95.お兄様に殺されないよう、精一杯がんばった結果
挙式当日の朝、私は緊張して鏡の前に立った。
とうとうこの日がやってきた!
昨日は一日、自分が漬物にでもなったかと思った。
揉まれ、擦られ、塗りつけられ、最後は意識朦朧となっていた。
一番大変なのは、その作業をしたメイド達だったろうが、へろへろの私をよそに、メイド達はきゃっきゃと楽しそうに作業に励んでいた。
お兄様が一度、様子を見に部屋へやって来たが、ソッコーでメイドに追い返されていた。
「マリアは……」
「お嬢様はいまお忙しいんです!」
「明日のために、全身を磨きあげている最中にございます!」
とっとと出て行け、と目を血走らせたメイド達に言外に凄まれ、お兄様は黙って引き下がった。
お兄様は、負け戦をしない。撤退すべき時を心得た、賢い人だ……と朦朧とする頭でそんなことを考えていた。
花嫁って、大変なんだな……。
ただ着飾って立ってるだけなんて思ってて、すみませんでした。
メイド達の血と汗と涙の結晶が、いま鏡に映っている。
ウェディングドレスは、以前、王宮に婚約の報告にあがった時と同じエンパイアラインスタイルだが、後ろに長く裾を引くレースのロングトレーンが華やかで美しい。
髪は、巻き毛を利用してゆるく編み込み、アップにしてベールをつけている。
結婚式の定番スタイルだが、メイド達の努力のおかげで、いつもの三割増しに見栄えが良くなっている。
すごい。
以前、貧乳を爆盛りしてくれた時も思ったけど、うちのメイド、美容スキルが高いな……。
鏡に映る別人レベルに美しい令嬢の姿に見入っていると、メイドがミルとお兄様を部屋に通した。
挙式にあわせ、急遽ミルが学院から戻ってきてくれたのだが、昨日は会えなかったのだ。
「マリ姉さま、失礼します!」
「マリア、仕度は済んだか」
おお。
振り返った私は、美々しい仕上がりの二人に目をみはった。
ミルはしばらく見ない内に身長が伸び、体格もしっかりしてきたようだ。以前は学院の制服に着られている感じだったが、今ではしっくり馴染み、髪を束ねた緑の組紐が華やかさを添えている。
そしてお兄様はというと、私と同じく、以前、王宮に婚約の報告に上がった時の服装を、さらにバージョンアップさせていた。
サーコートにマント、革のロングブーツというスタイルは変わらないが、以前は青だったマント裏やサーコートの色が、深い紫色になっている。
剣帯、肩当て、マントの表地は銀色で統一され、きらきらしいが派手ではない。
基本的に、人間離れした美貌とスタイルの良さを誇るお兄様は、何を着てもさまになってしまうのだが、これはもう、カッコいいを飛び越えて神々しいレベル。
私にはない威厳とか気品とかにおされ、ははーっとひれ伏したくなってしまう。
お兄様はお兄様で、私を見て両耳を真っ赤にして目をうるうるさせてるから、あ、中身はいつものお兄様だな、と冷静になれたけど。
「お兄様、紫色のお召し物をお選びになったんですね」
結婚式や継承式で、その家を象徴する色を着用する決まりがあるから、ノースフォアの色を青から紫へ変更するということだろうか。
お兄様は頷き、ゆるく髪を結んだ紫の組紐に触れて言った。
「この色に合わせた」
そんな理由!?
驚愕する私に、お兄様は小さく笑った。
「それと、王家に返上されたゼーゼマン家の領地および財産の一部が、ノースフォアに下賜される。……ゼーゼマン家は、その富も権力もすべて王家に接収され、他家と融合する。それを知らしめるためだ」
あ、ああ、そういうこと……。
考えてみれば、ゼーゼマン家を象徴する色は深紅、ノースフォア家は青だ。
それで紫になったのかー、と私は納得した。
ノースフォアが白だったら、お兄様、ピンクを着る羽目になってたんだな。それはそれで、ちょっと見てみたい気もするけど。
「お兄様、とっても似合ってます。素敵です!」
力を込めて言うと、お兄様が照れたようにうつむいた。
「うむ……、おまえも、その、とても美しい……。いつも美しく可愛らしいが、今日は、その、特に……」
ありがとうございます、メイド達のおかげです。
「マリ姉さま、ほんとにすっごく綺麗です!」
「ありがと! ミルも、また身長が伸びたんじゃない? 体つきもしっかりしてきたし」
ほんとですか?とミルが嬉しそうに顔を輝かせた。
ミルは美少女顔なのを気にしてか、男らしくなりたいと学院で鍛錬を積んでいるらしい。
デズモンド家の特徴を色濃く受け継いでいるミルが、マッチョになれる可能性はほぼゼロだと思うが、努力する天使はそれだけで尊いので、私としては見守るのみである。
「今日は、指輪をお渡しする大役を任されていますし、失敗しないように頑張ります!」
ミルが少し緊張の面持ちで言った。
通常ならば、神官が結婚する両者の指に嵌めるのだが、お兄様が作成した結婚指輪は、親族以外は手を触れられない仕様になっているらしい。
ミルは指輪を納めた箱を持つだけだが、万一に備えて神官は除外されたのだとか。
……万一ってなんだ、万一って。
親族以外がその指輪に触れたら、いったいどんなことが起こるというんだ。
なんか、聞けば聞くほど結婚指輪というより、呪いの装備とか惨劇の指輪とか、そういう怪談アイテムとしか思えないんですが。
そう言えば以前、お兄様は言っていた。
『結婚指輪で術が完成する』と。
……婚約指輪にも、防御のほか、追跡や体調把握、後追い自殺機能まで付けていたのに、それをさらに完成形にするって、一体どんなドン引き機能を付けたんだろう……。
聞きたいけど、ちょっと……いや、かなりコワい。
ミルはデズモンド家、私とお兄様はノースフォア家の紋章のついた馬車にそれぞれ乗り、神殿に向かった。
私はお兄様と向かい合って座ったが、お兄様が発するきらきらオーラが眩しくて目を合わせられない。
とろけるような、うっとりするような眼差しで見つめられてるから、単純に恥ずかしいという理由もあるけど。
「……一昨日、神殿を訪れたのですが」
私の言葉に、お兄様が、ああ、と頷いた。
「そうであったな。結局、なんの用で神殿に出向いたのだ?」
「……少し前から、神殿にお声をかけられていたのです。聖女として、人々を祝福してほしいと」
「嫌ならしなくてよい」
お兄様がスパッと言った。
「おまえは、聖女としての名誉も権力も求めていない。……聖女であること自体を、おまえが恐れていることはわかっている。神殿の求めに応じる必要はない」
「ええ。……でも、思い直したんです。私が聖女の力を持っている限りは、それを必要としてくれる方のために使いたいと。フォールで、治療術師として働いていた時と同じです。自分にできることをするだけですから」
今までは、小説の惨殺エンドを回避することだけを目標にがんばってきた。
しかし、どうあっても聖女設定が消えないのなら、そこから逃げつづけるだけじゃなくて、自分にできることをしてみようと、少しだけ前向きに考えるようになったのだ。
「そうか……」
お兄様が優しく微笑んだ。
「お許しいただけますか?」
「わたしの許可など、必要ない。おまえの望む通りにすればよい」
お兄様は私の手をとり、指先にそっと口づけた。
「わたしは、おまえに命と忠誠を捧げた騎士にすぎぬ。わたしの主はおまえなのだから」
お兄様が、くり返し私の指に口づける。私はかあっと顔が赤くなるのがわかった。
ちょ……、お兄様、ここぞという場面で、そんなかっこいいことを……。
こんな輝くような麗しい騎士にそんなこと言われると、中身エロエロの闇属性とわかっていても、やっぱりときめいてしまう。
私は赤くなった顔を隠すように横を向いた。
すると馬車の窓から、ちょうど中央広場にさしかかったのが見えた。
思えば前世、小説の中で私は、この中央広場でお兄様に殺されたんだっけ……。
その惨殺エンドをなんとか回避しようと逃げつづけていたら、なぜかお兄様と結婚することになってしまった。
「どうした? マリア」
腕を引かれ、私はお兄様の膝に乗るような形で抱きしめられた。
「なんでもありません。……ただ、幸せだなって、そう思って」
お兄様が嬉しそうに微笑み、私をきつく抱きしめた。
「わたしもだ。……愛している、マリア」
口づけられ、私は目を閉じた。
前世を思い出してからは、小説通りに殺されてしまうことを阻止しようと、私なりにがんばってきた。
それがどうしてこういう結果になったのか、いまだにわからないけど。
私は目を開け、お兄様を見た。
愛しそうに私を見つめるその表情に、私の鼓動も痛いほど高鳴る。
お兄様と結婚することで、私の未来がどう変わるかはわからないけど、どんな結果になっても、もうお兄様から離れようとは思わない。
私はここで、お兄様と一緒に生きていく。
そしてできれば今度こそ、ハッピーエンドであのスプラッター小説を締めくくりたい。
終わり良ければすべてよし! と。




