81.闇属性の性的嗜好
ウェディングドレスは、驚いたことにほとんど仕上がりかけていた。
もう後は縁かがりを済ませるだけと聞いて驚く私に、店主が、
「侯爵さまがお急ぎのようでしたので、最優先で仕上げさせました!」
と胸を張った。
うーん。
ノースフォア侯爵家の威光を実感する。
権力ってすごい。
予約もなくお店を訪れたのに、私達はふたたび奥の部屋に通され、店主自らの応対を受けた。
ふかふかのソファに座り、店主の説明を受けていると、自分が特権階級の人間になったかのような錯覚におちいってしまいそうだ。
いや、貴族なんだから、特権階級で間違いはないんだろうけど。
でも、今まで私は平民と一緒に普通に働いてたし、元々デズモンド家は権力とはほど遠い家柄だ。
ノースフォア侯爵家に嫁いだとたん、なんか勘違いして、権力を振りかざしたりしないように、気をつけねば。
ウェディングドレスの仕上げで簡単な調整が終わった後、店主がにこやかに、スポンサーであるお兄様へ新しいドレスの売り込みを始めた。
お兄様はドレスの流行なんてサッパリだから、売り込んでも無駄だと思ったのだが、
「……このドレスは、すぐ作れるか?」
意外なことに、お兄様が一つのデザイン画に食いついた。
「こちらは、そうでございますねえ……、通常でしたら一ヵ月はお時間をいただくところですが」
店主は顎に手をあて、思案するように眉根を寄せた。
「しかし、婚約者さまには既に寸法も計らせていただいておりますし、侯爵さまがお望みとあらば! 一週間で仕上げてみせますが、いかがでしょうか?」
「ではこれも頼む」
お兄様があっさりドレスの追加注文をした。
「お兄様、私、今のところ夜会に出席する予定はありませんが」
「……予備として持っていればよかろう」
妙にお兄様の歯切れが悪い。
いったいどんなドレスを頼んだんだ、と私は腕をのばし、お兄様の選んだデザイン画を手に取った。
見ると、それは流行のベルラインではなく、体に沿うような形のドレスで、胸が……。
「……………………」
「外で着る必要はない。屋敷で着ればよかろう」
お兄様が言い訳がましく口にする。
「……お兄様、これ」
「きっとおまえに似合う。……それに、あちこち妙にふくらんだドレスは、抱きしめるのに邪魔でわたしは好かぬ」
いや、お兄様がスッキリしたラインのドレスが好きだっていうなら、そういうドレスを注文したっていいですよ、別に。スポンサーはお兄様なんですから。
だが、このドレスは。
ちょっと……、いやかなり、胸の部分が大きく開きすぎてないですか。
すると、私達の会話からお兄様の嗜好をつかんだらしい店主が、新たなデザイン画の冊子をうやうやしくお兄様に差し出した。
「侯爵さま、こちらは寝衣のデザイン画でございます。美しい婚約者さまの魅力をさらに引き立たせ、夜の営みを燃え上がらせる意匠を尽くしておりますれば、きっと侯爵さまのお眼鏡にかなうかと」
待て待て待て、なんか聞き捨てならないセリフをさらっと言ってないか店主!
お兄様もなに熱心にページめくってんですか!
「ではこれとこれを……、それからこれも」
お兄様がガンガン注文し、店主が嬉しそうにそれを書き留めていく。
「お選びいただいた寝衣は、お色をピンク、白、黒の三種類取り揃えておりますが、いかが致しましょうか」
「……三種類、すべて注文「待ってくださいお兄様!」
私は慌てて待ったをかけた。
「そんなに注文してどうするんですかお兄様! 体は一つしかないんですよ!」
「……予備として持っておけば」
「それにしたって多すぎます! だいたいどんなデザインを」
言いながらお兄様の選んだページをめくった私は、動きを止めた。
なんだこのエロ下着は。
「……お兄様」
「見るのはわたしだけだ」
「着るのは私なんですけど!」
私はふたたびデザイン画に目を落とし、その突き抜けたエロさに呆然とした。
……うっわ。
うっわ、なにこれ、何なのこのエロエロなナイトウェア。
こんなの、異世界にもあったのか。
エロって、世界を超えて通じるものがあるんだな……。
気が遠くなりかけるのをこらえ、私は何とかお兄様を説得しようとした。
「……お兄様、確認なんですけど、これ着るの、私なんですよね?」
「ああ」
「ああって……。私が着たって、こんなデザイン画通りにはなりませんよ。見たってがっかりするだけです」
ナイトウェアにコルセットはない。
自前の胸だけで勝負しなければならないのだ。
「……がっかりなどせぬ」
小さな声で、お兄様が恥ずかしそうに言った。
堂々とエロ下着を何着も注文したくせに、なんでそこで恥ずかしがるんですか。
「きっとおまえに似合う」
「似合いません」
こんなエロ下着、似合うと言われても嬉しくない。
「マリア……」
お兄様が懇願するように言った。
「毎晩とは言わぬ。たまにでいいから、着てくれぬか。三日に一度……が駄目なら、週に一度でもいい。見られるのが嫌だというなら、明りは消そう。他に、何か要望があるなら、可能な限り応えるから」
お兄様が必死に言いつのる。
……なんか、お兄様がこんなに必死になってるの見るのって、初めてのような気がする。
その初めてが、私にエロエロナイトウェアを着せるためって……、引くわー。
闇属性のアブノーマルな性的嗜好って、こういうこと言うんだろうか……。




