第36話 オカルト研究会 後編
オカルト研究会の面々は、廃村の探索を続けている。あれから複数の空き家を調べた為に、結構な時間が経過していた。
キャンプを出て3時間以上は経つ。現在の時刻は21時半、一旦休憩に戻っても良い時間だ。
しかし最初に発見出来た成果で調子づき、彼らはまだ戻る様子を見せない。
1軒目以降は何も見つからず、空振り続きで現在は撮影を一旦止めて作戦会議中だ。
「おい西田、どうするんだよこれから」
部長の西田春樹に向かって、カメラマンの浜野康之が急かす。浜野は少し功を焦っている様子だ。
「まあ待てよ、日記帳は見つかったんだ。きっとまだ何かあるさ」
西田はまだ何かあると疑っておらず、調査方針を考え直している最中だ。
戸棚や天井裏など、隅々まで探して来たが成果は最初の日記帳だけ。
流石に2時間以上も成果無しでは、やり方を変える必要があるかも知れない。
もっとピンポイントに、何かがありそうな場所を狙うべきだろうかと西田は考えている。
「こういう廃村とかならさぁ〜井戸とか地下を探すのが定番じゃな〜い?」
指先で金色に染めた髪を弄りながら、丸山由香里が適当な発言をする。
雑な意見だが怪談話をベースに考えれば、わりとテンプレな場所だと言える。
井戸の底に隠されていた遺体や、地下室に閉じ込められた何者か。
そんな話は幾らでも転がっている。それらの場所が怪しいのは世界共通だ。
「お、お墓とかも……良いんじゃないでしょうか?」
少し躊躇いながら、照明係の芦田遥が追随する。ポツンと山中にある廃村ならば、お墓も近くにある筈だ。
墓地なんてのは怪談話のド定番だ。探索するなら最有力候補と言える。
「確かに。西田先輩、一旦空き家を探るのは後にしませんか?」
音声担当の若林蓮が、2人の発言を受けて提案する。同じ様な映像しか撮れておらず、彼も少し飽き始めていた。
2時間も空振りが続けば、心霊スポットにいるとしても慣れてしまう。
ましてや彼らは普段から、こう言った活動を続けている。ホラー耐性はかなり高い。
何も起こらない地味な展開ばかりで、最初の1時間ぐらいしか見どころはない。ダレて来るのも仕方ない。
「それもそうだな、他を当たろうか」
西田は方針を変更し、先ずは井戸を探す事にした。暫く探し回ると、古びた井戸が見つかった。
屋根やポンプが付けられておらず、水を汲む為には使えそうにない。
「良い感じじゃないか。中から女の霊でも出て来そうで。よし! 撮影再開だ!」
西田の指示で撮影が再び始まる。如何にも何かありそうな、井戸の外観を先ずは撮る。
そしてジワジワと近付いて行き、ゆっくりと井戸の中を映していく。
井戸の中には手入れがされなくなった為、濁った水が残っているだけだ。
「何か中に無いか、ちょっと調べてみましょう!」
そう言うと西田は、背負ったリュックの中から縄梯子を取り出す。
井戸の縁に取り付けて、拾った適当な枝を手に縄梯子を降りて行く。
水面までは3メートルぐらいあり、それなりの深さだ。ギシギシと西田の動きに合わせて縄梯子が音を立てる。
真っ暗な廃村の古びた井戸は、中々に不気味な雰囲気がある。本当に何もないのか? そんな疑いを持ってしまう。
井戸とホラーは定番の組み合わせだ。何かあるのではないかという期待を5人は持っていた。
「さて何か…………ん? 思ったより深くはなさそうだな」
西田が縄梯子に足をかけたまま、長い枝で水の中を探る。どうやら水深は浅い事が判明した。
彼は一度地上へ上がって、リュックから長靴を取り出した。靴を履き替えて再び井戸の中へ。
西田は縄梯子を降りて行き、井戸の底へと向かっていく。そして彼は水底へ足をつけた。
「よっと……大丈夫みたいだ!」
カメラに向かって西田は笑っている。手に持った棒で水中をかき回す。
何かを見つけたのか、西田はカメラに向けてサインをする。浜野は意図を悟ってズームする。
「…………おいおい、マジで見つかるのかよ……」
西田が見つけた何かを水中から取り出す。そこにあったのは、人間の物と思われる頭骨だ。
「嘘だろおい!?」
ズームされた映像を見ている浜野は、思わず大きな声を上げた。
西田はすぐに井戸を出て行き、見つけた骨を全員に見せる。最初に見つけた日記帳、そして井戸の中の骨。
もしこの井戸に最初から屋根がついていなかったとしたら、ここが神様への貢ぐ場所だとしたら。
そんな予想を西田達は立てて行く。凄いスクープを撮影出来たと、5人は喜んでいる。
「よし次は墓場だ! 墓地を探すぞ!」
そんな話をしていた時だ。何故か寒気を感じた若林が、何となく背後を振り返る。
「え? ちょ、先輩! アレ!」
全員がそちらを向くと、いつの間にか廃村の中に誰かが居る。紺色の作務衣を着た老人だ。
しかしどこか様子がおかしい。何かをブツブツと呟いている。
そして5人と老人の視線が交錯する。眼窩の窪んだ目には瞳が無い。しかしどうやってか5人を捉えている。
「お、おい、これヤバくないか?」
いつもの撮影とは違う何かを感じて、浜野は嫌な空気をひしひしと感じた。
どう見てもあそこに居る老人は、普通の状態とは思えない。
浜野はどうするのか西田に確認をしようとしたが、行動するのが遅かった。あまりにも遅すぎた。
「$#%#$%#%#¥!!」
理解不能な叫び声と共に、謎の老人が駆け寄り若林へと襲い掛かる。たった一撃で曲がってはいけない方向へ、若林の頭がへし折れている。
「に、逃げろ!」
慌てて西田が指示を出し、残った4人が走り出す。手に持った荷物など、投げ捨てて必死に走る。
暫く走った4人は、適当な空き家へと逃げ込む。床に倒れ込む様に、和室の中へと滑り込んだ。
彼らは激しく暴れる心臓を、どうにか落ち着かせようと必死だ。だが息も荒く思考は纏まらない。
「な、何だよアレ! どういう事だ西田!」
混乱した思考のまま、浜野が西田へと質問する。彼が知る筈ないと、分かっていながら。
「し、知るかよ! アレが噂の幽霊じゃねぇの!」
西田だって混乱している。あまりにも簡単に殺された若林と、謎の老人の姿が脳裏にこびり付いている。
「何なのよ! どうするのよこれから!」
丸山は半狂乱になりながら、他の3人へと叫ぶ。完全にパニック状態だ。
「お、落ち着いて下さい! アイツに聞こえるじゃないですか!」
好き勝手言い放題の3人に向かって、抑えめの声で芦田が訴える。
だが時すでに遅し。こんな風に騒いでいては、隠れた意味なんて無い。
芦田の目には、先程の老人が丸山の背後に立っているのが見えた。
急いで彼女は和室を出て、風呂場へと逃げ込む。風呂場の小さな窓を開け放ち、無理矢理空き家の外に出る。
「はぁ……はぁ……」
十分な休憩も出来ていない状態で、ヘロヘロになりながら芦田は1人で廃村を逃げ回る。
混乱した頭では村の入口がどこか思い出せず、今自分が何処に向かっているのかも分からない。
芦田は倒れかけて、近くの空き家の角に手をつこうとした。その手を誰かが掴み、思わず悲鳴を上げる芦田。
「きゃあああああああああ!」
「ちょ!? 落ち着いて下さい! 大丈夫ですか?」
若い男性の声が聞こえて、芦田は思わず顔を上げた。そこに居たのは、高校生ぐらいの男の子。
結構整った容姿をした黒髪の短髪で、スポーツメーカーのTシャツを着た少年だった。あの老人ではない。
「何でまた、こんな所に来たんですか?」
少し責める様な言い方で、少年は芦田に問い掛けた。正体不明の少年を相手に、思わず芦田は返答した。
「いや、その、噂を調べに……私達、オカルト研究会で……」
「私達? じゃあ1人じゃないんですね?」
少年は芦田が単独で行動していると思っていたらしい。もう芦田しか残っていないのだから当然だ。
「ご、5人居たの! でも残りの皆は! あの変な老人に!」
必死で芦田は訴えかけたが、少年の反応は呆れた様な表情でため息を溢すのみ。
「イブキさん、人間を発見しました。生存者1名。あと多分ですけど、4人殺られました」
霊能探偵の助手、碓氷雅樹は持って来た無線機を使い、大江イブキへと緊急の連絡を入れた。




