第33話 霊能探偵の助手
依頼を終えて帰って来た大江イブキと碓氷雅樹の2人は、祝日の月曜日を朝から満喫していた。
沢城姉妹を含めた生存者は、救急車に乗って既に病院へ送られた後だ。
記憶を消された妹の里香は、廃工場に来た後の事を覚えていない。
転んで気絶していたと言う説明で誤魔化されている。そして雅樹の知らない謎の組織が、廃工場を調べていた。
2台の黒いワンボックスカーから、スーツ姿の男性とお坊さんが下りて来るのを雅樹は見た。
学校は休みだから急がないので、雅樹は彼らについて朝食を取りながら聞いてみる事にした。
「昨日の人達は誰なんですか? お坊さんと一緒に来ていた」
何となく警察官っぽさはなく、纏う空気が違っている様に雅樹は感じた。
「あれは妖異対策課の連中さ。一応警察庁の組織だけど、構成しているのは神職や陰陽師だよ」
イブキが彼らについての説明をする。流石に慣れて来たのか、雅樹は出て来た単語にそれほど驚かない。
「陰陽師って実在するんだ……」
御伽噺だと思っていた存在が、実際に働いている事を知って雅樹は少し嬉しかった。
彼もまた思春期の男子だけに、秘密組織っぽい人達をカッコいいと思った。
「海外だとエクソシストとかもね。ああもちろん、君が思う様な活躍はしないよ? 人間じゃ妖異に勝てないからね」
年頃の男子らしい妄想は、一瞬にして霧散した。人々の影で奮闘するヒーローは居なかった。
じゃあどんな仕事をしているのかと、雅樹は新たな疑問が浮かぶ。
「彼らは何する人達なんですか?」
「基本的には事後処理だね。妖異の被害に遭った人の保護とか、立ち入り禁止にするとか。ネットの噂を監視する業務とかもあるね。そっちはまあ、色々と上手く行かないみたいだけどね」
凄い早さで発展して行くSNSは、規制を進めるのが難しい。利用者の自由も守らねばならない。
新たにサービスが次々生まれて行くので、あっちを規制してもこっちで、というイタチごっこが続く。
また下手に投稿を規制すると、真実なのだと余計に盛り上げてしまう危険性もある。
結局出来る対応としては、監視と調査が限界だ。調査の方も複雑で、現地に行けばただの噂だという事例は多い。
今回の様な場合だと、職員を殺されるか記憶を弄られるかのどちらかだ。
職員を殺された場合は、国からイブキの様な妖異に要請が行く。その点今回の山姥は、殺す相手を選んでいたらしい。
影でこそこそと活動を続けて、上手くやれていた。結局はイブキに見つかってしまったが。
「こんなのは良くある話さ。その内マサキも彼らと顔合わせをする日が来る」
「え、俺がですか?」
国の秘密組織と会う。それはそれで男心を擽る展開だ。例え相手がヒーローでは無かったとしても。
「ああ、今回君は助手として十分働いた。普段よりだいぶ楽が出来たよ」
イブキが1人で活動していると、逃げられる事も多い。妖異対策課との共同捜査ならば、幾らかマシではあるが。
長い歴史の中で、妖異は殺すと面倒な人間について学んだ。昔なら武将や陰陽師、そして現在は妖異対策課。
彼らを殺すと人間が対策に乗り出すので、姑息なタイプは妖異対策課に気付くと雲隠れするか誤魔化す。
「しかし君が居れば、とても良い囮になる。まあ今回は少し違ったけどね」
「まあまあ怖いんですよ?」
初めて妖異と遭遇した時に比べれば、雅樹はだいぶ耐性がついた。
イブキの存在が安心感を生んでいるのもあるが、最初よりは随分と恐怖心は和らいだ。
とは言え絶対に安心は出来ないし、御守りが効かない相手も中には居る。
今回は怪我をせずに済んだものの、毎回大丈夫だという保証なんてない。
「大丈夫だよ、私が君を死なせない」
「それはまあ、分かってますけど……」
今回の件で雅樹は、やはりイブキが相当上位の存在であると確信した。
一瞬見せた力を解放した姿は、圧倒的なモノを感じさせた。山姥や餓鬼なんかとは比べ物にならない。
絶対的強者、絶対的王者。そんな言葉が相応しいまでの、途轍もない圧力を感じた。
自分を守れると言い切っていた発言は、とても自信を持っていたし実際守られている。
「だからねマサキ、今日から君を正式に助手として雇おう。良かったね、就職活動は要らないよ」
「え? でもそれは、生活費とかの為で……」
雅樹の目的はあくまで養って貰う対価の為だ。雇われて給料を貰うつもりは無かった。
「命を賭けるのだから、それは相応の対価が必要でしょう? 衣食住の保障とは釣り合わない」
「い、いやまあ、そうかも知れませんけど……」
イブキはちゃんと雅樹に対価を支払い、その中から生活費を受け取るという。
これからはそんな風にして、雇い主と雇われた側の関係になる。
もちろん初めての仕事であった、花山総合病院の件も遡って成果と見做す。
イブキはそれらを含めて、雅樹を雇う事について説明をしていく。
「もしかしてイブキさん、初めからそのつもりでした?」
あまりにも綺麗に物事が進んでいくので、雅樹はそんな疑いを持つ。
「いいや? 君を助手として使うというのはただの思い付きだよ。君を拾ったのは偶然だしね」
イブキが雅樹を見つけたのは、ただの偶然に過ぎない。運命的な出会いにはなったが。
雅樹が京都に来てまだ半年も経っておらず、京都への転居者は他にも沢山居る。
彼を早期にイブキが見つけられたのは、幸運に恵まれたからだ。
いずれは気付いただろうが、あのタイミングで出会えたのは奇跡だった。
「君には不運だったけど、私には幸運だったよ。良い拾い物をしたからね」
「……そう、ですか」
こんな美人と過ごせる事は、雅樹としても喜ばしい。しかしそれは両親の死と引き換えだ。
今もリビングの隣にある和室には、イブキが置いてくれた両親の仏壇がある。
雅樹が毎朝食事の前に、仏壇へ手を合わせている。その事実は何も変わらない。
今の状況を素直に手放しで喜べる程、雅樹の頭は性欲に支配されていない。
複雑な気分になっている彼の隣に、イブキが素早く移動して来た。
「そんな顔をしなくて良い。また喰らってあげようか?」
「いや、別に俺は……」
両親の死は今も悲しい。無理矢理イブキにケアをされたお陰で、強引に立ち直れただけ。
まだ完全に乗り越えたとは言えない。ただイブキにケアをされないといけない程、落ち込んではいない。
イブキは雅樹に優しくしている様に見えても、彼女の本質は鬼でしかない。人間ではない。
繊細な雅樹の心を、包み込む様な形で慰める事はない。鬼らしい強引な方法しか取らない。
「ふむ、丁度いいね。沢城里香を守った対価も、まだ貰っていないからね」
「こ、今度は何を?」
雅樹は無理を言って、イブキに里香を守らせた事を思い出した。
結果的に護符の力を必要としなかったが、それは単に山姥が御守りを警戒したからに過ぎない。
守る必要がない人間を、イブキに守らせた対価は支払わねばならない。
「君はだいぶ精力も回復したみたいだし、そろそろそっちも頂こうか」
「せ、精力って?」
イブキがいつもの様に妖艶な雰囲気を漂わせながら、紅く光る瞳を輝かせて雅樹を見る。
正座で座る雅樹を軽く押し倒し、カーペットの上で抱き合う様にして寝転んだ。
イブキの女性らしい柔らかさと、甘い匂いが雅樹を刺激する。無理矢理性的な方へ、意識を向けさせられた。
「な、何を……」
「君は初めてだから、最初は軽めにしておくね?」
そう宣言したイブキは、いつも通りに雅樹へキスをする。感情を喰われる感覚が、雅樹を襲う。
しかし今回はいつもと違った。経験した事のない様な、強烈な性的快楽が駆け抜ける。
イブキが言った精力を喰らうという行為。その初体験を雅樹は味わった。
「ふぅ、想像以上に美味しかったよ。やはり君は最高だ」
「な、なんだ、これ……」
イブキが唇を離すと、今度は疲労感が雅樹を襲う。何もしていないのに、沢山運動したかの様に疲れている。
「精力、言い換えれば生命力かな? それを喰らったからね。暫く動けないと思うよ」
「さ、先に言って下さいよ……」
朝から滅茶苦茶にされた雅樹は、頭の中がグチャグチャだ。疲労感で起き上がる気力もない。
やっぱりこの女性は人間じゃないのだと、雅樹は改めて思い知らされた。
1章はこれで終了です。本当は40話ぐらいで考えていたのですが、12万文字を超えそうだったのでやめました。
2章は雅樹君の故郷に関するお話です。




