66.フォール砦の叛乱
「フォールの砦は、王都から派遣された魔術師達の手に落ちました」
ラッシュの衝撃発言に、私だけでなく、部屋にいた全員が息を飲んだ。
ただ、お兄様だけは顎に手を当て、考え込むように少し黙っていた。
まさかお兄様、こんな事態を予測してたとか言わないですよね?
「なんと……、それは、一体どういうことだ。王宮所属の魔術師が、謀反を起こしたとでも?」
「……わかりません」
神官長の言葉に、ラッシュは苦しそうに答えた。
「魔術師だけでなく、塔に所属する騎士も、3分の1程度ですが、魔術師達に呼応して砦を占拠したのです」
「なに!?」
「騎士達まで!?」
神官達は驚きの声を上げた。
「なんということだ。魔術師のみならず、騎士達まで……。計画的な謀反ではないか」
「そんなはずはありません!」
ラッシュが必死に言った。
「砦の占拠に加担した騎士達の中には、わたしの知り合いもおります。彼らが謀反を起こすなど、あり得ない話です」
「あり得ぬも何も、実際に砦を占拠しているなら、それは謀反ではないか!」
神官の一人がいら立ったように言った。
「すぐに王宮に知らせを! フォール地方の砦が魔術師と騎士達の手によって占拠された、計画的な叛乱である、と!」
「お待ちください!」
ラッシュが声を上げた。
「これは何かの間違いです! 彼らは……、何か、どこかがおかしかった。まるで中身が入れ替わったかのような……、操り人形のような」
ラッシュの言葉に、お兄様が顔を上げた。
「操り人形」
「は、はい。まるで自分の意思をなくしたかのようでした」
「バカバカしい」
神官が蔑むようにラッシュを見た。
「身内を庇いたいのはわかるが、事ここに至ってそのような戯言を」
「本当です!」
ラッシュが必死に言いつのった。
「実際にご覧になれば、お分かりになるはずです! 彼らは、いつもの彼らではなかった!」
「一つ、聞きたいのだが」
お兄様が、落ち着き払った様子でラッシュに言った。
「砦の占拠に加担した騎士達は、3分の1程度だと言ったな。そやつらに共通点はあるか?」
「共通点……」
考え込むラッシュに、お兄様が言った。
「何でもいい。下らぬと思われることでも、すべて包み隠さず申せ」
「……共通点というか……」
ラッシュは、迷うように言葉を切り、私を見た。
え、なに? まさかこの謀反に私が関係してるとか、言わないよね?
「その……、操り人形のようになった騎士達は、普段、怪我などをした際、砦に所属する魔術師に治療をしてもらっていました」
「それは通常の処置ではないのか?」
神官の一人が言った。
「砦に所属する魔術師でなければ、誰に治してもらうと言うのだ」
神官の言葉に、ラッシュと、何故かお兄様が私を見た。
「え、私……?」
「……そうなんです」
ラッシュが、少し気まずそうに私に言った。
「砦の占拠に加担しなかった騎士達は、わたしも含め、皆、マリーさん……、聖女さまの治療を受けておりました」
「……………………」
偶然じゃないですか?
とは、この状況では流石に言えない……。
でもたしかに、なんかフォールの騎士様たちって、妙に砦の魔術師を毛嫌いしてるというか折り合いが悪くて、私のいる民間治療院に足しげく通ってくれる人が多かったんだよね。
私も深く考えず、砦って閉鎖的だから、人間関係いろいろあるんだろーなーくらいにしか思ってなかったんだけど。
「おお、わかりましたぞ!」
神官長が、突然大声を上げた。
「謀反に加担しなかった砦の騎士達は、聖女様の聖なるお力によって清められ、砦の魔術師どもの呪いから守られた、と。そういうことですな!」
えええ……。
いや待って。私、ほんとに治療以外、何もしてないんだけど。
百歩譲って、何らかの関係があったとしても、清めたとか聖なるナントカとか、そういうのは違うと思うんだけど。
「端的に言えば、そういうことだろうな」
お兄様まで!
「王宮に伝令を。フォール地方の砦に派遣された魔術師達が、謀反を起こしたと。魔術師は、何らかの禁術を使用し、騎士の3分の1を操り人形としていることも、併せて伝えるように」
「はっ!」
神官の一人がお兄様の言葉を受け、慌てて部屋を飛び出して行った。
「わたしもすぐ、王宮に転移する。できればその騎士も共に転移させたいが、可能か」
「わたしは平気です!」
ラッシュが急いで寝台を下りた。
「怪我はすべて、マリーさ……、聖女さまに治していただきました!」
「………………」
お兄様は一瞬黙り、ラッシュと私を睨みつけた。
いやいやいや、ちょっと待って!
別に何も、やましいことなんて何もしてませんから!
治療、治療しかしてませんから!




