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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第2章 雅樹の故郷
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第38話 雅樹の大切な日常

 妖異対策課の東坂香澄(とうさかかすみ)碓氷雅樹(うすいまさき)が初めて会った翌朝、雅樹はいつも通り仏壇の前に居た。

 大江(おおえ)イブキが用意してくれた、雅樹の両親を悼む為のもの。2人の写真が飾れた仏壇に雅樹は手を合わせていた。

 魂の実在を知ったからこそ、この行為に無駄なんてないと雅樹は知っている。

 彼の祈りが届くかどうかは分からないが、毎朝熱心に拝んでいる。


「行って来ます」


 立ち上がった雅樹は、制服に着替えて鞄を手に自室を出る。


「イブキさん、行って来ますね」


 キセルでタバコを吸っていたイブキは、リビングからヒラヒラと手を振ってマサキを送り出す。

 今朝もマサキを喰った後だからか、イブキは非常に機嫌が良い。

 実に満足そうな笑顔を浮かべていた。玄関を出た雅樹は、ごく普通の学生として登校する。

 全国どこでも見られる様な、ありきたりな高校生の一幕。普通の登校風景。


 彼は非日常を知っているからこそ、日常の大切さを良く知っている。

 だからこの時間を重要視している。自分が狂ってしまわない様に、当たり前の日常を満喫する。

 それに元々高校生活は雅樹の夢だった。理想とは少し違ってしまったが、今の生活に満足していた。

 上京学園の校門が肉眼で見える様になる頃、雅樹に近付く人物が居た。


「雅樹君、おはよう」


 着崩した制服に、少し派手めなメイクをした可愛らしい2年生。

 イブキには及ばないが、美人だと学校で有名な雅樹の先輩である永野梓美(ながのあずみ)だ。


「梓美先輩、おはようございます」


 彼女は頻繁に雅樹の所へやって来る。もはや彼にとっては日常と化していた。

 雅樹が普段共に過ごす女性の中で、イブキに次いで2番目の接触頻度を誇る。

 最近は付き合っているのかと、クラスメイトで友人の相葉涼太(あいばりょうた)に疑われているぐらいだ。

 しかし2人はそんな関係ではないし、梓美も色恋を思わせる態度ではない。

 ただ接触が多いのは確かであり、涼太と似た勘違いをしている生徒はそれなりに居た。

 雅樹と絡む様になってから、彼女の登校時間が早くなった。他の生徒が誤解しても仕方ないだろう。


「なあなあ、『怪物の森』観てくれた?」


 それは少し前に話題となったホラー映画だ。ジャンルはモンスターパニックに分類される。

 梓美はホラー映画を好むタイプで、ちょくちょく雅樹にオススメを教えている。


「ええ、昨日観ましたよ」


 本物の化け物を知っている雅樹にとって、ホラー映画が怖いものでは無くなった。

 むしろ幽霊がテーマだと、過去に何があったのか想像してしまうぐらいだ。

 この霊にも悲しき過去があるのだろうか? そんな風に考えて幽霊へ同情をしている。

 モンスターパニックであっても、こんなの本当に居るのか気になったら、毎度イブキに質問している。

 たまに似た妖異が実在する事を明かされて、現実の方が怖いなと思い知らされている。


「どうどう? 怖かった?」


「面白くはありましたけど、怖くは無かったです」


 昨夜雅樹がサブスクで観た感想。偽りのない本音である。


「なんや、雅樹君は中々怖がってくれへんなぁ」


「いえまあ、ホラー耐性あるんで」


 餓鬼に喰われかけたり、幽霊からの拘束を受けたり。様々な経験をして来た。

 ただ実体験をしたからなんて、梓美に明かせる筈もない。雅樹は適当に誤魔化すしか無かった。

 2人は雑談を続けながら、校門を潜り校舎へと向かう。当然の様に梓美は雅樹の教室に着いて行く。


「いつも良いんですか? うちの教室に来ていて」


 最近習慣化しているので、雅樹は気になっていた事を梓美に尋ねた。


「エエねん、他の子らとは休み時間に話すし」


 学校のマドンナとも言える先輩が、朝イチから教室に居る。1年A組の男子達は大歓迎している。

 しかし同時に、雅樹を羨んでも居る。付き合っていないとは聞いていても、美人と仲良く出来るだけで十分な価値がある。

 その内付き合うのではないかと、内心では思っている男子は少なくない。

 だとしても、今はまだチャンスがあると考える者も当然居た。


「おはようございます梓美先輩! 今日も綺麗ですね!」


 元気良く教室に入って来たのは、軽薄そうな男子生徒だ。派手な金髪にピアスをつけた、不良生徒の様な外見。

 しかしそれでいて、所属は美術部という不思議な生徒。雅樹の友人でもある相葉涼太だ。


「おはよう相葉君。ありがとうね」


 ゆるふわウェーブの茶髪にギャル系のメイクをした梓美と、見た目だけならヤンキー風味の涼太。

 この2人が揃うと中々にインパクトがある。まるで雅樹まで不良生徒かの様に見えてしまう。


「おい相葉、また井本(いもと)さんに怒られるぞ」


 雅樹の席の1つ前、その席は本来女子バスケ部の井本深雪(いもとみゆき)が使用する場所。

 しかし相変わらず遠慮する事も無く涼太は使用する。幼馴染だからと一切の配慮がない。


「いつも怒ってんだから、どうせ変わらないさ」


「いや、その理由は大体お前だろ……」


 最近では毎朝こんな調子で、3人で過ごす事が多い。もう少し時間が経てば、朝練を終えた深雪も参加する。

 いつもの様に深雪が怒り、涼太が怒られる。それを見て梓美が笑い、雅樹が呆れる。

 妖異等とは何の関係もない、平穏な時間。雅樹はこの日常を気に入っていた。

 目を逸らせない世界の真実を知っている。人間にとって致命的な情報を持っている。

 だけどそんなモノを気にせず、ただ楽しい時間を過ごせるから。


「ちょっと涼太! 何回言えば分かるわけ!?」


「おおっと、煩いのが来たぞ」


 いつもの様に深雪が教室に戻り、涼太との言い争いが始まる。

 一気に賑やかになる教室の空気。これが1年A組の朝。雅樹が望んだ普通の高校生活だ。

 こんな時間を過ごせるのは、イブキのお陰だと雅樹は理解している。

 餌扱いだとは言っても、今の環境は雅樹にとって大切だった。雅樹の失くしたくないものがここにある。

 だからこそ彼は、イブキの手伝いを積極的にやっているのだ。


 もし周囲の誰かが依頼者になったら。被害者になったら。そう思うとじっとしていられない。

 出来るだけそうならない様に、掟を守らない妖異を止める。イブキに協力する。

 人間全てを守る事は出来ない。そもそもイブキは。人間を喰う行為そのものを禁止していない。

 だけどせめて、手の届く範囲だけは。雅樹にとって、助手を続ける意味が変わりつつある。

 ただ養われる事の対価だけでは無くなっている。単なる反抗だけでも無くなった。


「おもろいなぁ2人とも。見ててあきひんわぁ」


「ちょっ! 笑い事じゃないんですよ梓美先輩! この馬鹿は本当にもう」


 深雪とも仲良くなった梓美は、こうして毎朝楽しそうにしている。

 雅樹の周囲は笑顔で満ちている。幸せな時間が流れている。

 しかもこの学校にはイブキの配下が紛れている。イブキのお膝元で妖異が暴れない様に、監視する目的で。

 雅樹は恐らく教師の誰かじゃないかと疑っている。


 だから学校で何かがあるとは考えていない。あったとしても、雅樹の様に感情を喰われる程度。

 配下の鬼と雪女は、イブキと同じタイプだと聞かされている。だから校内での心配事は殆どない。

 もし友人が感情を喰われる様な、何らかの出来事に巻き込まれて欲しくはないが。


「おっと、ウチはそろそろ教室行くわ〜ほなね〜」


 そろそろ予鈴が鳴る時間となり、梓美は2年生の教室に向かって行った。

 その背中を見送りながら、雅樹は梓美の平穏を願う。恋愛感情としての好意ではないが、好感を抱いてはいる。

 妖異とのゴタゴタに巻き込まれる様な事だけは、絶対に遭って欲しくないと。


「なあ碓氷、本当に梓美先輩と付き合ってねぇの? 空気感がもう完全にそれなんだけど」


「無いってば。そもそも梓美先輩にそんなつもりは無いだろうし」


 こんな質問をされるまでが、雅樹が送る朝と日常。新しい依頼もこんな日常を守る為だと、雅樹は気合を入れていた。

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