82.神様にお願い
結局お兄様は、粘り強く私を説得し、懇願し、一着だけエロいナイトウェアを購入する権利を勝ち取った。
というか、私が折れた。
お店の人が見守る中、エロ下着を購入するしないで揉めるなんて、恥ずかしさで死ぬ。
ただし三色全種類購入は私の強い主張で退けられ、一つだけ色を選べと言われたお兄様は、悩みに悩んだ末、ピンクを選択した。
……他にもっと悩むべき問題があるんじゃないですか?
お兄様のエロエロ嗜好に商機ありと見た店主は、「また侯爵さまのお気に召すような品々が入荷いたしましたら、こちらからお伺いさせていただきます」と元気よくお兄様に告げていた。やめて。ほんとそれ、私が被害者になるだけなんで。
お兄様……、霞でも食ってるような浮世離れした美貌の下で、そんな驚きのエロエロ嗜好を隠し持ってたんですね。
十年以上一緒に暮らしてたのに、気づかなかった……。
ていうか、どうしよう。
気づかなかったけど、やっぱりお兄様は、闇属性のアブノーマル性的嗜好の持ち主なのでは……。
お兄様、間違いなく真正のドSだよね。
でも、初夜に、いきなりお兄様が鞭とかローソクとか持ちだしてきたら、さすがに受け入れられないんですけど。
どうしよう、鞭をふるって高笑いしてるお兄様、想像しただけで似合いすぎ。
でもでも、私の性的嗜好はごくごくノーマルなんだよー! SMな性生活なんてやだよー!
帰りの馬車で、暗い顔でうつむく私に、隣に座るお兄様が気づかわしげに言った。
「マリア? どうした、気分でも悪いのか?」
どうしたと言われても、まさか初夜に鞭を振るわれるのを心配してますなんて言えない。
私はおそるおそる聞いた。
「あ、あのお兄様……、お兄様は、鞭とか持ってます……?」
「鞭?」
お兄様は不思議そうに私を見た。
「二、三本ほど持っているが」
それがどうした?と聞かれ、私は震えあがった。
「えっ、ななんで鞭持ってんですか!?」
「何故と言われても。乗馬用に揃えてあるだけだが」
お兄様の返事に、私は止めていた息を吐いた。
あ、ああー、そっか、そうだよね。お兄様、騎士だもんね。あー、びっくりした。
ふーっと大きく息を吐く私に、お兄様が小さく笑った。
「……おまえの考えていることは、さっぱりわからぬ」
私もお兄様の嗜好が読めません!
「何を考え、どう行動するのか、まったく予測がつかぬ。……が、愛している」
お兄様は私を抱きしめ、とろけるような笑みを浮かべた。
「愛しくてたまらぬ。……早く、おまえを全てわたしのものにしたい」
うぐっと私は言葉に詰まった。
それは……、つまりそういうことですよね。夜の営み的なことですよね。
どうしよう。
何と言えば穏便に「鞭とかローソクとか、SM的なアレコレはイヤだ」と伝えられるんだろうか。
あー、この前、王宮に行った時、王妃殿下の侍女達に助言をもらっとけばよかった。
でもあの時は、お兄様のSM嗜好疑惑はなかったもんなあ……。
屋敷に着くと、お兄様は私に言った。
「これからまた一度、フォールに戻らねばならぬ。明後日には屋敷に帰るゆえ、その時に中央神殿に出向いて挙式の打ち合わせをしよう」
「……はい……」
「今週末には式を挙げる。体を休めておけ」
「は、はい……」
今日は月曜日だから、土曜日挙式とすると、猶予は四日か!
それまでに何とかしなければ!
「……マリア」
お兄様の声が低くなり、私は顔を上げた。
「お兄様?」
「……おまえに伝言を預かっている。わたしの部屋へ来い」
お兄様の苦々しい表情に、私は不思議に思いながらも素直にお兄様の後をついて部屋に入った。
お兄様は部屋に入ると、私を膝に乗せるようにしてソファに座った。
「え、ちょ、お兄様?」
「………………」
お兄様はしばらく黙ったまま私を抱きしめていたが、私が膝から降りようともがくと、抱きしめていた力をゆるめてくれた。
「……あのー、お兄様、伝言って誰からですか?」
お兄様の隣に座り直し、私が聞くと、
「……パトラッシュという騎士からだ」
嫌そうに顔をしかめ、お兄様が言った。
「え、ラッシ「名前は言わなくていい」
お兄様は私の言葉をさえぎり、言った。
「おまえが他の男の名を呼ぶのは、どうにも気にくわぬ。……相手を叩き斬りたくなる」
小声で付け足されたセリフに、私は戦慄した。
どうしてお兄様は、いついかなる時もスプラッター展開に進もうとするんですか!
名前呼ぶだけで、そんな血なまぐさいことを……。
「その騎士に、おまえとは二度と会わぬと誓わせたが、代わりに伝言を預かったのだ。……約束ゆえ、伝える」
不本意の極み!という顔で、お兄様が私に言った。
『……マリーさん、あなたの兄上から、婚約について教えていただきました。もう会えないのは残念ですが、あなたに会えたことは、人生最大の幸運だと思っています。あなたが手の届かない聖女であることはわかっていますが、自分にとってあなたは、これまでもこれからも、ずっと、治療院の優しいマリーさんのままです。あなたとの思い出は、ずっと忘れません。あなたの幸せを心から祈っています』
棒読みでそこまで告げたお兄様は、言葉を切り、私の表情を伺うようにじっと見た。
「……だそうだ。何か言うことは?」
「え、えと……」
私は視線をさまよわせた。
ラッシュの伝言は、彼の優しく誠実な人柄が現れていて、大変好感が持てる。
もう会えないなんて、私も残念だ。
……が、それをそのまま口にするのは大変危険な行為であると、数々の修羅場をくぐり抜けてきた私の本能が告げている。
これは、これはひょっとして、命の危機再びなのかもしれない。
下手な返事をすれば、「やはり生きているより死体のほうが」と人生終了のお知らせを受け取りそうな気配を、ビシバシ感じる。
うおお、神様、私が聖女だっていうなら、この試練を乗り越えるすべをお与えください!
でないと、お兄様と私、二人そろって人生強制終了となってしまうー!




