51.会いたかったあの人
私は開けっ放しにしていた窓を閉めた。
庭の木々も葉を落とし、そろそろ冬の気配がする。
私は鏡の前に立ち、どこかおかしなところはないか最終チェックをした。
先日出来上がったばかりのドレスを着付けてもらったのだが、さすが王都一の人気店、体にぴったり仕上がっていて、どこも調整する必要がない。
婚約の報告に宮廷に上がるためのものなので、クラシカルな形の、露出控えめで清楚なデザインのドレスだ。
胸元から首までをレースで覆い、さらに肩から手首まで、同じレースでぴったりと包んでいる。
胸下で切り替えるエンパイアラインのため、ボリュームが少なく、上品で大人っぽい。
色は淡い水色だが、白だったらまさにウェディングドレスだ。
「お嬢様、大変お美しゅうございます」
アップにした髪に髪飾りをつけ、メイドが感無量、といった様子で私に告げた。
「……ありがとう」
「本当に、本当にようございました。この良き日を迎えられ、まことに……」
涙をぬぐうメイドに、私もつられて目頭が熱くなる。
「宮廷に報告に上がるだけよ、そんな泣かないで」
「いいえ、まさかこのような日を迎えることができるとは! お嬢様がフォール地方へ行かれると聞かされた時は、もう貴族に縁付かれるのは無理だと諦めましたのに! まさか侯爵家への輿入れが叶うとは……っ!」
「……………………」
侯爵といっても、相手はお兄様なんだけどね。
しかし、わかってはいたが、私はずいぶん心配されてたんだな。
まあそりゃそうか。
伯爵家の令嬢が、平民と一緒に働くとか、もう貴族とは縁切った!って思われてもしかたないもんね。
「お相手も、ご主人様で安心いたしました。ご主人様ならば、昔からお嬢様をよくご存じですもの。今さらお嬢様が何かしでかしたところで、仰天して婚約を取り消されるようなこともありませんでしょうし」
「……………………」
うん、心配……してくれてたんだろう。
「マリア、まだか」
強めに扉を叩かれ、メイドが慌ててお兄様を中に入れた。
「マリア」
お兄様は私を見ると、甘く微笑んだ。
う……。
お兄様がまぶしい。
本日のお兄様は、お馴染みの騎士団の制服ではなく、ノースフォア侯爵家が用意した服を着用していた。
騎士らしくサーコートにマント、革のロングブーツという出で立ちなのだが、お値段が普段とは段違いのため、キラキラに美々しい仕上がりとなっている。
ノースフォア侯爵家を象徴する色が青とのことで、銀の刺繍が施された豪華な青のサーコートに濃紺のマントと青尽くしなのだが、これがお兄様に大層よく似合っていた。
銀の肩当てや剣帯なども、見るからにお金かかってます!とわかる凝った作りだ。まあ、剣帯にさしてるのは、いつものあの呪いの黒い長剣なんだけども。
普段のお兄様は、闇の伯爵という通り名そのままの、暗くおどろおどろしい迫力に満ちた、遠くから眺めていたい感じの美形なのだが、今日のお兄様はなんというか、光り輝いている。
いつもサラサラの黒髪はさらに艶やかに、迫力に満ちた剣呑な眼差しは優しく甘く、いつものお兄様しか知らない人が見たら、よく似た兄弟でもいたの?ってくらい違っている。
すごい。これは闇の伯爵ではなく、光の貴公子だ。
「お兄様、すごく素敵です! かっこいいです!」
私は素直にお兄様を褒めた。
いや、ほんと、これはすごい。
この世界にカメラがないのが残念だ。これだけの美しさを記録に残せないなんて、もったいない。
「……そうか。その、おまえも、とても美しいと思う」
お兄様が耳を赤くして、嬉しそうに言う。
うん、まあ私もそこそこの仕上がりだと思う。
お兄様を見るまでは、私史上最高の出来!と思っていたのだが、お兄様のこの仕上がりを見てしまうと、冷静にならざるを得ない。
「お嬢様、本当にお美しいですよ」
メイドがフォローするように言ってくれた。
ありがとう、優しさがツラいです。
王宮に足を踏み入れると、あちこちから好奇の視線を向けられた。
「聖女」とか「ノースフォア」という言葉が聞こえてくる。
うう……。
針のむしろだ。
しかしお兄様は、いっそ不遜なくらい堂々とした態度で、それらの視線やひそひそ囁かれる言葉を、見事なまでにスルーしている。
さすがお兄様。本日もブレない鋼メンタル。
お兄様の隣で隠れるように小さくなって歩いていると、ふと目の前に影が差した。
「………………」
お兄様が黙ったまま立ち止まった。
なんだろうと思って顔を上げると、
「デズモンド伯、ご健勝のようでなによりですわ。まあ、そちらがご婚約相手のマリア様?」
にっこり笑いかけられ、私は目の前に立つ美女に目を見張った。
艶やかな黒い巻き毛に、鮮やかな緑の瞳の美女。
豪華な深紅のドレスに身を包んでいるが、間違いない。
あのお針子さんだ!
え、なんで宮廷にいるの!?
事情が飲み込めず、目を白黒させている私を尻目に、お兄様がそっけなく礼をする。
「ゼーゼマン侯爵令嬢、ロッテンマイヤー嬢」
お兄様の言葉に、私は息を飲んだ。
え、どういうこと。
この美女は、間違いなくあの時のお針子さんだ。
お針子さんが、なぜにゼーゼマン侯爵令嬢?
ていうか、こんな美女なのに、名前がロッテンマイヤー・ゼーゼマンなのか……。
ゼーゼマンだけでもかなりのものなのに、そこにさらにロッテンマイヤーが乗っかってくるとか、すごい破壊力。
どうしてお針子さんがロッテンマイヤー……、こんな時にアレだけど、やはり笑える。
だってロッテンマイヤー・ゼーゼマンさんだよ!
眼鏡でもひっつめ髪でもないのが大変残念ですが!
お兄様の剣呑な眼差しからして、笑っている場合ではないとわかるのだが、笑っちゃいけないと思えば思うほど、余計に腹筋に負荷がかかるような気がする。
私は片手で口元を押さえ、こみ上げる笑いを何とか押し殺したのだった。




