて来た。

 ただ道場で剣道を教わっただけではない。村の駄菓子屋でアイスを食べたり、川で釣りをしたり。


 夏祭りは毎年一緒に参加して、花火をして過ごした。たまに江奈とメノウも一緒だった。

 近くの湖へ行き、水着姿の草子にドキドキした事もある。

 色んな姿の草子達が、雅樹の記憶には刻まれている。10年以上も一緒だった。

 今更嫌いになるなんて、とても出来そうにないと雅樹は感じている。


「…………分かったよ。信じるよ」


 今まで変な事はされていないし、嫌な経験もない。むしろ幸せな事ばかりだった。


「良かった。じゃあまー君は私達と幸せに暮らしましょう」


「何を言い出すかと思えば、随分と巫山戯た事を言うね。マサキはもう私の所有物だ」


 再びイブキと草子が睨み合いになる。今度は雅樹の奪い合いだ。

 先程までの暴力的な空気ではないが、穏やかとも言えない。

 今度はメノウと江奈も参加して、イブキを睨んでいる。譲るつもりはないらしい。


「雅樹は元々この村の住人だ」


「そうだそうだ! 雅樹ちゃんの故郷だよ!」


 3対1だが、イブキはまるで動じていない。雅樹の真横に立って所有権を主張する。


「マサキは私と契約した。全てを私に捧げると」


 その言葉を聞いて、草子の眉が跳ね上がる。彼女にとってそれは許しがたい発言だ。


「やはり酒呑……貴女……」


「もちろん美味しく頂いたさ」


 草子は雅樹の初めてを狙っていた。最初に感情を喰らう日を心待ちにしていたのだ。

 中学を卒業して、異性を強く意識する年代。それぐらいの頃が草子の好物だ。

 女性に迫れて慌てふためき、困惑しながらも抗えない好奇心と性欲。

 それらが混ざった思春期男子の複雑な感情は、草子に至福の時間を齎す。


 特に雅樹は美しい魂の持ち主だ。楽しみにとっておいた。わざと残した最後の一皿。

 だと言うのに、よりにもよって最も敵対的な相手に雅樹の初めてを奪われた。

 それだけならまだ許せた。しかし全てとなればとても許せる事ではない。

 初めてから終わりまで、全てをイブキが持って行く。そんな勝手を草子は許容出来ない。


「そんな契約は無効よ」


「お前も妖異なら知っているだろう? 私達の契約は絶対だ」


 雅樹はどうして良いのか分からず、オロオロとするしかない。

 そんな妖異と1人の男子高校生の姿を、1匹の蛇が入り口から見ていた。

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