第101話 孤島にある村②
設定するのを忘れていましたが、前話から4章です。
民俗学研究会のメンバーが揃い、顧問で教授の長嶋健司が解説を始める。薄明村に残されている伝承と、現在の生活について。
村長から宿代わりに貸して貰った空き家の1階で、彼らはテーブルを囲んで座っている。この家は恐らく、6人家族だったのだろう。椅子の数は丁度ある。
孤島にある辺鄙な村ではあるものの、家具類はちゃんと揃っている。やや古風なところはあるが、特におかしな点はない。
概ね現代的な田舎の村という雰囲気だが、少々普通とは違う部分もあるという。例えば未だに神を信じて、お祭り等を行っている事。
ただ流石に生贄までは捧げていないらしく、村人達も笑って否定していたという。それはそうだろうと、5人の生徒達も笑っていた。
「ただやはり、カナカナ様というのは気になるな。この村だけに残っている伝承だ」
健司は顎に手を当てながら、村長から借りた昔の記録を机の上に広げて、生徒達にも見せる。先に来ていた、健司のまとめが書かれたノートと共に。
「凄い……これって、江戸時代の文書ですか?」
提示された書類の文面を見て、部長の篠原愛花が尋ねる。彼女の目は輝いている。古い文献を読むのが好きなのだ。
美しい顔には喜色が浮かんでおり、ワクワクしているのが分かる。愛花はノートではなく、自分で文書を解読していく。
そこには江戸時代を生きた当時の村長が、書き残していた日記が記されている。愛花以外のメンバーは、教授のノートを見る。
「公民館まで行けば、丁寧に保存された平安時代の記録もあるぞ」
「本当ですか! 後で行きましょう!」
健司にもっと古い資料があると示され、愛花は更にテンションを上げる。他のメンバーはそんな彼女を見て、いつもの事だと笑っている。
それはそれとして、健司が解説を続けていく。まだ科学が発達する前の時代には、天災等を恐れて生贄を捧げていた事はあったらしい。
面白いのは、まるで本当に神が居るかのように、効果が出ていたという事だ。生贄を捧げば嵐が去り、恵の雨が降り注ぐ。
日本の本土では不作が続いても、薄明村では豊作が続く。疫病が流行っても、カナカナ様を頼れば村人は無事だったという。
「全部偶然ですよね?」
黒髪ショートの明るい女性、高瀬未央奈が健司へ質問する。彼氏である倖田圭太も同じ意見らしく、隣で頷いている。
「色々と重なったのだろうなぁ。それから幾つかは、ある程度想像がつく」
健司は未央奈の質問に、自分なりの見解を述べる。少なくとも疫病に関しては、この村に住む人々の特性ではないかと。
都道府県別に健康寿命が違うように、この村は健康的な生活が根付いている。そしてそれは、大昔から続いている事だ。
故にここで暮らす人々は、肉体的に他の土地よりも、病気に強い可能性が考えられる。実際健司が聞く限り、かなり健康な人が多いそうだ。
ここ数年だけに目を向けても、インフルエンザやコロナウイルスに罹患した人は居ないらしい。それを聞いて5人は驚いている。
「そんなの有り得ねぇでしょ」
金髪の軽薄そうな青年、山内春樹が疑って掛かる。どちらか片方ならともかく、両方ゼロなんておかしいのではないかと。
日本全国で猛威を振るった流行り病は、かなりの患者数を出している。特にインフルエンザは、毎年流行る定番だ。
罹った事が無いという人が居るのも分かるが、地域レベルでゼロというのは凄い話だ。幾ら孤島という、隔離された場所だとしても。
研究者などが出入りする以上、ウイルスが一切持ち込まれないとは考え難い。本土からの荷物だって届くのだからと。
「そう言いたくなるのは分かるがね。それだけ抵抗力が高く、健康的だという事だろう」
生活リズムが安定しており、毎日日光を浴びて栄養のある食事を3食摂る。都会の現代人では、再現が難しい生活。
ファストフードとは無縁であり、カップヌードルで妥協する事もない。採れたての野菜と果物、朝ニワトリが生んだ卵。
自然豊かな土地で暮らす、牛や豚に豊富な海産物。どれもこれも、辺鄙な田舎だからこそ、得られる物ばかりだ。
特に新鮮な海産物は、大きな効果があると思われる。シジミやワカメ等を始め、抵抗力を向上させる食材は多い。
「田舎だからって事か~羨ましいなぁ」
背は高いが体は薄く、常に頼りない雰囲気を纏う高村祐介が一言呟く。田舎ならではのメリットは、確かに羨ましい面がある。
そこでしか食べられない食材や料理、都市部では流通しない魚。港町だけで提供される、信じられない程に格安の海鮮丼など。
だがそうは言っても、不便な部分も多々ある。交通の便が悪いとか、災害があれば孤立してしまうとか。何も良いところだけではない。
「ほう、なら高村はここに移住するか?」
「えっ!? そ、それはちょっと」
健司に提案されて、祐介は躊躇う。田舎暮らしをしたい程、羨ましいと思っていたのではないから。少し脱線した話を健司は戻す。
昔から非常に健康だった薄明村の人々は、信仰を通して健康な体と健やかな精神を保てていた。だから疫病に負けなかった。
罹患しなかったのではなく、発症しなかっただけだろうと健司は見ている。抵抗力の強い人々なら、有り得える話だと。
他の伝承については、ただの偶然が重なった事。村人達のエコーチェンバーが働いた勘違い。殆どはそうだろうと健司は話す。
カナカナ様という神が、興味深い信仰であるのは間違いない。この村にだけ残る、他に記録がない神様だ。
「どういう見た目をしているとか、その辺りがハッキリしないんだよなぁ……」
健司は色々と村人と話しているが、この村の神についてはまだ良く分かっていない。ぼんやりとした情報しかない。
「何も記録が無いのですか?」
愛花が解読するのを一時的に止め、カナカナ様についての話に参加する。宗教的観点から見る民俗学も、愛花は興味を持っている。
かつてどんな神様が信じられ、どのように信仰していたのか。そこから見えて来る過去の生活は、良い学びになるからだ。
「まだ公民館の文書が読み込めていなくてな。村の人々も、古い文書を読めないらしくて」
「あ~まあそうでしょうね」
ただ普通に暮らしているだけの村人達が、平安時代の文書を読める筈も無い。これから調査を進める上で、実像が見えて来るのを待つしかない。
現地調査では、そう珍しい事ではない。村人達も良く分かっていない文化なんて、良くある話でしかない。親から聞いただけ、なんて場合もある。
全く効果のない健康の為の習慣が、最近まで続いていたなんて事もあるのだから。それを解明する事が、一番楽しいのだと愛花は思っている。
「楽しそうですね、先輩」
「当然じゃない! 未央奈もしっかり頼むわよ」
この中では2人しかいない女子部員だ。お互い頑張りましょうと、愛花は未央奈を叱咤する。しかし時間的には丁度お昼だ。
健司が先ずは食事にしようと、愛花を窘める。彼女は没頭すると、食事すら摂らずに調査を続けてしまうタイプだ。
君のペースに合わせていたら、倒れてしまうよと健司は笑う。愛花は少し恥ずかしそうにしながら、暴走気味だった自らを改める。
健司が先導して、村の食堂へと向かう事に決める。村人達への挨拶も兼ねて、生徒達を紹介する目的もあった。
5人の生徒達も少し話している間に、船旅の疲れも取れている。食事をしっかり取って、午後からの調査に備えねばならない。
「よし、行くぞお前達」
健司が先頭を歩きながら、5人の生徒達を連れて薄明村の中を進んでいく。晴れ渡る青空は、平和な村の雰囲気と良くマッチしていた。




