57.婚約破棄の危機
「ちょ、ちょっと、お二人とも、ちょっとお待ちください!」
応接室のテーブルの上に、アメデオが鞄から取り出した数々の薬品が並べられていく。
これとこれを組み合わせたほうが、いやこちらのほうが効果は高い、とか勝手にマッドサイエンティスト達が話し合うのを、私は大声をあげて遮った。
「どうした、マリア」
「どうかなさいましたか、聖女様」
二人とも、私の恐怖にちっとも気づいていない。
「あのあの、私が飲む、そのお薬の副作用っていったい……」
「……あー」
私の言葉に、アメデオが気まずそうに視線をそらした。
なになになんですか、その反応はいったいなんなんですか!
「それにつきましては、どうぞレイフォールド様からご説明を」
アメデオに丸投げされたお兄様が、視線をさまよわせた。
「……ラス兄様?」
「ああ。……まあ、稀に体に不調があらわれることもあるようだが」
「どういう副作用なんです?」
「………………」
お兄様はため息をついた。
「……それは、元々は媚薬を改良した薬だ」
「びやく」
「改良を進めた結果、禁術による呪いを排除する効能が、偶然発見された。……副作用というか、元々の薬の効能も残っているため、服用すれば神経が過敏になり、体の自由がきかなくなる」
「………………」
私は半目になって目の前のマッドサイエンティスト達を睨んだ。
オイおまえら、正気か。
一応、嫁入り前の伯爵令嬢を相手に、堂々と改良版媚薬を飲ませようとしてたのか、え?
お兄様がもう一つ、ドロドロの青黒い液体の入った瓶を手に取って言った。
「……この飲み薬とあわせて摂取すれば、副作用も多少は抑えられるはずだ」
多少ってなに。
「そういう問題ではございません」
私は静かに言った。
「しかし、これが一番効果が高く」
「お兄様」
私はぴしゃりと言った。
「どうあってもその薬を飲めとおっしゃるなら、わたくし、お兄様との婚約を破棄させていただきます」
ピシッとその場の空気が凍りついた。
「マリア、待て」
「待ちません。お兄様、お選びください。私にその薬を飲ませて婚約を破棄されるか、薬を飲ませないと約束するか、二つに一つです」
「……わかった、わかった約束する、薬は飲ませない!」
お兄様が叫ぶように言った。
「決して薬は飲ませぬ。だから……、婚約は」
「そういうことなら、ええ、破棄はいたしません」
私の返事に、お兄様が深く息を吐いた。
「良かった。……しかし、何故そんなにこの薬を飲むのが嫌なのだ?」
「逆に、この薬飲むの嫌がらない令嬢がいらっしゃったら、教えてほしいんですけど」
しかし、アメデオは納得がいかないようで、なおも言い張った。
「えー、でも、塔の魔術師特製の媚薬は、社交界で大人気なんですよ。効果が高いうえ後に引きずらないって、非常にご好評をいただいている大人気商品で」
「おまえは黙っていろ」
お兄様がぴしりと言った。
そういえば、闇属性って「アブノーマルな性的嗜好を持っている」とか占いで言われてたっけ。
アメデオもお兄様も、媚薬になんの忌避感も持っていないようだし、やっぱり闇属性って……。
「マリア、薬は飲ませないと言っただろう。なぜ逃げる?」
無意識にお兄様と距離をとろうとしていたようで、隣に座るお兄様が私の腰に腕を回し、体を引き寄せた。
「……おまえの嫌がることはせぬ。だから、マリア……」
なだめるように頬にキスされ、私は大人しくそれを受け入れた。
「愛している、マリア」
抱きしめられ、耳元でささやかれる。
「おまえもわたしを想っていると、そう聞かされて、どれほど嬉しかったことか。……今さら、おまえを失うなど耐えられぬ。それくらいなら、死んだほうがましだ」
お兄様は私を抱きしめたまま、切々と訴えた。
……お兄様……。
死んだほうがましとか、ちょっとそれは……。
ちょっと怒りすぎたかなーと、一瞬、反省しかけたが、
「飲み薬が駄目なら、この呪具はどうでしょう?」
「それは臨床検査数が少なすぎる。効果も限定的だし、それならこちらの魔道具のほうが」
ふたたび白熱した議論を展開する二人に、私はため息をついた。
やっぱりこいつら、闇属性マッドサイエンティストだ。




