54.変人は変人を呼ぶ
王妃殿下が謁見の間に向かう途中、足を止めて私達に声をかけた。
「聖女マリア、デズモンド伯」
お兄様が一揖するのにならって、私も慌てて頭を下げた。
すると、驚いたことに、王妃殿下が手を上げ、私を制した。
「聖女マリア、あなたがわたしに頭を下げる必要はありません」
いや、そんなこと言われても。
「そのように神力に満ちた聖女に頭を下げさせるなど、それこそ不敬というものです」
私は戸惑って王妃殿下を見上げた。
「王妃殿下」
「後ほど、謁見の間で」
王妃殿下が目の前を通り過ぎてゆき、付き従うリリアがすれ違う際、にっこり笑いかけてくれた。
リリア……。
彼女が聖女のはずなのに。
ただ、自分でも認めたくはないが、だんだん神力になじみ始めている感覚がある。
最初は訳も分からず、ただ神力を垂れ流している状態だったが、先ほどはハッキリと、体に流れる神力を感知できた。
まるで、自分自身の力のように。
私は慌てて頭を振った。
いやいや、冗談じゃない。
ここで、自分こそ聖女!なんてカン違いをしたら、それこそ惨殺エンドまっしぐらだ。気をつけないと。
しかし、貴族って、ほんとにあからさまに手のひら返しするんですね。
さっきまでは揶揄するような視線を向けていた貴族達が、祝福の光を目の当たりにして、ころっと態度を変えてすり寄ってきた。
通路を歩く私達を取り巻き、貴族の集団も一緒に移動する。
「聖女さま、先ほどの祝福の光は、誠に美しく、わたくし神々しさに心を洗われる心地がいたしました」
「誠に。聖女どの、わたしの領地はノースフォア侯爵家様の隣にありますゆえ、ぜひ一度、お訪ねいただけませんか。領地をあげて歓待させていただきますぞ」
「それならば私の領地のほうが」
「聖女さま、わたくしの懇意にしている商会は宝飾品を取り扱っているのですが、ぜひ聖女さまに身に着けていただきたい見事な宝石がございまして」
話しかけるなオーラ全開のお兄様には声がかけられないらしく、みんな私に話しかけてくる。
私が戸惑っていると、お兄様がぴたりと足を止め、無言で周囲を見回した。
途端、かしましく騒いでいた貴族達は口をつぐみ、私達から一歩後ずさった。
すごい。
この威圧感、息苦しさを感じるレベル。
お兄様はフンと鼻を鳴らすと、謁見の間の隣にある控室に入った。
控室とは言っても、さすが王宮、余裕で十人くらいは寛げそうな広さで、ソファや机が置かれ、ちょっとしたサロンみたいになっている。
ここで呼ばれるのを待つのかな、と思ってキョロキョロしてたら、お兄様がどこから取り出したのか、小さな魔道具を机の上に置いた。
細かな術式が刻まれた金属製のプレートに、透明な半球が嵌め込まれているが、こんな魔道具は初めてみる。
「……お兄様、これ何です?」
「通信具だ。改良途中で、まだ長距離は無理だが……」
お兄様は控室にいたメイド達に下がるように伝えると、その魔道具に手を触れ、何事かささやきかけた。
すると、ぴこん、とその魔道具が光り、モノクロではあるが、鮮明な映像が壁に投影された。
おお、と私は驚いて映像を見つめた。
すごい、まるでプロジェクターだ。
こっちの世界でも、こんな性能を持った機械があるなんて。
「レイフォールド様」
壁に投影された映像が、お兄様に向かって深々と頭を下げた。
魔術師のローブを着た、ひょろっとしたまだ若い青年だ。
おそらく、王宮所属の魔術師だろう。
「アメデオ、いま魔術師塔に、使える奴はどれほどいる?」
アメデオと呼ばれた魔術師は、少し首をかしげて考え込んだ。
「魔術専門なら、三名ほどでしょうか。魔道具や鑑定専門も含めれば、八名ですね」
「闇の魔術に詳しい者がいい。できれば闇属性を持っている魔術師を」
闇の魔術、という言葉に、私は体を固くした。
ロッテンマイヤーさんについて調べるつもりなんだろうか。
しかし、こうも堂々と王宮所属の魔術師に命令して大丈夫なのか。
騎士団と塔の魔術師は、あんまり仲良くないって友達に聞いたけど。
「闇属性は、俺だけですかね。新種の呪いかなんかですか?」
「いや、それほど目新しいものではない。ただ、改良されていて痕跡をつかみにくい」
お兄様は考え込むように視線を落とし、続けて言った。
「後ほど、屋敷に来い。秘密裡に動く必要はない。わたしもこの後、すぐ屋敷に戻る」
「あー」
アメデオという魔術師が、お兄様の後ろにいる私にちらっと視線を寄越した。
「レイフォールド様、そちらは婚約者のマリア様ですか? ご婚約おめでとうございます」
とつぜん話を振られ、私は慌てて頭を下げた。
「マリアです。よろしくお願いします」
「………………」
お兄様は背中に私を隠すようにすると、無言でいきなり通信を切った。
「お兄様?」
お兄様は、はあ、とため息をつき、私を見た。
「……後ほど、あの魔術師が屋敷に来る。おまえにも会わせねばならんが」
「あ、はい」
ゼーゼマン侯爵家の標的が私なら、そりゃそうだろうと思い、私は頷いた。
「お兄様、塔の魔術師とお知り合いだったんですね」
「……仕事で関わることがあって、仕方なくな。それより、マリア」
お兄様が私の両肩をつかみ、真剣な表情で言った。
「塔の魔術師は、みな変人ぞろいだが、あのアメデオは特にひどい。何かおまえに理不尽な要求をしてくるかもしれんが、その時は気にせず無視しろ、わたしが対応する」
「は、はい」
お兄様の迫力に押され、私は大人しく頷いた。
お兄様に変人と言われるとは、アメデオという魔術師は相当なんだろうな。
ていうか、アメデオ……、なんか聞いたことある気がする。
ひょっとして、アメデオさんもお兄様と同じく、世界名作劇場関連ネーム?
なんかお兄様の回りって、吸い寄せられるように爆笑ネームの仲間が集まってくるよね。
類は友を呼ぶっていうけど、そういうことなのかなあ……。




