書籍化記念SS 容赦のない男
書籍化記念の番外編です。
設定は書籍に準拠しているので、Web版とは違う箇所があります。
「これはこれは、闇の伯爵様と机を並べる栄誉に与かろうとは」
教室に入ったとたん、わざとらしいセリフとともに、それにおもねるようなクスクス笑いが聞こえた。
闇の伯爵、というのはわたしに付けられたあだ名らしい。
学院に入学してしばらく経った頃、嫌悪と少しの畏怖を込めた声でそう呼ばれるようになった。
恐らく、わたしがこの国には珍しい闇属性の魔力を持っていることから『闇の』と呼ばれているのだろう。
しかし、『伯爵』とは。わたしがデズモンド家の長子として遇されているからだろうが、これに関しては見当違いも甚だしい。
デズモンド伯爵位を継ぐのは、わたしではない。わたしの弟、ミル・デズモンドだ。
無用な誤解を招かぬよう、いずれ明らかにしなければならぬだろう。
そう考えながら、声のした先に視線を向けると、そこには自分より二歳年上のロイド伯爵家嫡男、テオドール・エストル・ロイドがいた。金髪に榛色の瞳の、貴族らしい容貌をした青年だ。
ロイド伯爵家は、代々王家の主馬頭に任じられる名門で、確かダールベス侯爵家とも懇意にしていたはず。
それでか、と納得したわたしは、彼を無視して適当に空いている席に座った。
「おい、そこは僕の席だぞ」
わたしが無視したことが気にくわなかったのか、声を荒げたテオドールがわたしの許までやって来た。
もちろん、講義を受けるにあたって各生徒の座る席など決まってはいない。これは単なる難癖だ。
そう思ったわたしは、黙って席を立ってテオドールと向かいあった。
わたしとテオドールはほぼ同じ身長で、向かい合うと真っ直ぐに視線がぶつかる。
黙ったままじっとテオドールを見つめると、
「……な、なんだよ」
ひるんだようにテオドールが半歩、後ずさった。彼の取り巻きも、わたしと目が合うと慌てて下を向いたり、誰かの後ろに隠れようとしたり、わたしとまともに話をしようとする者はいない。
わたしがそのまま何も言わず、腕組みをして立っていると、
「……っ、いい気になるなよ、貧乏貴族が!」
そう言い捨て、テオドールは元いた席に戻ってしまった。
こやつは何がしたかったのだ? と一瞬、不思議に思ったが、すぐにどうでもいいと意識を切り替えた。
学力は問題なしと判断されたが、二年飛び級したのだ。
最初の授業でつまずく訳にはいかない。
父上も母上も「学院では落第さえしなければいいから、友達と楽しく過ごしなさい」と言ってくれたが、その言葉に甘えるつもりはない。
血の繋がらないわたしを、両親は引き取って育ててくれた。少しでも早く、その恩返しをしたい。
学院を卒業したら騎士として働きながら、父上の仕事を手伝い、赤字に陥りがちな領地経営を立て直せるよう、尽力せねば。
昼になり、学院に併設された食堂に向かうと、周囲からヒソヒソと囁きかわす声が聞こえた。
いつものことだ。どうせわたしの生まれや血筋、この見た目についてあれこれ噂しているのだろう。気にする価値もない。
とりあえず、二年飛び級しても問題なく授業についていけることがわかった。まずは一安心といったところか。
午後からは剣技のクラスがあるが、二つ年上でも体格にさほど変わりはなさそうだし、あまり心配する必要もないだろう。
いつも通り、さっさと一人で食事を終えると、わたしは学院の中庭に向かった。
まだ昼休み中のためか、中庭にはわたしの他、生徒は誰も来ていなかった。学院の使用人が一人、中庭の端に置かれた台の上に剣や防具などを並べ、剣技クラスの準備をしていた。
わたしはその使用人に断り、自分の長剣を手にとった。
剣技のクラスでは、生徒それぞれが家から持ち込んだ己の得物を武器として使用することが許されている。
わたしの長剣は、学院に上がる際に父上からいただいたものだが、デズモンド家のものではない。
父上ははっきりとは口にしなかったが、恐らくこの剣は、隣国の王家に伝わるものだろう。わたしの闇属性の魔力と非常に相性がよく、手に吸いつくように馴染む。
剣を構え、軽く素振りをしていると、後ろから「ヒィッ」と小さな悲鳴が聞こえた。振り返ると、剣技クラスの準備をしていた使用人が、青い顔で腰を抜かしているのが見えた。
「…………」
わたしは練習を中止し、剣を元あった場所に戻した。
そんなつもりはないのだが、わたしが剣の練習をしていると、慣れぬ者はなぜか腰を抜かしたり、甚だしきは気を失ってしまったりする。
剣とわたしの魔力の相性が良すぎて、気を抜くと剣から魔力が流れ出てしまうせいだろう。
これ以上、罪のない使用人を怖がらせるのは本意ではないので、剣の練習をあきらめて大人しく中庭の端に立っていると、
「あ、……あれ、君は……、たしか、二年飛び級した生徒だね。は、早いな」
中庭にやってきた剣技クラスの教師が、戸惑ったように声をかけてきた。
「今日からこちらのクラスで教えていただくことになったレイフォールドです」
わたしは教師に軽く一礼した。
学院では家門は名乗らず、名前だけを告げるのが通例だ。そうはいっても、誰がどこの家の者か、一族でどういう立ち位置にいるのか、知らぬような阿呆はいないが。
そこでわたしは、ふとマリアのことを思い出した。
マリア。血の繋がらぬわたしの妹。
たいそう愛らしく美しい。……が、風変りで貴族らしくないのも確かだ。
しばらくデズモンド家の領地であるフォール地方にいたマリアは、王都に戻ってきても他の貴族と交流せずに屋敷に引きこもっている。
貴族としてそれはどうなんだと内心、心配したのだが、考えてみればマリアのあの性格では、王都の小賢しい貴族どもと馬が合うとはとても思えぬ。
両親もマリアに他の貴族と交流を持つよう、強要することはないし、まあ、今しばらくはあのままでも構わぬだろう。
ただ、マリアが学院に入った後、他の貴族の思惑を知らぬままでは、立ち回りに苦労するのではなかろうか。
もしマリアが、身分を笠に着たバカ貴族に、辛い目に遭わされるようなことがあったら……。
「「ヒィイイ!!」」
二重になった悲鳴が聞こえ、わたしは物思いからさめた。
目の前にはカタカタ震える教師、背後には腰を抜かしたまま、涙目になっている使用人がいた。
「……失礼」
わたしは咳払いし、そっと二人から離れた。
長剣を振るっている時だけでなく、マリアのことを考えている時も、魔力が外へ流れでてしまうことが多いようだ。気をつけねば。
しばらくすると、中庭に生徒が集まりはじめた。
学院には剣技専用の建屋もあるが、まだ体が出来上がっていない今の内は、中庭で型を中心に習う授業が続く。……のだが、
「先生。今日から新しい生徒がこのクラスに入ったようですが、彼の実力はいかほどのものなのでしょう? 僕たちと一緒に学ぶレベルにあるのでしょうか?」
ロイド伯爵家のテオドールが、また難癖をつけてきた。
この男はなんなのだ? ダールベス家との繋がりを抜きにしても、あまりにしつこい。隣国との戦で親族を殺されでもしたのか?
「……あー、レイフォールド君の実力は、学院長も認めるところであり……」
「学力はそうかもしれませんが、剣技はどうなんです? 彼はあの妙な剣を使って、実力以上の攻撃をすると聞きました。武器によって攻撃に差が出るのは、不公平ではありませんか?」
「いや、武器はそれぞれ、家から持ち込みを許されているから……」
テオドールの抗議に、教師は困ったように額の汗をぬぐった。
「しかし、彼の武器は明らかに特殊です。……このリヴェルデ王国にはないものだ」
テオドールの言葉に、中庭がざわっと騒がしくなった。
リヴェルデ王国のものではない。
つまりテオドールは、わたしの武器が隣国のものであり、リヴェルデ王国の武器にはない、何やら得体の知れぬ力を秘めている、と明言したのだ。
「……なるほど」
わたしはずい、と前に出た。
それだけでテオドールがひるんだのがわかったが、ここまで言われて黙って引き下がるほど、わたしもお人好しではない。
「テオドール。君の武器はどれだ?」
「な、なにを……」
「どれだ?」
重ねて問うと、テオドールは使用人に向かい、「僕の武器を取ってこい! あの緑柱石の嵌め込まれた細剣だ!」と命令した。ふむ、なるほど、細剣か。
使用人に細剣を渡されたテオドールは、「僕の武器がどうしたと言うんだ?」とわめいた。わたしも自分の黒い長剣を取ると、テオドールの前に戻った。
「なに、君の疑問に答えようと思ってね」
わたしは自分の長剣をテオドールに押し付け、代わりにテオドールからやけに派手な装飾の施された細剣を奪い取った。
「な、なにをする! それは僕の――」
「さて、それでは始めよう」
わたしは細剣の切っ先をテオドールに突きつけ、言った。
「テオドール・エストル・ロイド。貴様に決闘を……、ああ、間違った、試合を申し込む」
わたしの言葉に、中庭は騒然となった。
「レ、レイフォールド君、その、学院では私闘を禁じていて……」
教師がおろおろと言ったが、
「私闘ではありません。先ほど申し上げた通り、これは単なる試合です。……わたしはテオドールの武器を、テオドールはわたしの武器を用いて戦えば、わたしの武器が特殊なものかどうかわかるでしょう」
わたしはテオドールを見やり、言った。
「わたしの武器がそれほど特別だというなら、もちろん、君がわたしに勝つだろう。わたしが君に負けたら、その時は君に謝罪し、二度とその長剣は使わぬと約束する。……が、もしわたしが勝てば」
「いいだろう、おまえに謝罪してやろうではないか」
テオドールは憤慨したように言った。
「後悔するなよ。僕はこれでも、去年の武芸大会の最終グループに残っている。おまえのように、大会に出場すらしていない奴とは実力が違うんだ」
武芸大会ね、とわたしは鼻で笑った。
あれは見栄えだけを競う曲芸大会のようなものだ。
本当の実力者は、全騎士団合同のトーナメント戦に参加し、国が主催する武芸大会などには出場しない。
わたしの表情を見て、テオドールはさらに憤った様子で言った。
「血筋がどうだろうと、今のおまえは所詮、貧乏貴族の跡取りじゃないか。いい気になるなよ」
わたしはデズモンド家の跡取りではない。デズモンド家には、ミルという正当な後継者がいる。
だが、たとえ言葉を尽くして説明したところで、この貴族の悪いところを煮詰めたようなクズには、決して理解できぬだろう。
「そうか」
わたしは細剣を構えた。
この手の輩に、言葉は通じない。実力で叩きのめすしかないのだ。
教師をちらりと見やると、びくっと飛び上がった。
「では、審判を」
わたしが声をかけると、教師は困ったように視線をさまよわせながら言った。
「あの、これは、試合、試合だから。どちらかが剣を落とすか、膝をついた時点で負けと見なしますので……」
「うるさい、さっさと始めるぞ!」
言うなり、テオドールがわたしに斬りかかってきた。
わたしがそれを難なく避けると、テオドールはいきり立ったように長剣を振り回した。
バカなやつだ。
長剣はたしかに威力があるが、その分、重い。めったやたらに振り回していれば、早々に息が上がって動きが鈍くなる。
わたしはわざとギリギリまでテオドールの剣を避けずに大振りをくり返させ、やつの体力を奪うように動き回った。
「この……っ、逃げるな! 卑怯者が……っ!」
ぜいぜいと息を荒げ始めたテオドールに、わたしはニヤリと笑って言った。
「どうした、息が上がっているぞ。武芸大会に出場したこともない、年下のわたし相手に、もう降参か?」
「っ、きさま……っ!」
簡単に挑発にのったテオドールが、大きく剣を振りかぶって打ち込んでくる。わたしはそれを軽く流すと、そのままテオドールとの間を詰め、
「っ! がっ……!」
その腹に思いきり、蹴りを入れた。
わたしの蹴りをまともに食らったテオドールは、そのまま綺麗な放物線を描いて、後ろに吹っ飛んだ。
「えっ……」
振り返ると、教師はぽかんと口を開けてこちらを見ていた。
いや、教師だけではない。
中庭にいた生徒たちや使用人まで、呆然とした様子で立ちすくんでいる。
「……先生」
わたしが声をかけると、教師は「ひっ」と小さな悲鳴を上げて後ずさった。
「先生は先ほど、試合は剣を落とすか膝をつくまで、とおっしゃいましたね」
「……え? あ、あ……、え?」
わたしはテオドールを見た。
仰向けに倒れて失神しているようだが、剣は握ったままだし、膝をついた訳でもない。
つまり、試合は続行中。まだまだこやつを痛めつけられるということだ。
わたしはテオドールに歩み寄り、彼を見下ろして考えた。
「ふむ」
顔に傷をつければ目立つし、後々、面倒な言いがかりをつけられるかもしれぬ。ここはやはり、外からは見えぬ腹や足などにしておくべきだろう。
慎重に角度を計算し、わたしはテオドールの腹を踏みつけた。
死んだり骨を折ったりせぬよう、一応手加減したのだが、一度踏んだだけでテオドールは目を覚ましてしまった。
「ぃあっ、つ! い、いた、痛い、痛いぃいい!」
「うるさい、黙れ」
軽く頬を張ると、テオドールは驚愕の表情を浮かべ、わたしを見上げた。
おおかた貴族の若様よと持ち上げられ、試合でも忖度され、一度もこのような暴力を受けたことがないのだろう。まあ、これは暴力ではない。正当な試合だからな。
さて、この後はどうやって嬲ってやるか。
「どうした? わたしに謝罪させるのではなかったか? まだ試合は終わっておらぬぞ」
テオドールの上に屈み込み、その襟首をつかみ上げた時、
「そこまでだ」
静かな声が聞こえ、わたしは内心、舌打ちした。
振り返ると、背後に護衛兼側近を従えた、いかにも王族らしい整った容姿の青年が、呆れたような目でこちらを見ていた。
「レイフォールド、また君か」
私はテオドールから手を放し、立ち上がった。
「今度はいったい、何をやらかしたんだい? まったく君は、見るたびに何か騒動を起こしているじゃないか」
その言いようは正確ではない。わたしが騒動を起こしているのではなく、騒動に巻き込まれているだけだ。
とは思ったが、反論はしなかった。
「恐れ入ります、殿下」
頭を下げてうやうやしくひざまずくと、思った通り、すぐ「やめてくれ」と言われた。
「学内では血筋や位は関係ない。……立ってくれ、レイフォールド」
「はっ」
私が立ち上がると、
「で、殿下、そいつ……、その男は、私に乱暴を振るいました! 学内では決闘を禁じているのに、剣で斬りかかった挙句、私の腹を蹴るなど……っ!」
テオドールがわたしを指さしてわめいた。
「そうなのかい、レイフォールド?」
王太子が私に視線を向け、言った。
「君は、彼と決闘をしたのか?」
「それについては、審判を頼んだ教師にご確認ください。……ああ、彼の腹を蹴ったのは事実です。剣で打ち合うほどのこともないかと、そう思いましたので」
肩をすくめてそう答えると、「きさま!」と怒声が聞こえた。見ると、テオドールが顔を真っ赤にしてわめいていた。
「きさま……っ! 僕を侮辱する気か! このっ、……この、呪われた血筋の不義の子が!」
テオドールの言葉に、中庭はしんと静まり返った。
とことん愚かな男だ、と私は腹の内で嘲笑った。
私の出生は公然の秘密ではあるが、それでも公の場で口に出されることはない。ましてや王族、この国唯一の王太子殿下の御前で、『呪われた血筋』などと口にするとは。
「……余計な口出しをしたようで、すまなかったね、レイフォールド」
王太子はテオドールから視線を逸らし、穏やかな口調でわたしに話しかけた。
王太子の謝罪に周囲はざわついたが、わたしは気づかぬふりで頭を下げた。
「そのようなことは。お見苦しい様をお見せし、こちらこそ謝罪の言葉もございません」
「そうか。……では、授業を続けてくれ」
王太子はテオドールの言葉など何も聞かなかったていで踵を返すと、その場から去っていった。
わたしはテオドールの許に行き、彼を見下ろした。
テオドールは、王太子の態度でようやく己の失言を悟ったのか、真っ青になっている。
「おい、わたしの剣を返してもらうぞ」
わたしはテオドールの手から自分の長剣を取り上げ、代わりに彼の細剣を押し付けた。
しかしテオドールは呆然とした様子で、剣を取りかえられたことにも気づかぬ様子だ。
わたしはテオドールを見下ろし、考えた。
わたしはこの試合に勝ったのだから、テオドールから謝罪を受ける権利がある。
しかし、今この場でただちに謝罪を受けても、王太子の登場でざわついている中では、生徒たちの印象にはあまり残らぬだろう。
どうせ謝罪を受けるなら、もっと効果的な場、わたしに手出しをすればどんな目に遭うか、強烈な印象を与えられる機会を待ったほうがいいだろう。
ともかく、最初の授業でこれだけ派手に立ち回ったのだから、これから先、私に手出しをしようとする輩は減るだろう。今後の手間が省けてよかったのかもしれぬ。
王太子の登場で面倒なことになるかと危惧したが、テオドールが阿呆なおかげで結果的には丸く収まった。
もう少しテオドールを痛めつけてやりたい気もするが、まあいくらでも機会はある。それについては、おいおい考えればいいだろう。
「先生」
わたしは清々しい気持ちで教師に告げた。
「試合は終わりました。授業を始めてください」




