93.恋人を安心させてあげましょう~魔法属性占いより~
王宮を辞した後、アメデオは塔に直接、戻ることになった。
「いやー、塔に帰るのは久しぶりです。寝る場所が残ってるかなあ」
ニコニコしながら不穏な言葉を口にしていたが、その足取りは軽かった。
弟の件も無事片付いたことだし、アメデオなりに喜んでいたのかもしれない。
私達も、何の問題もなく……と言えれば、どんなにいいことか!
私はビクビクしながらお兄様の表情を伺った。……が、読めない! 何を考えているのか、その無表情からはさっぱりわからない!
お兄様は馬車に乗って屋敷に帰る間も、私の腰に腕を回し、私を抱きしめていたが、何も口にすることはなかった。
な、何を考えているんだ……。
屋敷に戻ると、お兄様は「今日は遅くなった。早く休め」とだけ言って部屋に引き上げてしまった。
まあ、遅くなったのはその通りなので、言われた通り、私も部屋に戻った。
翌朝、起きるとすでに、お兄様は王宮に出仕した後だった。
お兄様、朝早くから夜遅くまで働きづめである。
よく体力がもつなあ……と感心しながら、私は私で神殿に出向くことにした。
挙式の打ち合わせとは別に、実は前々から中央神殿に依頼されていたことがあったのだ。
依頼を受けるかどうするか、しばらく悩んでいたのだが、挙式前に返事を伝えなければ、と思ったのだ。
その日の夜遅く、お兄様は屋敷に戻ってきた。
私が出迎えると、お兄様は少し驚いたように言った。
「……まだ起きていたのか?」
「ええ、お兄様にお話ししたいことがありまして」
私の言葉に、お兄様が一瞬、躊躇する様子を見せた。
「……もう遅い。明日にでも」
「明日は挙式前日ですよ。お話する時間がとれるかどうか」
明日は朝からびっちり予定が詰まっている(主に美容関係で)。
朝から非常に忙しい(私ではなくメイドが)予定だ。
少々強引にお兄様を私の部屋に引っ張り込むと、お兄様は観念したように部屋のソファに座った。
「……言っておくが、おまえがなんと言おうと、式は中止せぬ」
ソファに座るなり、お兄様がそう言った。
「どうしたんですか、お兄様。突然、そんなこと」
「……話とは、そのことではないのか?」
お兄様が疑わしそうに私を見た。
「今日、おまえが中央神殿に行ったことはわかっている。……挙式の中止、もしくは延期を申し出たのでは?」
「そんなことしませんよ」
私はあきれて言った。
「なんでそんな風に思ったんですか? 式はもう、明後日なんですよ。どうして、そんな」
お兄様は私から目をそらした。
「わたしは……、おまえを愛している」
苦しげにお兄様が言った。
「だが、おまえがわたしと同じ気持ちでないことくらい、わかっている。……少なくとも、わたしがおまえを想うような感情ではないと」
それは、確かに当たっている。
私は、お兄様が私以外の女性の名前を呼んだだけで、その相手を叩き斬りたいとは思わないし、女性と話をしたというだけで嫉妬にかられることもない。
ていうか、それがフツーだと思うんだけど。
まあ、お兄様にフツーを説いてもしかたない。
「……例えおまえが王太子殿下とお会いしたとて、やましい事など何もないと、わかっている。だが、それでも嫌だ。王太子殿下や、あの砦の騎士がおまえを見る目つき、おまえに語りかける表情……、どうしても耐えられぬ」
「お兄様」
わかっていたが、お兄様、ホントーに嫉妬深い。
私はお兄様の隣に座り直し、膝の上で固く握りしめられたお兄様の手を握った。
「わかりました。……これからは、もう王太子殿下にお会いすることもないと思いますが、万が一、そんな事態が生じたら、今度こそお兄様に相談しますね」
「マリア……」
お兄様は私を抱き寄せ、首筋に顔を埋めた。
「……おまえに、愛想を尽かされたかと思った」
「え、なんでですか」
「王太子殿下に無理やり婚約者をあてがった。……王太子殿下のおっしゃっていた通り、あれは半分、嫌がらせのようなものだ」
「あああ……」
私はあの時の王子様の様子を思い出した。
王子様、珍しく嫌そうな表情をしてたっけ。
「マイヤー侯爵家のご令嬢って、どんな方なんですか? 私、お会いしたことないのでわからないんですが」
「わたしも良くは知らぬ。以前、わたしに婚約を打診された際、少し調べさせたが、派手好きで気の強い、まあよくいる貴族令嬢の一人というだけだった。……ただ最近、王太子殿下が子どもの頃、よくマイヤー侯爵家の令嬢に泣かされていたという情報をつかんでな」
「まさか、それで」
「王太子殿下のご様子を見るに、思った以上の効果があったようだ」
くくく、と低く笑うお兄様に、私はため息をついた。
「そんな子どもみたいな嫌がらせするなんて……」
「まあ実際、マイヤー侯爵家の令嬢以外、これといった候補がいないことは、王太子殿下ご自身も承知されているはずだ。それを押しても、王位継承権を捨ててでも、と思われるほどのお相手がいるなら、また話は違ってくるが」
お兄様はため息をついた。
「だから王太子殿下は、自分の妃になれとおまえに迫ったのだ。手を変え品を変え、何度もな」
「うーん。お気持ちはありがたいですけど、こればっかりはどうにもならないですよね。無理です」
「……もし、王太子殿下が王位継承権を捨てたら?」
お兄様が低く言った。
「王太子殿下が王家を離れ、臣籍に降下されたら? その上でおまえを望まれたら、どう答えた?」
私はお兄様を見た。
私の肩に顔を埋めるようにしているため、お兄様の表情は見えない。
でも、私の腰に回された腕が、絶対離さないと言わんばかりに、私を強く抱きしめている。
私は優しくお兄様の髪を撫でた。
「……お兄様は、私とお兄様の気持ちが違う、とおっしゃいましたね。たしかに、その通りかもしれません」
私の言葉に、お兄様の体がびくりと震えた。
「お兄様、闇の種子の影響で、私の恐怖を具現化した夢をご覧になったでしょう? 私が恐れているのは、お兄様に嫌悪され、軽蔑されることです。……私はずっと、それを恐れていました。いえ、今でも怖いです。もし私が偽聖女として断罪され、お兄様に嫌われてしまったら? そう思うと、今でも心安らかではいられない。恐ろしいのです」
私はふう、と息をついた。
「……でも、たとえ将来、お兄様に嫌われ、殺される日がきても、それでも私は、お兄様を愛しく思わずにはいられません」
お兄様が弾かれたように顔を上げた。
「私は、私自身より、お兄様を大切に思っております。……だから、結婚のお申し出を受けたのです」
「マリア……」
お兄様の声が震えている。
実際、私は聖女のままだし、王太子殿下には会うたびちょっかいをかけられるし、未来が安泰とは言えない状態だ。
それでも、お兄様から逃げようとは、もう思わない。
「愛しています、お兄様」
そう告げると、私は初めて、自分からお兄様に口づけたのだった。




