94.愛を伝えよう(無理のない範囲で)
唇が触れるだけの口づけをして、そっと顔を離すと、お兄様が呆然としたように私を見ていた。
と、みるみるうちにお兄様の瞳に涙が盛り上がり、頬を伝い落ちる。
「お、お兄様!?」
私はぎょっとした。
「え、ちょ、大丈夫ですか? え、え、待って泣かないで」
まさか泣くとは思わず、私はお兄様の頭を引き寄せ、胸に抱きしめた。
お兄様は大人しく私の胸に頭を凭せかけたまま、ぽろぽろと涙をこぼした。
「……マリア……」
ため息のようにお兄様が私の名を呼ぶ。
私が指でお兄様の涙を拭うと、
「……もう、死んでもいい」
お兄様が小さくつぶやき、私はあせった。
「いや、待って、死んじゃダメですよ。明後日、結婚式なんですから」
挙式前に未亡人になるなんて、絶対イヤだ。
ていうか、お兄様の愛の表現は、大体いつも、殺したいとか死んでもいいとか、ちょっと後ろ向きですよね。もっとこう、前向き健康的になってほしいんですが。
「……おまえに、そんなことを言ってもらえるとは、夢にも思わなかった。こんな気持ちは初めてだ。こんなに満たされたのは……」
泣きながら言うお兄様に、私もちょっとほろっとした。
そんなに喜んでもらえるなんて、頑張って言ってよかった!と思っていたら、
「……何故、そんなにわたしを想ってくれるのだ? わたしは周囲に災いしかもたらさぬ。ずっとそう言われていたし、その通りだとわたし自身、思っている」
「そんなことありませんよ。災いしかもたらさないなんて」
「……おまえは、わたしの何が……、どういったところが好きなのだ?」
お兄様の質問に、私はうっと言葉に詰まった。
この質問は、アレか。
バカップルがよくやるやつか。
わたしのどこが好き? 今すぐ言って、100個言って!とかいうやつ。
お兄様って、つくづく見た目と中身のギャップが激しい人だな……。
口調を変えれば、さっきのセリフだって
『どうしてわたしのこと好きなの? わたしなんて、みんなに嫌われてるし、わたしだって自分が嫌いだもん。わたしのどこが好きなの?』
になる。まるっきり、恋する乙女(それも執着系のヤバいやつ)だ。
私はちらりとお兄様を見た。
お兄様は涙に濡れた瞳をキラキラさせ、早く言って!と期待に満ちた表情で待っている。
そーいうの、苦手なんですけど……とは、とても言えない雰囲気だ。
「そ、そーですねえ、お兄様は、すっごく格好いいですねえ……」
「そうか?」
もっと言って!という表情のお兄様に、私は脳みそをフル回転させて言った。
「お兄様は、頭がいいですし、頼りになりますし、魔力もあって、剣技もずば抜けてて……」
このくらいでカンベンしてもらえないだろうか、とちらりと見ると、それからそれから?と続きを期待して待っているお兄様がいた。可愛いけどウザ……いやいや、えーと。
「………えっと、他にもいっぱいありますけど、もう夜も遅いですし、続きはまた後で言いますね」
お兄様はハッとしたように時計を見て、驚いた表情になった。
「もうこんな時間か。……そうだな、挙式前に体調を崩しでもしたら大変だ。もう休め」
助かった!
ふう、と思わず大きく息をつくと、お兄様が私の顔をのぞき込んだ。
「疲れたか? ……明日から忙しくなる。身体を休めてくれ」
ちゅっと軽く口づけ、離れがたいと言うように私を抱きしめてから、お兄様が部屋を出て行った。
私は寝台に腰かけ、少しの間ぼうっとしていた。
……お兄様が泣くのなんて、初めて見た。
両親のお葬式の時でさえ、真っ青で悲愴な表情をしていたけど、涙を流しはしなかったのに。そんな余裕もなかったのかもしれないけど。
そう考えると、泣くことができるくらい、心に余裕ができたというか、かたく凝り固まった心がほぐれたのかもしれない。口にする言葉は、相変わらず後ろ向きだけど。
これからずっと一緒にいる内に、もっと心がやわらかく解け、口にする言葉も前向きになっていってくれたらいいなあ……と思いながら、私は眠りについた。
夢の中で、何故か獣耳と尻尾をつけたお兄様が、「一緒にフォールの森に住もう」と熱心に私を口説いていた。「森はちょっと……」と断ると、シャーッと牙を剝いてお兄様が怒り、最終的には泣いてしまった。
どうしよう、泣かせちゃった、とオロオロしている内に目が覚め、非常に疲れる朝を迎えたのだった。
恋する乙女だの何だの、お兄様をディスったせいだろうか……。ごめんよラスカル。




