67.デズモンド家の危険生物
私も王宮に行ったほうがいいのかなあ、と思ったのだが、お兄様の強い意向により、私はいったん屋敷に戻ることになった。
「あの、途中でリリアと別れたあのカフェに寄ることは……」
「なりません。どこにも寄り道せず、まっすぐ屋敷に戻るようにと、レイフォールド様から言いつかっております」
断固たる口調で護衛が言う。
よっぽどラス兄さまが怖いんだろうな。いや、私も怖いけど。
仕方ないので、大人しく屋敷に戻ったわけだが。
部屋に一人でいると、不安でしかたない。
誰かに話を聞いてほしいけど、こんな国家レベルの大事件、私の一存でぺらぺら話していいことじゃないって、さすがの私でもわかるし。
どーしようどーしよう、と一人で部屋をウロウロ歩き回っていると、
「お嬢様、レイフォールド様がお戻りになりました。お嬢様をお呼びです」
メイドに告げられ、私はお兄様の部屋にすっ飛んで行った。
「マリアです、失礼します!」
勢いよくお兄様の部屋に入ると、お兄様はちょうど、あの不吉な黒い長剣を鞘から抜き放ったところだった。
ヒィッと私が思わず一歩下がると、お兄様が気づき、剣を鞘に納めた。
「……マリアか」
「ラ、ラス兄さま、なんで剣……」
「ああ、状態を確かめていた」
何でもないようにお兄様は言ったが、しかし、お兄様はむやみやたらと抜刀したりはしない。
この間の襲撃もそうだったが、お兄様が剣の状態を確かめる時、それすなわち、戦闘開始の合図である。
「……お兄様、フォール地方へ行かれるのですか」
「そういう事になるだろうな。わたしは王都で一番、あの地方に詳しい。正式な命令はまだ出ていないが、今回はわたしが騎士団を率いることになるだろう」
騎士団長はだいぶ高齢だし、それが妥当な決定だというのはわかる。
「私は……」
「おまえは王都に残れ」
お兄様は即座に言った。
「……お兄様、ラッシュの言う通りなら、私も行く必要があるのでは」
神官長の言葉をうのみにするわけではないが、闇の魔術が使われているなら、私もいたほうがいいに決まっている。
しかし、
「おまえは来ぬほうがいい」
お兄様はかたくなにくり返した。
「……何か問題があるのですか」
お兄様は疲れたように息を吐いた。
めずらしい。三日くらい徹夜しても平気な顔してるお兄様が。
「確証はないが、恐らくこれは罠だ」
私はエッと驚いてお兄様を見た。
「罠って。こんな大がかりな罠をいったい誰が」
言いかけて、私は気づいた。
そもそも、王宮所属の魔術師を手の者として使用できるような、強大な権力を有する貴族など、限られている。
闇の魔術が使われていること、フォール地方が狙われたこと等を考え合わせると、私でも簡単に答えが出た。
「ゼーゼマン侯爵は、何としてもおまえを潰したいようだ」
ヒイイイイ!
やっぱりそうか! ゼーゼマン家なのか!
「で、でも、なんで私……? 私、べつにゼーゼマン侯爵に復讐しようとか、そんな物騒なこと考えてませんよ」
放っておいてくれれば、私は誰にも危害など加えず、日々真面目に働き、たまの休日に甘味を楽しむだけの、大人しく無害な生き物なのに。
「……それをゼーゼマン侯爵に納得させるのは、至難の業だな」
お兄様が皮肉っぽく笑った。
「ゼーゼマン侯爵は、王家の権力を望んでいるのだ。国家を思いのままに動かす力を欲している。……だが、今までは目ざわりなデズモンド家が何かにつけて邪魔をしてきた。まず最初に、闇の魔力を有した王家筋の赤子を奪られた。その赤子を王に担ぎ上げられる前に、デズモンド夫妻をようやく亡き者にできたと思ったら、今度はなんと聖女が現れた」
お兄様はため息をついた。
「おまえの力は未知数だ。しかし、王宮で実際に祝福の光を目の当たりにしたゼーゼマン侯爵が、それを脅威に感じても無理はない」
「脅威って……」
なんか猛獣扱いされてるけど、私はそんな危険生物ではありません!
「私より、よっぽどお兄様のほうが強いし、ゼーゼマン侯爵家だって、絶対お兄様を狙ってますよ!」
「それは以前からの話だ。今さらどうということもない。……わたしより、おまえのほうが問題だ」
さらっと流されたけど、以前からって……、えええ……。
お兄様、デズモンド伯爵になりたての頃、忙しそうだったから大丈夫かなーって心配してたんだけど、もしかしてあの頃から、そんな殺伐とした状況にあったのか……?
「お兄様がそうおっしゃるなら、私は屋敷に籠ってますが、でも、お兄様なしの屋敷と、お兄様付きのフォール地方だったら、後者のほうが安全な気がするのですが」
私がそう言うと、お兄様が珍しく声を上げて笑った。
「嬉しいことを言ってくれる。……そうか。わたしがいた方が、心強いか」
微妙にニュアンスが違う気もするけど、まあ、うん、そういうことでしょうか。
お兄様は満足そうに私を抱き寄せた。
「わたしとて、おまえと離れたくはない。……だが、今回このような暴挙に出たということは、ゼーゼマン家はかなり追い詰められていると見ていい。自暴自棄になって、どんな手段に訴えてくるかわからぬ以上、万が一にもおまえを危険にさらすことはできぬ」
うーん。
危機管理能力ほぼゼロの私には、お兄様に反論する理由が思い浮かばない。
しかし、
「あの……、ほんとに何か、私でもお手伝いできることがあったら、遠慮なくおっしゃってください。今のところ聖女の力は問題なく使えますし、その、私でもお兄様のお力になれたら、う、嬉しいかなーと……」
「マリア」
お兄様は私をきつく抱きしめ、ささやいた。
「その言葉が本当なら、この叛乱を鎮圧した後、わたしの妻になってくれ」




