65.感動のご対面
怪我は癒えたようだが、ラッシュは全身血まみれ状態だったため、神官の一人が水と清潔な布を持ってきてくれた。
私は血のこびりついた包帯をそっと剥がし、水に浸した布で汚れを落とすようにラッシュの体を拭いた。
「聖女さまがそのようなことを……」
神官長が慌てたように言ったが、フォール地方では毎日やっていたことである。
ていうか、この部屋の中で一番、そういう経験値が高いのって、私じゃないだろうか。
神官達は治癒術は使えても、病人の世話したりとかはしないはずだし。
私の手慣れた様子に、神官長も諦めたように口をつぐんだ。
「……しかし、中央広場に緊急転移とは。ここ数十年、なかったことです。それに、騎士どのの、その怪我。闇の魔術による傷とは……」
神官の一人が、つぶやくように言った。
たしかに、地方から中央広場への緊急転移は、よほどの場合でなければ認められない。
みだりに緊急転移を使用する者は、禁固数年などのかなり重い処罰を下される。
だが、先ほどまでのラッシュの怪我の状態を見ても、その「よほどの何か」があったということはわかる。
いったい何が、と考えていた時、乱暴に部屋の扉が開けられた。
「マリア!」
お兄様が息を乱して部屋の中に走り込んできた。
「マリア、無事か! 怪我は!?」
「お、お兄様」
寝台に横座り状態だった私の両腕を、お兄様はがしっと掴んだ。
「あの、いえ、私は何ともありません。怪我をしたのは、こちらの……」
言いかけて、私は一瞬、躊躇した。
いや、こんな状況なんだし。
正式な名前を言うべきなのは、わかっているんだけど。
でも、こんな緊迫した状況だからこそ!
私の腹筋は耐えられるのだろうか!?
「その……、こちらは、フォール地方から緊急転移された騎士様で、パ……、パトラッシュ、様と……」
そこまで言うのが限界で、私は口を閉じてうつむいた。
「パトラッシュ」
お兄様が眉をひそめた。
「フォール地方の砦に所属する、南方出身の騎士だな」
えっ、と私は驚いて顔を上げた。
え、なんでお兄様、そんなことまで知ってんの。
「……以前、おまえが言っていた『ラッシュ』なる騎士を調べさせた」
お兄様の言葉に、私は、ああ!と声を上げそうになった。
あー、そう、そう! 私、お兄様に言ったことあったわ!
ただ、正式名称じゃなくて、愛称しか言ってなかったような気がするけど。
『ラッシュ』だけで、砦の騎士全員の中から『パトラッシュ』を導き出したのかあ……。
お兄様の諜報能力、国家機関並みじゃなかろうか。
「パトラッシュとやら」
お兄様は、寝台に起き直ったパトラッシュと向き合い、重々しく言った。
「レイフォールド・ラスカル・デズモンドである。フォール地方領主である私に、何用か」
おおお!
お兄様が、名乗りを上げた!
ラスカルだよーって、パトラッシュに言った!
こ、こんな貴重なシーンを見られるとは……。
この感動を誰とも分かち合えないことがツラい!
「このような恰好で失礼いたします、デズモンド伯爵様。わたしはフォールの砦に勤務する騎士、パトラッシュと申します」
パトラッシュも名乗った!
ラスカルとパトラッシュが、互いに名乗りあった!
うわあああ、こんなことってあるんですね!
ラスカル! パトラッシュ!
感動をありがとうーっ!!
「おお、祝福の光が……」
神官長がうやうやしく私を拝む。
あ、いけね。
つい祝福の光がダダ漏れになってた。
私は、怪訝そうに私を見るラス兄様とラッシュに、ごまかすように愛想笑いを浮かべたのだった。




