補足編 ヤンデレは続くよどこまでも~結婚式の恐怖ふたたび 前編~
「お兄様、そこの籠に入れてある野菜を洗っていただけますか?」
「ああ」
田舎風の狭い台所で、きらきらしく美しいノースフォア侯爵が、機嫌よく野菜を洗っている。
ものすごく、似合わない。
以前、この家にお兄様が来た時も思ったけど、お兄様、そもそもフォール地方そのものとつり合ってない。
なんて言えばいいのか、フォールの穏やかでのんびりした空気と、お兄様の立ってるだけで余計な緊迫感を生みだすオーラが、互いにまったく相容れないのだ。
お兄様本人は、まったく気にしてないみたいだが。
当初の予定では、春頃フォールで過ごそうという計画だったのだが、いつの間にか季節は夏に差しかかっていた。
以前よりさらに増えた仕事量に、お兄様が忙殺されていたためだ。
しかし夏前、お兄様は断固として騎士団に休暇を要求した。
入団してからというもの、ほぼ休みなく……というか、休みであっても仕事をしていたお兄様初の休暇願いということで、騎士団としても承認せざるを得なかったらしい。
出発直前まで魔法騎士、ノースフォア侯爵として、さらにはデズモンド伯家領主代行としての仕事に追われていたお兄様は、フォール地方に転移した直後、ほとんど倒れるようにして居間のソファで眠ってしまった。
鬼の体力を誇るお兄様が、ここまで消耗するなんて、よほど仕事を詰めまくったんだろーなーと思うのと同時に、そこまでしてフォールに来たかったのか、と妙に感心してしまった。
お兄様、外見とは裏腹に夢見がちなところがあるから、このハネムーン休暇にも相当な思い入れがあるのだろう。
私としても、無理のない範囲でお兄様の夢を叶えてあげたい気持ちはある(エロ以外で)。
そして今のところは、問題なく楽しい休暇を過ごせていると思う(エロ以外は)。
お兄様の要望は、平たく言えば、常に二人きりでいることだ。
料理するのも二人、食べるのも二人、もちろん寝る時も二人、常に二人きり……。
言い出したのは私だが、ここまで徹底されるとは思わなかった。
家事なんてお兄様はもちろん初めてだから、私にだいぶ負担がかかるだろうと覚悟していたが、意外にもお兄様は家事方面でその能力を発揮していた。
たとえば、庭の草むしり。
庭で育てている花や野菜などは除外し、雑草だけをピンポイントで枯らせるという高度な闇の魔術を見た時、私は本気で感動した。
「お兄様、すごいです! 天才ですね!」
「そうか?」
褒められて満更でもなさそうなお兄様は、その後もさらに魔術を駆使し、思いもよらない快適生活を提供してくれた。
窓を開けたいけど虫が入ってきたらヤだな、という時、窓に闇の魔術をかければあ~ら不思議、部屋に入ってこようとする虫が、見えない結界に焼かれてしまうよ!とか、飲み物を冷やしたいけど氷室にいって氷切り出してくるのが面倒、という時、お兄様がさっと腕をひと振りすればキンキンに冷えたジュースの出来上がり!とか。
……たぶん、本業魔術師が見たら卒倒するような魔術の使い方なんだろーなーとは思うが、お兄様本人が気にしてないんだから、問題ないだろう、うん。
そしてお料理の際、私は必ずお兄様に洗い物を担当してもらっている。
これが相当たのしい。ていうか、癒される。
ああ、ラスカルが野菜洗ってるよ、丁寧に土をごしごししてるよ……と、微笑ましく見守らせていただく。今日もありがとう、お兄様。
いつも通り二人で昼食をとった後、お兄様の希望でフォールの森を散歩することになった。
フォールの森は、たまに魔獣が出没することもあるが、魔法騎士として王都にその名を轟かすお兄様と一緒ならば、何の心配もない。むしろ知能のある魔獣は、お兄様の魔力に恐れをなして逃げていく。
森へと向かう、田舎の舗装されていない細い道をお兄様が歩いていると、すれ違う人達が、ぎょっとしたように二度見する。お兄様はまったく気にする様子もなく、嬉しそうに私と手をつないでいるのだが、一緒にいる私のほうがいたたまれない。
二度見する人達の気持ちは、良くわかる。
お兄様、なんというか本当に背景と噛みあっていないのだ。
お兄様の服装は、貴族としては簡素な部類で、仕立てのよいマントがちょっと目を引くくらいだが、いかんせん、その容姿が……。
お兄様は、見慣れた私でさえ、たまに目を合わせることが辛くなるレベルの美形だ。この国には珍しい黒髪に黒い瞳が印象的な、いかにも貴族らしい退廃的な美貌は、王都でも有名である。
フォール地方にも、もちろん美男美女は存在するが、平和な田舎町であるフォール地方の人々は、基本的にのんびり感が顔に出ている。おっとり、温和、のんびり、ゆっくり。そんな形容詞がつく人達ばかりだ。
そこに突如出現した魔王が、お兄様である。
雷光を背景に、返り血を浴びながら呪いの剣を振り回してそうな(実際、砦の叛乱を制圧した時はそんな感じだったらしい)お兄様が、フォールの平和な田舎道を歩いてたら、そりゃぎょっとされるよね、しかたないよね……。
幼子と母親が「かーちゃん、あの黒い人なにー? まものー?」「しっ、見ちゃいけません!」と会話するのを後ろに聞きながら、私とお兄様は仲良く手を繋いでフォールの森に入って行ったのだった。




