第100話 孤島にある村①
西日本にあるとある孤島。日暮島と呼ばれるこの島には、小規模ながら村が存在し、数百人の人々が暮らしている。本土との積極的な交流はないが、観光自体は可能である。
余所者に排他的という事もなく、温かく受け入れて貰える平和な島だ。本日も大学生のグループが、村へ向かって小舟に揺られている。
彼らは民俗学について調べており、この薄明村へやって来た。この島は名前の通り、ヒグラシが多く生息している。
天敵となる生物が少なく、大昔から独特の生態系を形成して来た。そのお陰で、近年では昆虫学者等が、研究の為に訪れる事も珍しくない。
他には無い独特な生態系の謎を追い求めて、彼らは調査を行っている。それとは別に、民俗学的観点からも価値がある。
それは平安時代から残る、この村独特の信仰だ。『カナカナ様』という神を中心とした、この島独自の宗教が今も残っている。
大筋は仏教とそう大きな乖離はないが、細部まで目を向けると異質な要素が含まれている。主にカナカナ様への貢ぎ物について。
定期的に人間を供物として、神に捧げる習慣があった。そこだけを見れば、特別珍しくはない。ただ1つだけ、気になる記録が残っている。
カナカナ様に認められた者は、永遠の命を得るという内容だ。これまでの歴史の中で、あらゆる形で求められて来た永遠の命。
例えば中国の太歳。肉霊芝とも呼ばれる菌類なのか、それとも生物なのか分からない塊。太歳は不老不死の妙薬を作れると言われていた。
始皇帝の時代から、記録が残っている伝説だ。ただし本当に不老不死へなれたのかは、ハッキリとしていないままだ。
世界最古の不老不死という概念は、メソポタミア文明まで遡る。ギルガメシュ叙事詩にて、不老不死は書かれている。紀元前2000年頃には既にあったのだ。
他にもギリシャ神話のティターンが、不老不死とされている。北欧神話だと、アース神族が不老不死だ。
古代インドの聖典、『リグ・ヴェーダ』にも『アムリタ』という、飲めば不死になる飲み物が登場している。
日本だと古事記に登場する垂仁天皇が、今でいうとタチバナ、古事記ではトキジクノカクの実を探していたと書かれている。
あらゆる国のあらゆる文化で、登場する不老不死。長い歴史の中で、求められ続けた永遠の命。時には争いすら起こさせた理想。
その不老不死が、カナカナ様は与えられるというのだ。もちろんただの伝承であり、真実だと思っている研究者などいない。
今回フィールドワークにやって来た、大学生達も当然信じていない。だがこの村へ訪れる上で1つだけ、気をつけねばならない点があった。
この日暮島では、カナカナ様を疑うような発言をしてはならない。村人達の信仰を、バカにしてはいけない。それだけは絶対に、守らねばならない。
もしも村人達の前で、迂闊な発言をしてしまうと――この島からは出られない。そんな噂が、昔から囁かれているのだ。
やや不穏な噂が残るこの島へ、5人の大学生が小さな船に乗り、村の港に到着したのはつい数分前の事だ。
「ねぇ圭太~修正テープ貸して~」
黒髪ショートの女性が、隣を歩く男性に声を掛けている。平均的な身長と、明るい雰囲気を持っている。彼女は高瀬未央奈、20歳の大学生だ。
真っ白なブラウスと水色のロングスカートを着ており、真夏という蒸し暑さを感じさせない、爽やかな雰囲気を纏っている。
リュックサックを背負った彼女は、手元の手帳に何やら書き込もうとしているらしい。スマートフォンのある時代に、アナログな方法を取っている。
彼女は昔からその傾向があり、デジタルをあまり信用していない。一切使わないとまでは言わないが、自分で付ける記録は基本的に手書きだ。
「はいはい、どうぞ」
手書きの癖に、この手の筆記用具は忘れるよな。そんな風に思いながらも、ウェストポーチから修正テープを取り出して、手渡す黒髪の青年。
紺色のタンクトップに、青の半袖シャツを羽織っていいる。ベージュのスラックスも合わさって、落ち着いた印象を受ける。
彼は未央奈の恋人であり、幼馴染でもある倖田圭太だ。彼女の癖を良く知っている彼は、こうして未央奈のサポートをしている。
未央奈と同じく20歳であり、彼女と同じく人文学部に所属する大学生だ。子供の時からこうして、一緒に調べ物をして来た。
民俗学について調べるようになったのは、未央奈の影響が大きい。様々な土地のお祭りや信仰、歴史について学ぶ楽しさを知ったのは、彼女のお陰だった。
小学校の時に、新聞部だった2人は地元について調べた記事を書いた。始まりはその経験から来ており、今でも変わらず続いている。
「相変わらず仲のよろしい事で」
2人の仲を羨むように、軽く茶化したのは金髪の青年だ。身長が170センチある圭太より、少し背が低い彼は山内春樹という。
楽そうなサークルに入ろうと考えて、彼は民俗学研究会へと参加した。彼はとりあえず何かやっていた、その肩書が欲しいだけ。
民俗学が好きという程、特に思い入れがあるわけではない。幽霊部員とまでは言わないが、あまり積極的に活動はしていない。
こうして遠出する時だけは、旅行気分で毎回着いて来ている。落第生ではないが、優秀とも言えない中途半端な立ち位置だ。
彼は圭太や未央奈と同じく2年生で19歳。アロハシャツとハーフパンツを着た彼は、少しヤンチャな面を持つ軽薄なタイプである。
「僻まないの」
そんな後輩を窘めたのは、現在部長をやっている3年生。茶色く染めた長い髪を、後頭部で編み込みアップにしている美女。
篠原愛花は、21歳の高身長かつモデル体型の持ち主だ。ミスコンに出れば良い成績を残せるのだが、彼女は全く興味がない。
部長をやるだけあって、民俗学を学ぶ事に熱心な女性だ。春樹とは真逆と言って良いだろう。いつも熱心に活動を続けている。
圭太と同じ170センチという高い身長に、花柄のワンピースがとても似合っている。ナチュラルなメイクだが、華やかさがあった。
春樹は密かに愛花の事を狙っているが、彼の好意には気付いていない。もう少ししっかりと、活動して欲しいと思っている程度だ。
「待って下さいよ先輩達~!」
情けない声を上げながら、島の小さな港から荷物を運び出している青年がいる。彼は1年生で19歳の高村祐介という。
あまり着る物に頓着がない彼は、ジャージのズボンを履き、絶妙にダサい柄のTシャツを着ている。どどうにも頼りない印象を受ける。
ジャンケンに負けた彼は、全員分の荷物持ちをやっている。4つのキャリーケースと、2つのボストンバックを運んでいる最中だ。
180センチと高い身長を持つわりに、頼りなく見えるのは細い体と表情から来ている。堂々と、という言葉とは対照的な青年だった。
見かねた圭太が、祐介の運搬を少し手伝ってやる事にした。このままでは、時間が掛かってしまうだけだと判断して。
「おーい! お前達! こっちだー!」
村の方から歩いて来た中年男性が、彼らに向けて手を振りながら声を上げている。彼は東京の大学で、教授をやっている47歳の男性。
日暮島へと先に調査へやって来ていた、長嶋健司という既婚者である。思春期を迎えた娘とは、少し微妙な関係になってしまった事が悩みだ。
50歳を目前にして、少し後退を始めてしまった頭髪。調べ物ばかりしていたせいで、視力が落ちて10代の時点で眼鏡とお友達になった。
研究と調査が大好きな彼は、民俗学研究会の顧問をやっている。ある意味では彼こそが、一番熱心に活動している人物かも知れない。
教授の健司と合流した彼らは、宿泊施設代わりとなっている、薄明村の村長が所有する空き家へと向かう。




