49.危機的状況
店を訪れてから二日後、驚異の速さで店側からデザイン画が届けられた。
デザイナーだけではなく、この段階でお針子も数名引き連れて来てくれるとか、ノースフォア侯爵家の威光を実感する。権力ってすごい。
ドレスデザインを選んでいる間、さっそく採寸されることとなったのだが、なぜか三人がかりだ。
袖のあるなし、肩紐タイプなど、ドレスのタイプによって肩幅も変わってくるとかで、あちこち細かく採寸され、記録された。
「腕を上げていただけますか?」
指示に従い、大人しく両腕を上げた。その時、
「ぃつっ」
ツキッと差し込むような痛みが走り、私は思わず声を上げた。
「まあ、申し訳ございません。どうかなさいましたか?」
声をかけられ、私は頭を振った。
「いえ、大丈夫です」
痛みの走った箇所を指でなぞってみたが、特に違和感はない。
気のせいかな、と思っていると、
「そうですか、ようございましたわ」
肩甲骨の下辺りをつつっと指でなぞられ、私は体をこわばらせた。
え。
いま、何か、明らかに採寸とは違う指の動きが。
いやでも、みんな当たり前だけど女性だし。
私はおそるおそる振り返り、私の背筋を撫でたと思われるお針子を確認してみた。
ゆるやかにうねる黒髪をひとつに束ねた、色っぽい美人が微笑んで私を見ている。
「もう一度、腕を上げていただけますか?」
「……はい」
うん、たぶん気のせいだよね?
なんかゴミとかくっついてて、それを取ってくれたのかも。
その後は特に問題なく採寸も終わり、私はドレスのデザインを決め、作製を進めてもらうことにした。
うん、まあ、滞りなく終わった……と思ってもいいだろう。
それにしても、なんかなんか……、いや、気のせいなんだろうけど。
あのお針子さん、妙に美人だったから、それで気になっちゃうのかな。
つやつやの黒髪に、鮮やかな緑色の目をしていた。
ソファに座ったまま、私はうとうとした。
最近、怒涛の人生展開だった。疲れがたまってるのかもしれない。
うたた寝していると、ふわりと体が浮く感覚がした。
暖かい腕に抱き上げられ、どこかに運ばれていく。
「―――マリア」
名前を呼ばれて、額に口づけられる。
目を開けると、騎士団の制服を着たままのお兄様がいた。
「疲れているようだな。そのまま寝ていろ」
寝台に下ろされたのか、柔らかい感触に包まれる。
優しく髪を撫でられ、ふたたび眠気におそわれた。
私は目を閉じようとし―――、違和感に飛び起きた。
「マリア?」
「な、なんでお兄様の寝室?」
そこは見慣れた私の部屋ではなく、なぜかお兄様の寝室だった。
お兄様、寝室でまで仕事をしているのか、机の上に書類が山積みだ……、いやそれはともかく!
「ソファでうたた寝しては風邪を引くかもしれん。寝台で眠ったほうがいい」
なら私の寝室に運んでくれればいいじゃないですか!
「お手数おかけいたしましたお兄様それでは失礼いたします」
私は、すささ、と後ずさり、寝台から下りようとしたが、
「待てマリア」
腕を引かれ、ふたたび寝台に引き戻された。
両腕をひとまとめにされ、上からのしかかるようにしてお兄様が私の体を押さえ込んだ。
「お、お兄様、落ち着いて、ねっ、話せばわかる、わかりますから!」
「………………」
お兄様は黙ったまま、じっと私を見つめた。
心なしか、表情が険しい。
何なになんなんですかお兄様!
なんか色んな意味で危険を感じるのですが気のせいでしょうか神様!




