72.交換条件
その後、慌ただしく着替えを済ませたロッテンマイヤー改めクララと入れ違いに、リリアが部屋に入ってきた。
「リリア、大丈夫? 痛くない?」
「平気よ。もう少しきつく縛らないと、これ簡単に外れるわよ?」
私はシーツを裂いてつくった紐で、リリアを後ろ手に縛り上げ、両足も縛って、そっと寝台にもたれかかるような体勢にさせた。
「猿ぐつわもしたほうがいいんじゃないかしら?」
「いや、さすがにそこまでは……」
殴って気絶させたことにして下さい、と私はリリアに丁重にお願いした。
「じゃっ、クララ様、行きましょうか!」
私は、持ってきた袋に脱ぎ散らかした服などを素早く詰め込むと、後ろで、まだ呆然としているクララの手を取った。
じゃあね、とリリアに手を振り、特別室の扉を閉める。
まだ見張りは来てないようだが、急いだほうがいいだろう。
私はクララの手を引き、階段を静かに、だが可能な限りの速さで駆け下りていった。
「ま、待って、マリアさま」
クララが階段を下りながら、息をはずませて言った。
「あの方はいったい……? どうしてあのような」
「ここを出たら説明します、もうちょっと待って!」
私は階段の踊り場でいったん止まり、周囲をうかがった。
見張りの足音はしない。
よし、このまま一気に塔を出るぞ!
出口へと通じる廊下に足を踏み出したその瞬間、
「……おや、これはこれは」
面白がるような声音が背後から聞こえ、私はたたらを踏んで立ち止まった。
こ、この声は……。
おそるおそる振り返ると、そこにはキラキラ金髪にキラキラスマイルの王子様が、伴も連れずに一人で立っていた。
「聖女マリアどの、久しぶりだね。後ろのご令嬢は……」
「見逃してください!」
王子様が言いかけるのをさえぎり、私は潔くその場で土下座した。
「聖女どの!?」
「マリア様!?」
一人でわざわざリーベンス塔に来たということは、王子様もある程度、この事態を予測していたということだ。そして伴の者がいなければ、口止めについて揉めることもない。交渉の余地はある、はず!
「マリア、立ってくれ」
王子様が困ったように言い、私に手を差し伸べた。
「……見逃していただけますか?」
顔を上げ、私が言うと、王子様は困ったように笑った。
「最初から、誰にも言うつもりなどなかったよ。いいから、ほら、立って」
王子様の手を取ると、ぐいっと腕を引かれ、体を抱き寄せられた。
「お……、王太子殿下」
「エストリール」
王子様は、私の目を見つめ、言った。
「あなたは一度も、僕の名を呼んでくれたことがない」
当たり前だろ。
というセリフを、私はぐっと飲み込んで言った。
「王太子殿下のお名前を呼ぶなど……」
「恐れ多い?」
「はい、すごく!」
私の返事に、王子様はくすりと笑った。
「……あなたの企みに、手を貸してあげてもいい」
「え?」
王子様は淡々と言った。
「あなたは、リーベンス塔の特別室に収監された罪人を、隣国へ脱出させたいのだろう?」
う……。
改めて言われると、事の重大さに体がすくむ。
だが今さら、手を引くことはできない。
そんなことをしたら、クララは間違いなく殺される。
「……そうです、その通りです!」
覚悟を決めて言うと、王子様が私をじっと見つめた。
「そう。それなら、マリア、僕の妃になればいい」
さらっと王子様がとんでもないことを言った。
「……フ、フヒッ、王太子殿下、またまた、そのようなお戯れを」
うまく笑えず、引き攣ったブタのような声を上げる私に、王子様は真顔で言った。
「これは交換条件だ。……あなたが僕のものになるなら、この件は不問に付す。彼女は安全に隣国へと脱出させてあげよう。……どうする?」




