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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第2章 雅樹の故郷
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第49話 雅樹の先生

 大江(おおえ)イブキの運転するSUVが、岐阜県内を進んで行く。碓氷雅樹(うすいまさき)が暮らしていた若藻(わかも)村へと向かって。

 彼が暮らしていた故郷は山奥にあり、市街地からは遠く離れている。

 一旦適当なファミレスで昼食を済ませた後、再び山の方へと進む。

 雅樹はどこかいつもと違うイブキに、違和感を覚えている。

 上手く説明は出来ないが、何かが違っている。それ以外にも1つ、疑問があった。


「あの、イブキさん。岐阜県の支配者には、会わなくても良いんですか?」


 他府県に行った時は、ほぼ必ず行なっている事なのに、今回は何も言わないイブキ。

 その事がどうしても気になった雅樹は、思い切って聞いてみる事にした。会いたくないと言っていた相手なのだろうかと。

 イブキがそこまで毛嫌いする妖異が、一体どんな存在なのかも正直気になっているからだ。


「どうせ会う事になるからさ。きっと向こうからやって来るだろうしね」


「向こうから、ですか?」


 それはどういう事だろうかと、雅樹は思考を巡らせる。仲が悪いのに、どうしてわざわざ会いに来るのか。

 聞いていた話と状況がマッチしていない。嫌いなら会いたくもない筈だ。

 事実としてイブキは、とても会いたくなさそうだった。もしかして向こうは嫌っておらず、構いに来るぐらい好意的なのかと雅樹は考えてみた。


「今頃きっと、激怒しているだろうからね」


 雅樹の予想は続くイブキの言葉で否定された。ならどういう意味なのかと、疑問符が雅樹の頭に浮かんでいる。


「お、怒っているんですか? それ大丈夫なんです?」


 支配者を怒らせてしまっていては、故郷に帰ると迷惑を掛けてしまうのでは? 雅樹は先ずそこが気になった。

 理由は分からないが、状況が良くない事だけは雅樹にも理解出来た。そんな時だった、イブキがブレーキを踏んだのは。

 車通りの少ない山道で、停止する意味なんてない筈。イブキの美しい横顔を見ていた雅樹は、正面を向いて前方を確認した。


 そこに居たのは2人の女性。片方は低めの身長で、見たところ160センチぐらいだろう。

 花柄のワンピースを着ており、ライトグリーンの髪をお団子ヘアーにしている。山の中だというのに、サンダルを履いていた。

 外見は20代半ばぐらいに見える、笑っていれば可愛らしい女性だろう。しかし今は冷たい表情を浮かべている。


 もう片方の女性は、隣に居る女性よりも背が高い。恐らくは170センチぐらいと思われる。

 涼し気な白いTシャツに、デニムのジーンズを履いている。黒い髪を短く切り揃えた、クールな表情が似合う女性だ。年齢は20代後半だろうか。

 彼女もまた山の中だとういうのに、ヒールの高いパンプスを履いている。冷たい表情を浮かべているのも同様だ。


「…………え?」


 雅樹は思わぬ再会に驚いている。2人とも雅樹が昔から良く知っている女性だからだ。

 

「そろそろだと思っていたよ」


 状況を良く理解していない雅樹と違い、イブキはまるで予想通りだったかの様に振る舞っている。

 エンジンを切って車を停め、イブキは車外へと出て行く。慌てて雅樹もイブキに着いて行く。


「あ、あの! 江奈(えな)姉さん、メノウ姉さん、どうしてここに?」


 背が低い女性に対して江奈、背が高い方の女性にメノウと呼びかける雅樹。未だに状況を良く掴めていない。


「雅樹、そいつから離れろ」


 メノウと呼ばれたクールな女性が、そんな警告を雅樹に出す。言われた雅樹は意味が分からなかった。


「そうだよ! そいつは危険なんだから」


 江奈と呼ばれた可愛らしい女性は、警戒心を全開にしてイブキの方を睨んでいる。


「ちょ……え? どういう事? 2人はイブキさんを知っているの?」


 まるでイブキが妖異である事を知っているかの様に、知人の2人が雅樹に向けて警告を出している。

 何故そんな事を知っているのか、どうして2人は怒っているのか、雅樹は理解出来ない。いや、理解したくは無かった。

 だって江奈とメノウの2人は、雅樹の初恋の女性、剣道の先生の妹でもあるのだから。


「すまない雅樹、こんな形で明かしたくは無かったが」


「アタシ達はそいつが鬼だって知っているの」


 2人は雅樹に対してだけは、優しい表情を向けている。だが告げられた言葉は、残酷な現実を示している。

 鬼なんて存在を知っていながら、まるで恐れる様子を見せない。その状況が意味する事は、たった1つしかない。

 その上で雅樹にトドメを刺す事態が、直後に目の前で起きる。聞こえて来たのは、良く知っている女性の声。


酒吞(しゅてん)!」


 いつも通りのパンツスーツ姿で堂々と立つイブキに目掛けて、剣道着を着た金髪の女性が日本刀を持って斬りかかった。

 肩まである美しい金髪に、スタイルの良い鍛えられた肉体。雅樹が久しぶりに見た美しい顔立ちは、怒りに染められている。

 パッチリとした金色の睫毛は綺麗にカールしており、二重まぶたと共に2つの眼を強調している。


 ブラックダイヤの様に黒く輝く瞳は、蒼い炎を宿しながらイブキをしっかりと捉えている。激しい怒りを感じさせる目だ。

 鼻梁の通った小さな顔、真っ赤な形の良い唇。イブキに負けず劣らずの美貌を持つ雅樹の初恋の女性。

 それだけであればまだ良かった。金色の狐耳と、フサフサの尻尾が生えてさえいなければ。

 

「ぞろぞろと集まってさあ」


 そんな女性を相手に、イブキもまた角を出現させ長く伸びた爪で刃を受け止めている。紅く輝く瞳と、蒼い炎を宿す視線が交錯する。

 雅樹の目の前で、2人の女性が今にも殺し合いを始めそうな雰囲気を作り出し始めた。そんな事を雅樹は望んでいない。


「ま、待ってよ! 落ち着いてよ! イブキさん! 先生!」


 雅樹は全力で叫んだ。どうしてこうなっているのか、彼には全く理解が出来ていない。

 他のメンバーだけは全てを理解している様子で、雅樹だけが置いてけぼりの状況だ。このまま勝手に話を進めて欲しくないと、慌てて止めに入る。


「まー君、コイツは敵なのよ。傲慢で勝手で暴力的な鬼よ!」


「よく言うよ詐欺師の癖に。なあ、金毛九尾……玉藻前(たまものまえ)


 イブキの言葉で、雅樹は息を呑んだ。今なんと言ったかと、疑いの言葉を吐きたい。しかし聞き逃しはしていない。

 何より明らかに初恋の女性は、人間として有り得ない部位を持っている。人間には尻尾なんてない。

 問題はそれだけじゃない、先生はイブキを何と呼んだだろうと雅樹は思い返す。

 酒吞と名のつく鬼、そんなのはたった一種のみ。鬼の中でも特に強力な個体、酒吞童子(しゅてんどうじ)

 そして玉藻前とは、永き時を生きる傾国の美女。九本の尾を持つと言われている大妖怪。


「う、嘘、だよね? 先生、江奈姉さん、メノウ姉さん。3人共、俺を騙していたの?」


 妖異にとって人間は、ただの餌でしかない。それを分かっていて保護を願ったイブキとは違う。

 お互いただの人間として、楽しい日々を過ごして来た3人は人間じゃなかった。真実を知り雅樹はショックを受けている。


「ち、違うんだよ雅樹ちゃん! そういうつもりじゃ――」


「私がマサキを囲うのと何が違う? お前らだってそうだろう」


 江奈が弁明をしようとするが、イブキが途中で遮ってしまう。しかし今度は玉藻前、那須草子(なすそうこ)が口を開く。


「私達はまー君を大切にしていたわ。1人の男性としてよ」


 玉藻前としてではなく、ただの草子として投げかけられた言葉は優しかった。しかしそれでも事実は変わらない。

 雅樹が信頼していた大人の女性達は妖異だった。自分と同じ人間ではないのだと、雅樹は無理矢理にでも受け入れるしかない。


「と、とにかく争うのは止めてよ! お願いだから!」


 これまでの想い出と現実がない交ぜになってしまい、どうして良いか分からなかくなる雅樹。

 ただ呆然と立ち尽くすしか出来ず、雅樹は大いに混乱した。頭の中は真っ白だ。

 雅樹の必死な訴えにより、殺し合いになる様な空気は霧散していた。

結構直球な命名をしたので、妖怪ネタに詳しい人なら序盤でイブキの正体は見抜けたと思います。そしてその認識で正解です。

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