63.懐かしいあの人
数日後、私は護衛付きではあるものの、リリアと一緒に王都で人気のカフェを訪れることができた。
そう!
フォール地方へ行く直前、リリアとお別れ会と称して暴飲暴食を楽しんだ、あの非常に美味なチョコレートケーキを味わえるお店である!
「冬に入って、新作もたくさん出てるらしいわよ」
リリアの悪魔のささやきに喉が鳴る。
「リ、リリア、新作1種類ずつ頼まない? いけそう?」
「任せて。朝食はスープだけよ」
さすが親友、私も同じことしてたよ!
店内に入る際、何か問題があったらしく、王都の警備兵から護衛が連絡を受けていた。
護衛はお兄様にきつく言い含められているらしく、私達の側を離れることを渋ったが、王都中央の人気カフェ店でどんな危険があるというのか。あるとすれば、食べ過ぎくらいだろう。
私は気軽に「私達はしばらく店内におりますから、どうぞお気になさらず」と護衛に告げた。
そんなことより、新作スイーツが!
夢にまで見たこの店の新作スイーツが、私を呼んでいるのだ!
私達は窓際の見晴らしの良いテーブル席に案内され、注文した新作全種類のケーキがくるまで、あれこれと近況を報告しあった。
「ゼーゼマン侯爵家の養女が、リーベンス塔に収監されたわ」
リリアが言い、私の表情を気にするように見た。
「……王妃殿下から伺ったのだけど、マリア、なぜ嘆願書など出したの? 公にはされていないけれど、あの養女は聖女を騙っただけでなく、あなたに危害を加えようとしたと聞いたわ」
「んー、まあ、でも実際はほら、私ピンピンしてるし」
「マリアったら」
リリアはため息をついた。
「何か事情があるなら、これ以上は聞かないけど。……でも、もしデズモンド伯から強要されてのことなら、それは許されることではないわ」
リリアの言葉に、私は曖昧に笑った。
お兄様とアメデオの言った通りだった。
世間的にはすでに、「ロッテンマイヤーをノースフォア侯爵家が助ける」→「ロッテンマイヤーはノースフォア侯爵家の手駒」という見方が成立しているようだ。
しかも、私からの嘆願書が公になるや否や、ゼーゼマン侯爵家は、「ロッテンマイヤーが神官を買収し、聖女を騙っていた」と言い出したのだ。
神殿側からの突き上げをかわし、かつ、ノースフォア侯爵家に取り込まれた(完全に誤解なのだが)ロッテンマイヤーさんを切り捨てたことを、周囲に知らしめるためだろう。やり方がえげつないです。
リリアが私を心配するのも、無理はない。
ノースフォア侯爵家の手駒であるロッテンマイヤーを助けるために、私が利用されているのではないかと、そう疑っているのだろう。
……真相は逆で、私がお兄様に頼み込んだからなんだけど。
お兄様自身は、この疑惑を利用できると考えているらしく、「わたしがおまえを使って、ロッテンマイヤーの助命をさせたと思われているなら、そのほうが色々と好都合だ」と平然としていた。
なんか、ゼーゼマン侯爵もお兄様も、清々しいくらいロッテンマイヤーさんを駒の一つとしてしか見ていない。
上に立つ人間は、そうあるべきだとわかってはいるが、でも、私はどちらかと言えばロッテンマイヤーさん寄りの人間なので、どうしても色々と考えてしまう。
口に出せないモヤモヤに黙り込んでいると、タイミングよく私達のテーブルに新作スイーツの数々が運ばれてきた。
「ほああああ!」
「まあ……、素晴らしいわね!」
さすが、スイーツ激戦区の王都で、長く変わらぬ人気を誇るお店だけある。
冬の新作スイーツは、見た目も大変可愛らしく、非常に非常に美味しそうだった。
私は果物をふんだんに使用したタルトを、リリアは濃厚そうなチョコレートケーキを最初に選んだ。半分食べたら相手と交換する、言葉にせずとも了解済みの、確たるルールである。
「いただきます……」
心の底から感謝の念にうち震えて呟くと、私の体から穏やかな白い光があふれた。
だが、これはもう止めようがないというか、この見た目も味も芸術品なスイーツを食べることに感謝をしないなんて、それこそ罰当たりな行為である。
祝福の光の一つや二つ、出たって仕方がない。
「まあ、マリア」
リリアはちょっと驚いたように私を見たが、すぐ、心得たように頷いて祈りの形に手を組んだ。
「神よ、この麗しい天上の甘味に感謝いたします……」
うんうん、感謝します! 神様ありがとうーっ!
周囲のテーブルからは「聖女?」とか「あれ祝福の光じゃない?」などのささやき声が聞こえてくるが、まったく気にならない。
ていうか、スイーツしか目に入らない。
祈りを終え、息をととのえて、いざ!
とフォークを手にした瞬間、
「聖女さま、大変です!」
護衛が、息を乱して店内に駆け込んできた。
私はタルトに突き刺す寸前だったフォークを止め、ギギギと顔を護衛に向けた。
いや、ちょっと待って。
どんな大変な事態かわかんないけど、お願いだからあと3秒、待ってくれないかな。
この、このツヤツヤ果実のタルトをせめてひと口食べるまで、それまで待ってくれないかな!
「聖女さま、先ほど中央広場に、騎士1名が緊急転移で現れました!」
知らねーよ!
と答えるのを、私はすんでのところでこらえた。
「ま……まあ、そうなの、それはとっても大変ね。でもそれは王都の警備兵に」
「騎士はパトラッシュと名乗り、聖女マリア様とフォール地方領主デズモンド伯へ目通りを願っております!」
私はフォークを取り落とした。
「えっ?」
「騎士は負傷しており、現在中央神殿へと運ぶ途中で……」
護衛の言葉の途中で私は席を立った。
「すぐ中央神殿に参ります。お兄様に知らせを」
「はっ」
護衛が慌ただしく店を出てゆき、私はリリアに向き直った。
「ごめんなさい、リリア。私もよく事情はわからないんだけど、知り合いの騎士様なの」
「……わたしも一緒に行きましょうか?」
リリアが心配そうに言った。
「あなた一人で怪我をした騎士様に対応するなんて、心配だわ」
「大丈夫よ、お兄様もすぐいらして下さるだろうし」
私はなんとか笑顔を作り、リリアに言った。
何がなんだかわからないが、負傷したラッシュが王都に緊急転移するなんて、異常事態だ。
フォール地方で何かが起こったに違いない。
私はリリアに謝って、急いで店を後にした。
「中央神殿へ。急いで!」
御者に声をかけ、慌ただしく馬車に乗り込む。
どうしよう。
ラッシュが怪我なんて、フォール地方で何が起こったんだろう。
私は目を閉じ、不安な心をなだめるように、無意識に薬指にはめた指輪を握りしめた。




