92.取引という名の嫌がらせ
「やあ、レイフォールド。塔の魔術師まで引き連れて、今度はいったいどんな問題を引き起こしたんだい?」
「恐れながら王太子殿下、問題を引き起こしたのはわたしではなく、ゼーゼマン侯爵にございます」
王宮に到着すると、お兄様はゼーゼマン侯爵をリーベンス塔の治療室に向かわせ、自身は私達を引き連れ、王太子殿下との謁見を要求した。
事前連絡もなかったというのに、王太子側が素早くこれに応じたのも、ゼーゼマン侯爵絡みの案件だったからだろう。
王太子殿下の私室に通されるのは、これで二度目だ。
あの時、もう王子様の私室に入ることなんて絶対ないと思ってたが、人生何があるかわからないなあ……。
「……ゼーゼマン侯爵は、怪我をした状態で捕らえられたとか」
感慨にふける私、物珍しそうに周囲を見回すアメデオをよそに、王子様とお兄様は緊迫感あふれる表情で向き合っている。
「フォール砦の叛乱におけるゼーゼマン侯爵の関与については、すでに取り決めが済んでいるはずだ。これ以上……」
「いえ、フォールではなく、隣国との密約の件です」
お兄様がサクッと告げた内容に、王子様の顔色が変わった。
「それは……」
「ゼーゼマン侯爵が隣国と交わした密約の書状を、我が婚約者、マリアが偶然入手いたしました」
王子様に視線を向けられ、私は縮こまった。
「……偶然、か」
「ええ、驚くべき経緯をへて書状はマリアの手に渡りました。……マリアは聖女ゆえ、神の思し召しによるものでしょう」
驚くべき経緯って部分だけは同意しますが、後半については、お兄様だってちっともそんなこと思ってないくせに。
王子様とお兄様は、お互いにこやかに微笑んでいる。
が、ゼーゼマン侯爵と対峙していた時より、背筋が冷える思いがするのは何故だろう。
「……書状を公開するつもりはありません」
お兄様が静かに言った。
「代わりに、以下の三項目について、ご了承願いたい。まず、ゼーゼマン侯爵の爵位を剥奪し、修道院送りとすること。ゼーゼマン侯爵が自らの行いを悔い、謝罪を望むなら、それを行えるようにするのです」
王子様が眉をひそめた。
「ゼーゼマン侯爵の爵位を剥奪し、修道院送りにするのはいい。……が、あれが自らすすんで、他人に頭を下げるとは思えないが」
「それは問題ございませぬ」
お兄様がちらりと私を見た。
「ただこちらは、道筋をつけるだけでよいのです。侯爵は、必ず謝罪を行うでしょう。……そして二つ目、ゼーゼマン侯爵家を取り潰し、その領地及び財産をすべて国庫へ返納させること。……最後は」
お兄様はうっすらと笑って言った。
「王太子殿下と、マイヤー侯爵家令嬢とのご婚約です」
王子様が顔をこわばらせ、お兄様を見返した。
「……最後の条件は、どういう意図があって」
「王太子殿下の外戚であるゼーゼマン家取り潰しとなれば、その影響は計り知れませぬ。命までは取らぬとは言え、侯爵は平民へ身分を落とし、財産すべてを没収されるのです。これまでゼーゼマン家の派閥であった貴族達も、軒並みその影響を受けるでしょう。それを最小限に抑え、なおかつ、殿下の地位を確固たるものにせねばなりません」
お兄様の立て板に水のような弁舌を聞きながら、私は自分の乏しい貴族情報のおさらいをしていた。
マイヤー侯爵家。
どっかで聞いたことが……、と考えていたら、隣のアメデオが小さく言った。
「あ、レイフォールド様に婚約断られた家ですね」
ああ! そこか!
なるほどー! と私は納得し、深く頷いた。
そうかー、あそこってゼーゼマン家の派閥だったのか。知らなかったわー。
うんうんと頷く私とアメデオとは逆に、納得できない様子の王子様は、なおも食い下がった。
「ゼーゼマン家の派閥から婚約者を決めるにしても、何もマイヤー侯爵家でなくともよいだろう」
「他は年齢や地位など、つり合いがとれませぬ。マイヤー侯爵家が妥当かと」
王子様は深くため息をついた。
「レイフォールド、これほどの嫌がらせを受けなくてはならぬほど、僕が何をしたと言うんだい」
「嫌がらせなど、とんでもない」
お兄様は笑顔のままだが、その笑顔はどう見ても悪役のそれだ。
「ただ、王太子殿下は、我が婚約者に剣を捧げたいなど、お戯れをおっしゃったことが」
「あれは冗談だ!」
「……称号ではなく名を呼ばれることを望まれたのも、冗談だと?」
お兄様の言葉に、王子様だけでなく私もうっと息を飲んだ。
な、なんでそれを知ってるんですか……。
王子様が私にそう言ったのは、たしかクララを脱獄させた時と、その後、王宮でのお茶会に参加した時だが、どちらの場合も、王子様と私以外はクララと近衛騎士しかいなかった。
クララから話を聞くのは実質不可能。ということは、王子様命の近衛騎士の口を割らせたとか……? いや、まさか。
「……謁見の間の控室には、記録用として、試作品の魔道具を設置させていただいております」
お兄様の言葉に、私はさーっと血の気が引くのを感じた。
え、え、え……。
私、あの時、どんなこと言ったっけ?
お兄様的に見て、アウトな発言とかあっただろうか?
思い出せ、自分!
お兄様はちらりと私を見やったが、その表情からは何も読み取れない。
私はアメデオを肘でつつき、小声で聞いた。
「ア、アメデオ、どう思います? お兄様のあの顔、怒ってるでしょうか?」
アメデオは空気を読まないが、お兄様のお怒りを感じとることはできる。
今こそ、その特別センサーの力を発揮するんだ!
アメデオは首をかしげ、私を見た。
「怒っている気配は感じられないですねえ……。ただ、何らかの感情の波は認められますが」
何らかってなんだ、何なんだ! そこが一番重要なんだよ!
アメデオは肩をすくめた。
「まあ、レイフォールド様はマリア様とご一緒だと、たいてい何らかの感情の波に翻弄されていて、落ち着いていらっしゃることなんて皆無ですけどね」




