83.新生活へそれぞれの展望
私はすうっと深く息を吸い込んだ。
落ち着け、自分。
これまで何度も、爆弾処理をこなしてきたじゃないか。
今回は特大の爆弾だけど、でも、落ち着いて冷静に対処すれば、きっと大丈夫。
自分を信じて、さあ行け、私!
「……伝言を伝えてくださって、ありがとうございます、お兄様」
まずは感謝、そこからだ。
「お兄様のお優しいお心遣いに、感謝いたします」
お兄様をじっと見つめると、満更でもなさそうな顔で頷いている。よし。
「ノースフォアに輿入れした後は、フォール地方で働くこともできなくなるでしょうし、ラ……砦の方々とも、もうお会いする機会はなくなりますね」
「そうだな。二度とないだろう」
二度と、の部分を力強く言うお兄様。
「治療院のサール様にも、ご挨拶はできないでしょうか」
結構なお年寄り上司の名前を挙げると、お兄様は少し考えてから言った。
「まあ……、職場への挨拶くらいは、済ませておいたほうが良いかもしれぬな」
仕事人間のラス兄様らしい言葉に、私はにっこり笑って頷いた。
「そうですね、二度とお会いできないなら、最後くらいはきちんとご挨拶すべきですよね」
お兄様も頷く。よし、よし。
「短い間でしたが、フォール地方は子ども時代を過ごした場所ですし、そこで働いてお金を得ることの大変さも学べました。得難い機会だったと思っております」
「そうだな……」
お兄様が優しく微笑んでいる。よーし、よし、よし!
「……フォール地方での、一番の思い出は、お兄様をお招きしたことです」
「わたしを?」
「ええ」
私は大きく頷いて言った。
ウソではない。
あの時のことは、今でも悪夢に見るくらい、強烈な思い出だ。
なんせ、あの時、神殿で聖女認定されてしまったのだから。
お兄様は嬉しそうに笑って言った。
「あの時のことは……、わたしにとっても、大切な思い出だ」
「そうなんですか。嬉しいです」
たぶん、お互いの思い出の記憶は大幅にすれ違っているんだろうなあと思いながら、私は続けた。
「式を挙げて落ち着いたら、一度、治療院を訪れてサール様にご挨拶いたしますね」
「そうだな」
「……砦の方々には、サール様にお言伝させていただこうと思います。騎士の皆様はお忙しいでしょうし」
「それが良かろう」
お兄様は満足そうに頷き、私を抱き寄せた。
よ、よし! 爆弾処理、成功!
ふうーと心の中で冷や汗をぬぐっていると、
「……考えてみれば、おまえの手料理を食べたのは、あの時が初めてだった」
お兄様が感慨深そうに言った。
「向こうでの生活は……、平和で穏やかなものだったのだろう。おまえも生き生きとしていた」
「そうですね……」
うん、たしかにフォール地方での生活は、私にとても合っていたと思う。
フォール地方は、王都みたいな陰謀うずまく環境とは真逆の、のんびりした田舎だったし。
聖女騒動さえなければ、ずっとあそこで暮らしたいくらいだった。極寒の冬を除いてだけど。
「……落ち着いたら、しばらく向こうで過ごすか? わたしも休暇をとるゆえ……」
「え、ほんとですか?」
私は驚いてラス兄様を見上げた。
「ラス兄様、ここ何年もまとまったお休みなんて取ったことなかったですよね。お仕事は大丈夫なんですか?」
「うむ。叛乱の後始末も済ませてとなると、すぐにという訳にはいかぬだろうが、元々、結婚したら、しばらく休暇を申請するつもりでいたのだ」
へー。
仕事こそ我が人生、という生き方を貫いているラス兄様が、しばらくお休みを取りたいなんて、ちょっとびっくりだ。
まあ、ここ最近、いろいろあったしね。さすがの仕事人間ラス兄様も、ちょっと疲れちゃったのかもしれない。
私は同情をこめて言った。
「お兄様、最近、お忙しかったですからね。落ち着いたら、フォールで一緒に、のんびりお休みしましょう」
「ああ」
お兄様は嬉しそうに私を見た。
「その時は、あの狭い家で過ごしたい」
「狭いって……、私が借りてたあの家ですか?」
「ああ」
私は首を傾げた。
「別にいいですけど、あれは一人暮らし用の家ですから、ほんとに狭いですよ。お兄様には、窮屈じゃないですか?」
だいたい、最初に訪れた時も「狭い」だの「行政官の館のほうが」だの、さんざん文句言ってたくせに、どういう風の吹き回しだ。
「いや。……あの後、考えたのだが」
お兄様が耳を赤く染めて言った。
「狭いと、いつでもおまえの気配を感じられる。……もしあの家で、おまえと暮らしたらどうだろうか、と想像して……、狭い家というのは、とてもいいのではないかと、そう思ったのだ」
「……………………」
束縛気質監禁大好きの、闇属性ならではのお言葉ですね。
まあ、私もあの家は気に入ってたし、お兄様と一緒にあそこで過ごすことに文句はないけど。
「じゃあその時は、一緒にお料理しましょう!」
私はお兄様に提案した。
「フォールで一人暮らししてた時もメイドを雇ってませんでしたし、今度もそうしましょう。洗濯も掃除もお料理も、ぜんぶ二人でしましょう」
「二人で……」
お兄様が夢見るような眼差しになった。
「……それは、とてもいいな」
私を抱きしめ、お兄様がささやいた。
「おまえと二人きりで過ごせるなど、夢のようだ。……素晴らしい休暇になるだろう」
ご機嫌のお兄様を見上げ、私は心密かに決意した。
これだけ新婚生活を楽しみしてるお兄様に、結婚を先延ばしにしようなんて、とても言えない。
そんなことを言ったら、せっかく処理した爆弾が爆発してしまう。
何としても休暇前、いや結婚前に、SM性生活回避の道を見つけなければ!




