84.お悩み相談室
お兄様はその後、慌ただしくフォール地方へ戻っていった。
おそらく今回、王宮を訪れたのは、報告のためというより、この叛乱へのゼーゼマン侯爵の関与をどのように取り扱うか、王家と調整するためだったのだろう。
ゼーゼマン侯爵には、現在のところ、何の動きも見られない。
宮廷に出仕すらせず、王都の屋敷に引き籠っているらしい。
屋敷に籠っているのは私も同じなのだが、元来引きこもりの私とは違い、ゼーゼマン侯爵は、毎晩のように様々な夜会に出席し、貴族間交流を活発に行っていたため、社交界でも様々な憶測が飛び交っているらしい。
私も気になってはいるが、考えたところでどうしようもない。
それより、私にはもっと切実な問題があった。
お兄様がフォール地方へ戻った翌日、私はリリアに頼み込み、宮廷に出仕している女性たちを集めて小さなお茶会を開いてもらった。
王妃殿下付きのリリアは顔が広く、侍女だけではなく、文官として活躍している才女から庭師の助手として働いている平民出身の女性まで、様々な立場の女性を集めてくれた。
……立場は違うが、この女性達には、ある共通点がある。
女性達はみな、婚約者がいるか、もしくは既婚者であり、お相手と良好な関係を築いている。
私は彼女たちから、結婚生活の、もっとハッキリ言えば性生活に関するアドバイスをもらおうと考えたのだ。
「マリア様、この度はおめでとうございます」
「ええ、本当に。レイフォールド様のご活躍は耳にしておりますわ。ノースフォア次期当主として侯爵位を継承されるということですし、飛ぶ鳥落とす勢いとは、まさにこのことですわね」
王宮にある小さな温室内にテーブルと椅子を用意し、軽食を提供するだけのごく小さなお茶会だが、参加希望者が殺到したとリリアが私に明かしてくれた。
このお茶会、主催者はリリアで、名目も王宮勤務の女性達と交流を深めるため、というものだが、私が参加するということで、一気に注目度が上がったのである。
不本意だが私はいまだ聖女のままだし、婚約者のお兄様は、フォール地方の叛乱を制圧したばかりの若き美貌の騎士、それも侯爵位を継承する予定の大貴族だ。
他人事ならば、私だって「わー参加してお話聞きたいわー」とか言ってたかもしれない。
だが、自分のこととなると話は別だ。
しかも、相談内容がアレなのである。
どうやって話を切り出したものか、目をキラキラさせてこちらを見る令嬢たちを前に、私は悩んだ。
麗しい騎士様と聖女の恋物語を期待してるご令嬢に、「SMな性生活を送らないための秘訣ってなんでしょうか」なんて、とても言えない……。
「そういえば、マリア様は今週末には挙式されるのですって?」
「ずいぶん急なお話ですわね」
「ほほ、レイフォールド様が挙式を急がれたと伺っておりますわ。伯爵の、マリア様への熱愛ぶりは有名ですもの」
結婚に話題がおよび、私はすかさずそれに食いついた。
「そ、そうなんです。急な話で、少し心配になってしまって……」
女性達が一斉に私を見た。
「心配とは?」
「レイフォールド様に、何かご懸念でもおありなの?」
「あれだけ想われていらっしゃるのだから、浮気などについては問題ないと思いますけど」
「財産や地位も申し分ありませんものね。……とすると」
令嬢の一人、文官として働いているという女性が、じっと私を見て言った。
「立ち入ったことを申し上げますけど……、ひょっとしてマリア様、ご結婚後の生活について、何か思い悩まれていらっしゃいますの?」
「……は、はい、そのう……」
私は口ごもり、うつむいた。
あー、何て言えばいいんだ。
婚約者の性癖を心配してます、なんてどのツラ下げて言えというのか。
「……そう言えば、レイフォールド様は、闇属性の魔力をお持ちでしたわね」
私の表情に何かを察したらしい女性が、そう切り出した。
「闇属性……」
「わたくし、聞き及んだことがございますわ。闇属性の殿方は、それはそれは執着心が強く、夜のほうも……」
「ほほ、それは有名な話ですわね。闇属性のへんた……いえ、少々変わった夜のお作法については」
……いま、変態って言いかけましたね。
私はがっくりとうなだれた。
そうか、闇属性って、やっぱりそうなのか……。
だが、ここで諦めて引き下がったら、今後の私の人生が!
「そ、その、少々変わったお作法があるとして、その……、どのように対処すべきとお考えでしょうか!?」
勇気を振り絞り、私は言った。
「私は、その、そうしたことに無知でして、あまり深く知りたいとも思わないというか……、ただ、もし夫がそのような変態……いえ、変わった要求をしてくるようでしたら、どう対応すべきなのかと……」
必死に言葉を探す私に、何とも言えぬ空気がただよい、女性達から哀れみの眼差しを向けられた。
やめて、心が折れる。
「あなた、旦那様が同じ騎士でしょ? 毎晩求められて大変だって言ってたじゃない、何かいい助言を」
「ちょっとやめてよ! 夫は体力があるだけで、そんな変態じゃないわよ!」
声を荒げて反論した女性が、ハッとしたように私を見た。
「あ、ご、ごめんなさいね、マリア様。そんな意味では……」
いいんです、あなたの旦那様は、お兄様のような変態ではないんですね、良かったですね……。
「マリア、しっかりして」
リリアが私の手を握り、言った。
「レイフォールド様は、あなたのことをとても大切に想われているわ。あなたが嫌がるようなことなんて、なさらないわよ」
「うん……」
しょんぼりした私を見かねてか、他の令嬢たちも、次々に慰めの言葉をかけてくれた。
「ええ、そうですわ。伯爵のマリア様への執着ぶりには、驚かされましたもの」
「ああいうお方は、箍が外れてしまった場合が厄介ですけれど、そうでなければ基本的に問題はないと思いますわ」
「そもそも、何かご心配なさるような兆候がおありですの?」
令嬢の指摘に、私は恥を忍んで、この間のエロ下着の一件を告白した。
「ほほほ、まあ、そのようなことがありましたのね」
「でも、寝衣だけでしたら、ねえ? さほど問題はないかと思いますけど」
庭師の助手をしているという女性の発言に、私は顔を上げた。
「そ、そうでしょうか!? 問題ありませんか!?」
「断言はできませんけれど。でもまあ、私もその……、夫にそうした類のものを贈られたこともございますし、それだけなら、特に心配なさることはないかと思いますわ」
そうか! 心配無用でいいんですね!
「ただ、闇属性の方は、ねえ……?」
「ちょっとどうかしら、ねえ……?」
女性達が目を見合わせ、困ったような表情になった。
やっぱりそこか。そこなのか。
闇属性って、かなりアレな認識をされてるんだなあ。
お兄様の行動を思い返してみても、一概に否定できないところが一番問題かもしれない……。




