62.ロッテンマイヤーさんをめぐる思惑
アメデオは私達の痴話喧嘩(?)もまったく気にすることなく、さらに報告を続けた。
「ゼーゼマン家と隣国のつながりについてなのですが」
「……それはある程度、調べがついている。ゼーゼマン家は、武器の密輸で成り上がった。隣国の内戦にも、関与しているはずだ」
一気にきな臭くなった話に、私は緊張した。
武器の密輸かあ……。
たしかに儲かるだろうけど、それで成り上がると色々と問題も出てくるだろうな。
王妃殿下がご実家と距離をとられているのも、そこら辺が原因なのかもしれない。
「ただ、ゼーゼマン家もうまく立ち回っているので、内戦に関与したという確たる証拠は得られませんでした」
「まあ、しかたない。今回はそれで十分だ。出自もわかったことだし、これ以上ロッテンマイヤーの処理を延ばす必要はない。今週中にも処分を奏上しよう」
私は驚いてお兄様を見た。
「あの、お話し中、申し訳ありません。ですが、お兄様、ロッテンマイヤーさんの処理とは……」
「あれは聖女を騙ったのだ。たとえ強要されたのだとしても、結果的には本人も納得の上で罪を犯したのだから、法に照らして相応の処分を下されるべきだ。……言っておくが、わたしが処分を奏上せずとも、どこかからは声が上がるぞ。ゼーゼマン家はあちこちから恨みを買っているからな」
「真っ先に神殿が声を上げるでしょうね! なんてったって、ゼーゼマン家は言うにことかいて、神官が聖女鑑定を誤ったと言ってるんですから。神殿の権威に泥を塗られたも同然ですし、神殿側は腸煮えくり返ってるんじゃないですかね。レイフォールド様もうかうかしてると、神殿に先を越されてしまいますよ!」
お兄様とアメデオのやり取りに、私は真っ青になった。
……そんな。
ロッテンマイヤーさんが、処分……。
偽聖女だから、処分って……。
「あ、あのあの、処分って、どのような……、しばらく謹慎するとかじゃ駄目なんでしょうか?」
お兄様とアメデオが、なに言ってんだコイツという目で私を見た。
「処分なんて、処刑一択ですよ」
「それが妥当だな」
私は悲鳴を上げるのを、すんでのところで堪えた。
「……それは、あまりにも」
「重い処分と言うつもりか? だがマリア、忘れているようだからもう一度言うが、おまえはロッテンマイヤーに、闇の種子を埋め込まれたのだ。幸い種子は発芽せず、おまえに何の影響も出なかったから良かったものの、通常なら今ごろ、おまえはゼーゼマン家の操り人形となり、自我をなくした生ける亡者となっていたのだぞ」
お兄様の言葉に、私はうつむいた。
お兄様の言う通りだ。わかっている。
でも、ロッテンマイヤーさんに選択肢なんてあったんだろうか。
身一つで故郷から逃れ、母親を亡くし、頼る者もない異国の地でゼーゼマン家に利用されてしまった。
もし自分だったら、と考えると……。
はあ、とお兄様が深いため息をついた。
「……聖女の慈悲という形で、嘆願書を出すこともできるが」
「お兄様」
「もし、おまえがどうしてもと言うなら、処分の奏上と一緒に嘆願書を提出する。死一等を減じ、僻地への流刑、もしくは終身幽閉あたりが妥当か」
「……出来るんですか? 可能なんですか、それ?」
「おまえが望むなら」
「お兄様!」
私は勢いよくお兄様に抱きついた。
「ありがとうございますお兄様! 大好き! 大好きです!」
「……マリア」
お兄様は私を抱きしめ、もう一度ため息をついた。
「まさか、ゼーゼマン家の手の者を助け、おまえに感謝されるとはな」
「えー、レイフォールド様、ほんとに助けるおつもりなんですか?」
アメデオが不満そうに言った。
「ああいう輩を助けても、ろくなことないですって。後の火種を残すだけです。せっかくの機会なんだし、サクッと殺っちゃえばいいのに」
「おまえは黙っていろ」
お兄様に睨まれ、アメデオは肩をすくめた。
「まあ、これが知れ渡れば、逆にゼーゼマン家は疑心暗鬼におちいるかもしれませんがね」
「そうだな。手駒が一つ、増えるかもしれん」
アメデオとお兄様のやり取りに、私は首を傾げた。
会話がぜんぜん見えない。
戸惑う私に気づいたのか、アメデオが愛想よく説明してくれた。
「ロッテンマイヤー嬢は、ゼーゼマン家の手先です。それをわざわざ助けようとするなんて、ノースフォア家側に何か思惑があると勘ぐられるでしょう。最初からロッテンマイヤー嬢に、ノースフォアの息がかかっていたと思われるかもしれません。マリア様の闇の種子の発芽に失敗したのも、わざとだったのではないかと、そう誤解されるかもしれませんね」
「そうなれば、ロッテンマイヤーをこちらの手駒にできる」
お兄様はちらりと私を見た。
「ゼーゼマン侯爵は、想像もできぬだろうからな。おまえがただロッテンマイヤーを哀れに思い、それだけの理由で命を助けることを望んだなどと。たとえおまえ自身がそう言ったところで、信じぬだろう。……人は自分の物差しでしか、人をはかろうとせぬ。ゼーゼマン家は計算高く、己の利にならぬ者を簡単に切り捨てるが、いつかそれが、ゼーゼマン家を破滅させる原因となるかもしれんな」




