90.恐怖の誓い
中庭の木に磔状態となったゼーゼマン侯爵に、祝福の光を向ける。
同時に治癒術もかけると、今度は弾かれることなく、光はゼーゼマン侯爵の中に吸い込まれていった。
とりあえず止血し、痛みの軽減だけをおこなったところで、私はお兄様を振り返った。
「あの、お兄様、氷の槍を消していただけないでしょうか? できれば拘束も……」
「ふん」
お兄様は不機嫌そうな表情ながらも、さっと腕をひと振りし、術を解いてくれた。
磔状態だったゼーゼマン侯爵は、体を貫いていた氷の槍が消失したせいで、支えを失い、勢いよく全身を地面に叩きつけられた。
「う……」
ゼーゼマン侯爵が低く呻き、目を開けた。
「……きさまら……っ、よくも、私にこのような……っ」
「うるさい。黙れ」
お兄様が右手の平をゼーゼマン侯爵に向けた。
「ちょ、ちょっと待って、落ち着いてお兄様!」
何の術か知らないが、これ以上ゼーゼマン侯爵を攻撃されては、せっかく応急処置を施したのが無駄になる。ていうか、本当に死んでしまう。
私はお兄様を抑えつつ、ゼーゼマン侯爵に叫んだ。
「あなたも余計なこと言わないでください! 死にたいんですか!?」
「……そのほうが、まだましだ……っ! このような、辱めを……っ」
ゼーゼマン侯爵が私を睨みつけ、ぜいぜいと肩で息をしながら言う。
「…だそうだ。本人がそう言っているのだがら、死なせてやってはどうだ?」
お兄様が冷ややかに言う。
ほんとにもー、こいつらは!
「ゼーゼマン侯爵は、死なせませんよ!」
私は全員に言い聞かせるように、はっきり言った。
「ゼーゼマン侯爵には、クララやお兄様、その他たくさんの方々に、悪かった、すまなかったと、頭を下げて謝っていただく予定なんですから!」
腰に手をあて、仁王立ちで言う私に、三方向から冷たい視線が突き刺さった。
「……ふざけたことを、抜かしおって……っ! 誰が、きさまらなどに、頭を下げるか……っ!」
「おまえの望みなら、止めはせぬが。……わたしはこやつに謝ってもらうより、死んでもらうほうが嬉しい」
「えー、マリア様、言っちゃなんですけど、この侯爵、根性腐ってますよ。レイフォールド様もおっしゃってますけど、被害に遭った方達は、謝るより死んでって思うんじゃないですかね」
三者三様の、残念な言い草に私はため息をついた。
「謝って、それで終わりじゃありませんよ、もちろん。そこから一生、罪を償って生きてもらうんです。死ぬより、ずっと辛いことですよ」
私はゼーゼマン侯爵を見た。
血走った眼で、地面に這いつくばり、私を睨みつけている。
次期王の外戚として思うがまま権勢をふるい、栄華を極めた面影はすでにない。
「……ゼーゼマン侯爵。私は、あなたが隣国と結んだ、密約の書状を持っています」
びくりとゼーゼマン侯爵の肩が跳ねた。
「もしあなたが、罪を償うつもりなどない、頭を下げるくらいなら死ぬ、とおっしゃるなら、私はこの書状を対外的に公表します」
アメデオはぽかんと口を開け、お兄様は黙って私を見た。
ゼーゼマン侯爵は目を見開き、わなわなと唇を震わせている。
「そうしたらどうなるか、お分かりでしょう? ゼーゼマン家は断絶となり、ゼーゼマン家の血を引く王太子殿下は、間違いなく廃嫡となります。あなたの血筋は絶え、王家から一掃されるのです」
「そ……、そのような、そのような大それたことを……っ!」
「ええ、宮廷は大混乱におちいるでしょうね。第一王位継承者は消え、継承権が宙に浮くのですから。……ひょっとしたら、側室腹の現王の血筋より、次期ノースフォア侯爵のほうが、次期王にふさわしいと見なされるかもしれません」
はっとゼーゼマン侯爵は息を飲み、私とお兄様を交互に見やった。
「きさま……、きさまら、それが目的で、このような……っ!」
「ゼーゼマン侯爵、お選び下さい」
私は強い口調で迫った。ここで言質をとらねば、もう後がない。
「クララやお兄様、あなたが陥れた大勢の方達に頭を下げ、残りの一生を贖罪に捧げると誓うなら、書状は破棄します。王太子殿下は次期王となり、ゼーゼマン家の血が絶えることはないでしょう。ですが、どうあっても謝罪はしない、罪を償うつもりもないとおっしゃるのなら……」
「わかった」
ゼーゼマン侯爵が唸るように言った。
「誓おう。残りの人生を、贖罪に捧げると。どのような屈辱も受け入れると。その代わり……」
苦しそうに呼吸するゼーゼマン侯爵に、私は再び治癒術をかけた。
青い光がゼーゼマン侯爵を包み込み、その荒い呼吸が少し穏やかになった。
「ええ、あなたが誓って下さるなら、ゼーゼマン侯爵、私も誓いましょう。必ず書状を破棄すると」
私はお兄様を見た。
「お兄様、闇の魔術で誓いを縛っていただけますか? 互いに、決して誓いを破れぬように」
「いいだろう」
お兄様は頷き、すたすたとゼーゼマン侯爵に近づくと、ためらいなくその背を踏みつけた。
苦痛に呻くゼーゼマン侯爵に、私は思わずお兄様を見た。
「……お兄様……」
「魔術の効力を高めるため、動いてもらっては困る」
いや、だからって別に、踏みつける必要は……。
お兄様は黒い長剣をすらりと抜き放つと、勢いよくゼーゼマン侯爵の右手に剣を突き立てた。
ゼーゼマン侯爵が断末魔のような恐ろしい悲鳴を上げる。
「お兄様!」
「この魔術には、血が必要でな。……マリア」
左手をとられ、私もあんな風に剣で刺されるのか、と反射的に目を閉じると、
「……え?」
ぬるりと、指先が湿った生温い感触に包まれた。
同時に小さな痛みが走り、目を開けると、お兄様が私の指先を舐めているのが見えた。
「ええっ!?」
お兄様は私の左手を放すと、かすかに笑って言った。
「我が剣、我が体に両者の血が刻まれた。これにより、互いの誓いを縛り、決して破れぬものとする」
お兄様が宣言すると、私は舐められた左手、侯爵は剣で貫かれた右手から、黒い靄が発生し、それぞれの全身を包み込んだ。
靄は全身を撫でるようにスルスルと動き、やがて左胸、ちょうど心臓のあたりに吸い込まれるようにして消えていった。
「ゼーゼマン侯爵、心することだ。もし誓いを破れば、この剣が心臓を貫き、破棄された書状は再びその姿を取り戻す」
「……わかっている。誓いは守る」
苦痛に顔を歪めながらも、ゼーゼマン侯爵が頷いて言った。
「マリア」
お兄様が、笑いを含んだ声で私に言った。
「おまえが誓いを破れば、その反動はわたしが受けることになる」
「えええ……」
「わたしを殺したくなくば、誓いを守るように」
そう言うと、お兄様は珍しく声を上げて笑った。




