56.闇の禁術とマッドサイエンティスト達
「おそらくは、闇の種子でしょうね」
アメデオが応接室のソファに座り、屋敷に持ち込んだ古い書籍をめくりながら言った。
お兄様と私が、その向かいのソファに並んで座っている。
それはいいのだが、お兄様が私の肩を抱き寄せ、時おり髪や頬を撫でるのが恥ずかしくてしかたない。
アメデオがまったく気にしてなさそうなのが救いだ。
「レイフォールド様は目立ちますから、お店の予約を取られた時から狙われてたのかもしれませんね。ゼーゼマン侯爵家なら、お針子の一人や二人、店にねじ込むことなど簡単でしょうし」
アメデオが考え込むように言った。
「採寸の時、痛みを感じたとおっしゃいましたね。恐らく、その時に闇の種子を埋め込まれたのでしょう」
ひい、と私は震えあがった。
そ、そんな恐ろしそうなものを体に埋め……、うわうわ、気持ち悪いーっ!
「お、お兄様、その種子?か何か、取っていただくことはできませんか?」
体の中にそんなもんが入ったままなんて、気持ち悪いよー!
「大丈夫です、聖女様!」
アメデオが力強く言った。
「もうそれは無害化しているようで、何の影響も感じられませんから!」
いや、無害ならそれでいいとか、そういう問題ではないのですが。
「しかし、珍しいですねー。闇の種子を植えつけられて、何の影響も出ないなんて。よほど負の感情が薄いんですね、マリア様は」
感心したように言われ、私は首を傾げた。
「うーん、でも、ロッテンマイヤーさんに微笑みかけられた時、なんか頭がクラクラするような感じがしましたよ」
「それは闇の種子の力ですね。ロッテンマイヤー嬢が闇の種子を通して、マリア様を操ろうとしていたのでしょう。……しかし、クラクラしたと仰いましたが、それ以外に何か、体に影響はなかったんですか?」
「いえ、特には。お兄様に怒鳴られた瞬間、そのクラッとした感覚も消えましたし」
「へー!」
アメデオが感心したように叫んだ。
「聖女様って、ほんとにすごいんですね! そもそも、闇の種子を植えつけられたのに、レイフォールド様にも感知できないほど影響がないなんて、そこからして異常ですからね! しかも、禁術の使用者本人が直接マリア様を操ろうとしてるのに、それを簡単に振り切るなんて! 闇の種子は人によって効果にバラつきがありますが、それにしても、ここまで何の作用も生じないなんて、あり得ない話ですよ!」
闇の魔術って、そういうもんなんだろうか。
私は闇の魔術にはまったくといっていいほど無知なのだが、人によって効果に差が出たりするような魔術は、珍しい気がする。
私の疑問に気づいたのか、アメデオが勢いよく解説を始めた。
「闇の魔術はですね、相手の精神に作用するような、非常に繊細なものが多いんです。今回使用された闇の種子は、埋め込まれた相手の負の感情、恨み妬み憎しみといったものですね、それらを糧に体内で成長します。まあ、闇の禁術ではけっこうメジャーな呪いですが、しかし、今回はうまく痕跡を消しているので、それで気づかれなかったんですねー」
「……わたしの落ち度だ。おまえに何かあったのはわかっていたのに、見過ごした」
お兄様が悔しそうに言う。
「いや、そんな。私が採寸の時にあったことを、ちゃんとお話ししていれば良かっただけで」
お兄様は、ふう、とため息をついた。
「こうしていても、闇の種子の痕跡をつかむことができぬ。影響もほとんど出ていないようだ」
「まったく、驚くべきことです!」
アメデオが嬉しそうに言った。
「闇の種子を使い、一時的に聖女の力を遮断して使えなくしてしまえば、マリア様は疑心暗鬼におちいるだろう、と。その負の感情を糧に、体内に埋め込んだ闇の種子を発芽させ、最終的には術者の操り人形にしてしまおうと考えたのですね。……闇の種子自体は古くからあるメジャーな呪いですが、痕跡を限りなく薄くしたことにより、気づかれずに済んだわけです。ただ、マリア様の負の感情の少なさ……というか、それらがほぼ存在しないという想定外の要素によって、ゼーゼマン侯爵家は、目論見をひっくり返されたわけですが」
アメデオは私をしげしげと見た。
「普通、それまで出来ていたことが急に出来なくなると、人は落ち込んだり悲しんだり、何らかの負の感情を抱くものです。ましてや、目の前に犯人と思われる疑わしい人物がいたら、その人物に対して、憎しみや嫌悪など、負の感情を抱くのが普通です。しかしマリア様は、そうした感情を一切抱かなかった」
変人の見本のようなアメデオに、暗に「普通じゃない」と言われてしまった。
あの時は、偽聖女設定が終わった!と思って、ただただ嬉しかっただけなんだけど。
結果的に、それが闇の種子の発芽を防いだわけだから、人生、何が幸いするかわからない。
「疑心暗鬼におちいるどころか、マリア様の心には、祝福の光を顕現させるほど感謝と喜びの念があふれた。そうした感情は、闇の種子に限らず、あらゆる闇の魔術にとって天敵のようなものです。結果、闇の種子はマリア様の神力、祝福の光に焼き尽くされて枯れてしまった。……ふむ、まったく、驚くべきことです。聖女とは、そうしたものなのでしょうか」
つぶやくようなアメデオの言葉に、お兄様が肩をすくめた。
「どうだかな。……マリアは昔から変わっていた。聖女ゆえの特性と言ってしまえば、それまでだが」
お兄様まで、なんという言い草。
私が非難するようにお兄様を見上げると、
「……そうだな、おまえは昔から、他の誰とも違っていた。わたしはおまえから目が離せなくて……、いつの間にか心を奪われていた」
お兄様に甘くささやかれ、私は下を向いた。
こんな時でも口説いてくるとか、なんという恋愛脳。
アメデオもフツーに「そうなんですねー」と軽く流しているが、それでいいの? そういうもんなの?
「しかし、今回は闇の種子を発芽させずに済んだが、次はどうなるかわからん」
「相手もあせってるでしょうしねー」
アメデオはにこにこしながら相槌を打った。
「闇の魔術、それも禁術となると、一見、攻撃魔術とは判別できないものもありますからね。通常の防御魔術をすり抜けてしまいますから、厄介です」
「……あの薬が使えるのではないか?」
お兄様が考え込みながら言った。
「あれなら、禁術を無効化できる。連用は避けたほうがいいだろうが……」
「あのハズレ新薬ですかあ」
アメデオはちらっと私を見た。
「まあ……、禁術を遮断することはできますし、レイフォールド様がいらっしゃるなら、副作用があっても問題ないでしょうが」
待て待て待ってくれ!
なんだかとてつもなく、イヤな予感がするのですが。
もしかして私は、アメデオ言うところの「ハズレ新薬」、連用は避けたほうがいいとお兄様が言うくらいヤバい薬を、このマッドサイエンティスト達に飲まされそうになっているのでしょうか!?
いや、ちょっと待って。
そんな人体実験みたいなの、カンベンしてください!




