78.悪夢
「あ、あのですね……」
あの後、お兄様にさらわれるようにして屋敷に戻った私は、半泣きになりながら言葉を探していた。
突如、屋敷に戻ったお兄様に、使用人達はみなその無事を喜んだが、お兄様の剣呑な眼差しを受け、さっと後ずさりした。
「しばらく、部屋には誰も近づかぬよう」
お兄様の言葉に、使用人達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
あああ……。
誰も助けてはくれない。
覚悟してたけど、お兄様のお叱りを久々に受けるのはキツいよー。
お兄様の部屋で、お兄様と差し向かいでソファに座る。
もはや逃げ場はない。
「も、申し訳ございません……」
私は潔く、深々と頭を下げた。
言い訳しても罪は軽くならない。
早めに罪を認めて改悛の姿勢を示したほうが、お兄様のお怒りが早く鎮まる可能性が高い。
「王太子殿下に、ロッテンマイヤー様……あ、本名はクララ様だそうです……の隣国への脱出を手伝っていただきました」
「……王太子殿下とは、いつ会っていたのだ?」
ラス兄様の低い声音に、背筋が冷える。
「王太子殿下とは、クララ様を脱獄させた、その日にお会いしました。……リーベンス塔から出ようとした瞬間、見つかってしまって……」
「ふむ」
お兄様は長い足を組み、気怠げな眼差しを私に向けた。
こんな時になんだが、すごい耽美な雰囲気が漂っている。やってることは違法尋問なのに、美形は得だ。
「王太子殿下は、何と?」
「は、その……、クララ様を逃がすことは、王妃殿下の命でもあるから、手伝うとおっしゃられて……」
「それだけか?」
うぐっと詰まる私に、お兄様がゆっくりとソファから立ち上がり、私の前まで歩いてきた。
ひ、ひい。
こう、お兄様にゆっくり来られると、ホラー感が増すというか、恐怖が二倍になるというか、とにかく怖い!
お兄様は私の隣に座ると、私の肩に腕を回し、低く言った。
「正直に言え、マリア」
ひいい!
「言います! 王太子殿下は、私に、自分の妃になれとおっしゃいましたあ!」
お兄様の目がすっと細められた。
「……妃」
「もちろん、もちろんソッコーでお断りいたしました! ていうか無理ですから! この指輪がありますし!」
ねっ、とお兄様に左手を差し出すと、お兄様は私の手をとり、そっと薬指を撫でた。
「……この指輪」
お兄様が、どこか虚ろな目で言った。
「この指輪がなければ、おまえは何と答えた? もしおまえが自由なら、なんと……」
「え、いや、断りますよ」
私は即座に答えた。
「私が王太子妃なんて、無理です」
「……側室なら?」
「いや、どっちも無理です。王家に嫁ぐこと自体、無理というか」
そう思いません?と私が言うと、お兄様が大きく息を吐いた。
「……そうだな。無理だ」
お兄様は私にもたれかかり、頬に顔をすり寄せた。
「お兄様?」
「……わたしは、どうかしているな」
今ごろ気づいたんですか?と思ったが、なんだかお兄様の様子がおかしい。
私はお兄様の背中をポンポンと軽くたたいて言った。
「フォールから戻られたばかりですしね。お疲れでしょう」
「……フォールでは毎晩、おまえの夢を見た」
お兄様の言葉に、私はちょっと赤くなった。
わー、そうなんだ。
私の夢かあ。
どんな夢見てくれてたのかな。
と浮かれていたら、お兄様が暗い顔で言った。
「悪夢だった」
……おい。
婚約者が夢に出てきてんのに、それを悪夢とか。
だが続くセリフに、私は衝撃を受けて固まった。
「夢の中のおまえは、王太子殿下に恋い焦がれ、聖女を騙ってまで王太子殿下の気を引こうとしていた」
……え。
偽聖女で、王太子殿下に横恋慕してたって、それは。
「お兄様」
「わたしは、夢の中のおまえに激怒した。おまえは、わたしになど目もくれず、王太子殿下を追いかけ回して……。わたしが何を言っても、おまえはわたしを見ない。胸が焼けるように苦しかった。おまえを恨み、憎んで、わたしは……」
お兄様は苦しそうに胸を掴み、震える声で言った。
「わたしはおまえを殺した。この手でおまえの首を刎ねたのだ」
お兄様のセリフに、私は息を飲んだ。
お兄様が偽聖女の私の首を刎ね、殺す。
そ、それって、前世で読んだスプラッター小説そのままじゃないですかー!!




