第16話 その病院と結末
イブキと共に大江探偵事務所に戻った碓氷雅樹は、またいつもの生活に戻った。
特に何もない日曜日を過ごし、学校へ行って帰宅する。夕方はイブキを手伝って、眠ればまた次の朝が来る。
そんな日々を送っていたら、とあるニュースがSNS上で話題になっていた。
思わず雅樹は、動画版の再生を始める。10分ほどのニュースが、動画アプリで再生された。
『複数の医療ミスを隠蔽していた事が発覚した、こちらの花山総合病院ですが――』
「ちょ! イブキさん! これ!」
それは数日前に依頼で行った、花山総合病院のニュースだ。
自らの意思で妖異と対峙出来た事で、雅樹の何かが変わった日。過去と向き合えた、大事な経験。
そんな思い出と共に、幽霊になる事の意味を知った場所。その花山総合病院が、大ニュースとなっている。
「言ったでしょ? 全て終わったと」
いつも通り高価なデスクに座ったイブキは、キセルを手にタバコを吸っている。
慌てて雅樹はデスクへ駆け寄り、再生されている動画を見せる。
「これ、どういう事です?」
何も知らなかった雅樹だが、確実にイブキが絡んでいるのは分かった。
絶対に貴女ですよね? という意味で答え合わせを求めている。
対してイブキは、大した事ではないかの様に語り始める。
「良いかいマサキ? 病院で幽霊が出た時は、その時点で大体2パターンに分けられる」
座ったままのイブキは、足を組んで背凭れに体重を預けた。そしてその綺麗な指を、2本立てて雅樹へ見せる。
「1つは苦しみや悲しみ等が原因の幽霊化。そしてもう1つは、死を認められない思いや生への執着による幽霊化のどちらかだ」
病院で幽霊化する場合、ある程度パターンが決まっているのだ。
以前に説明があった時と同じで、強い感情を生むか神事を怠るかのどちらかである。
後者の場合はただの浮遊霊で終わる事が多く、ただ死んだ事を認められずに漂うだけ。
定期的なお祓い等が行われず、霊魂が溜まり幽霊化する条件を高めてしまったパターンだ。
「依頼者の花山は、初対面の時点で神事を重要視する様には見えなかった。この時点で先ず幽霊が居るのは確定だ。そして現場に行けばあの通り、属性が怨恨とすぐに分かった。なら可能性として先ず最初に疑うのは、医療ミスの類だね」
今回の事件では、依頼を受けた時点で幽霊が居るとほぼ確定だったわけだ。
神事を軽視している場合、死を認められない困惑や執着などの属性で幽霊化した可能性が高い。
しかし現地で分かったのは、怨恨の属性で幽霊化した事実だ。
後は直近で死んだ者を調べて、医療ミスなどが無かったか調べるだけで良い。
イブキは妖力を用いて、人の記憶を消すぐらい簡単に出来る。調べようは幾らでもある。
あとは雅樹から聞いた目撃情報と、候補者リストを突き合わせるだけ。それで誰がどう幽霊化したのか判断出来る。
「な、なるほど。それで暴露を?」
「花山の生死や進退はどうでも良くてね、あのままは困るから対処させて貰った」
イブキが真実を然るべき所にバラしたのは、正義感から来るものではない。あくまで妖異としての理由からだ。
「あれじゃあポンポン幽霊が生まれてしまう。私の支配圏に隣接した地域で、勝手に増えられちゃあ困るんだ。人間で言う所の難民が発生してしまう。下手に今のバランスを壊されたくはないんだ」
まあ本来は私の仕事じゃないのだけどね、またこれで貸しが増えたよとイブキは言う。
そして生まれた、雅樹の新たな疑問。その理屈なら、戦争や紛争をしている地域はどうなるのだろうと。
「そんな所、幽霊が生まれまくりだよもちろん。日本も戦時中なんて大騒ぎだったよ? まあ京都は全然マシだったけどね」
このお姉さんは幾つなんだろうかと、雅樹は思ったが聞くのは止めた。
女性に歳を聞くのは良くないと、母親から教わっていたからだ。
ただイブキはあまり年齢を気にしている様には見えないが。それでも念の為だ。
「私達妖異は、遥か昔に戦争をする理由がなくなった。だけど人間は今も迷走中だ。争うのは避けられない」
「本能だから、ですよね?」
それも以前に雅樹が教わった話だ。妖異の因子を持つ以上、争いは本能であると。
「そうだよ。子犬同士が威嚇し合う様なものさ。弱い犬ほど良く吠えるってね。弱いから不安で、弱いから奪おうとする」
イブキは絶対的強者の立場にあり、無意味な争いをする必要性がない。
京都にはイブキの管理する人間が大量に居て、飢えとは無縁の生活をしている。
その上で、雅樹という最高の品を手に入れた。尚更誰かから奪う理由などない。
飢えを解決した妖異達が、争うとしたら種族的な対立をしている場合だ。
そちらは今でも続いている争いがある。ただ大々的には争っていないだけで。
滅びの危機をせっかく回避したのに、また自分達で数を減らす大規模な争いなど馬鹿のやる事。
「じゃあ戦争や紛争が起きている所は今頃……」
「大変だろうねぇ。まあ私には関係ないけどね。支配圏の管理が下手な妖異は苦労するのさ」
いつもの様に気怠げな雰囲気で、イブキはふと外を見る。まるでその視線の先に、該当する妖異が居るかの様に。
それにしても、また世界の裏話を知ってしまったなと雅樹は思う。
ほんの1ヶ月と少しで、見えている世界が随分と様変わりした。
故郷の村で暮らしていた時とは、何もかもが違い過ぎている。これからどうするか、少し悩んでしまう。
「何やら複雑そうだね?」
雅樹の様子を見て、今度はイブキが尋ねる番になった。
「いやその、この先どうしようかなって。人生的な意味で」
雅樹がイブキと知り合って、得る事になった様々な知識。
見えてしまった世界の真実。それらが邪魔をして、どう生きるべきか悩ましい。
花山総合病院の件だってそうだ。せっかく医療従事者として成功しても、不正に走る大人を見た。
何が正しくて、何が間違いなのか。雅樹には良く分からなくなって来た。
「ふむ、丁度良い。1つ怖い話をしようか」
「こ、怖い話ですか?」
何故このタイミングで怖い話を? と雅樹は思ったが一旦は聞いてみる事にした。
「例えば今回の花山。重い実刑を受けて、10年や20年を言い渡されるだろう。さてマサキ、ここで問題だ。彼はいつ出所して来ると思う?」
そんなの問題になるのか? と雅樹は考えた。執行猶予だとか、深く反省したとかで、刑期が短くなるのは知っている。
だから10年なら8年や7年で、20年なら18年とかそんな感じじゃないのかと、雅樹は答えた。
そんなの高校生であっても、ある程度知っている常識で怖い話ではない。
凶悪な殺人犯でも、たった10年ぐらいで出所するという意味でなら、雅樹も怖いなと思うけれど。
「違うよマサキ、答えはすぐに出て来るのさ」
「す、すぐに? お金のやり取りとかで?」
それはマサキの考えていた事とは、かなり離れた回答だ。裏金とか司法取引とか、そういう何かの話だったのだろうかと雅樹は思った。
「もう1つ問題だよ。人間を物理的にも喰いたい妖異は、どうやって喰う相手を得ていると思う?」
そんなの適当に、勝手に喰うのではないかと答えかけた。あの日、自分の両親が喰われたみたいに。
だけどそれが答えなら、さっきの問題に何の意味があったのだろうか?
一連の話は無関係じゃないだろう。ならそこから導き出せる話はと、考えた所で雅樹は思い至る。
「え……嘘ですよね?」
そんな馬鹿なと、雅樹は思った。自分が思っていた以上に、人間は管理されているのかと。
「私には理解出来ないけどね。奴らは黒く濁った魂の持ち主を、わざわざ好んで喰らう連中でね。罪の重い者ほど、クセがあって良いらしいよ?」
なるほど確かに怖い話だと、雅樹は思い知らされた。犯罪者の末路を知り、背筋が凍る思いをした。
「20年前に捕まった犯罪者なんて、殆どの人間は気にしない。でっち上げの自叙伝なんかが売られていれば、出所しているのだと大半の人間は考える。思い込みって怖いねぇ……。それはそうとマサキ、将来犯罪者にはならない事をオススメするよ」
もちろん最初からそのつもりだけど、絶対に法律だけはしっかり守る大人になろうと雅樹は心に誓った。




