47.絶好調のお兄様
お店に着く前からぐったり疲れた私とは対照的に、お兄様は気力みなぎる様子で言った。
「せっかくだから、この店で挙式用のドレスも注文しよう。早く注文すれば、それだけ早く仕上がるだろう」
「……………」
「別の店のほうがいいか?」
そういう問題ではない。
しかし、ここでごちゃごちゃ言って、お兄様とこじれるのも本意ではない。
「いえ、……それじゃ、そうしましょうか」
私の返事に、お兄様が嬉しそうに微笑む。
う……。
お兄様の、全開の笑顔がまぶしい。
こうも無防備に喜びを前面に押し出すラス兄様なんて、初めてかもしれない。
そんなに喜んでもらえると、私もなんていうか、恥ずかしさをこらえて告白して良かったというか、キモい指輪に耐えた甲斐があったというか、とにかく良かった、いい仕事した自分!
お兄様が予約していたのは、意外にも王都で人気のデザイナー店だった。
なぜお兄様がそんな情報を把握していたんだ? ただの偶然?
私の物問いたげな視線に気づいたのか、お兄様が言った。
「そうしたことに詳しそうな騎士連中に話を聞いた。わたしには良くわからぬが、この店は貴族の令嬢方に一番の人気ゆえ、間違いないと太鼓判を押されたのだ」
そっか、王城直属の騎士様は、貴族令嬢の間で常に変わらぬ人気を誇ってるもんね。
貴族令嬢と交際してたり、婚約してたりする騎士様も多いし、令嬢の好むお店の一つや二つ、知っていてもおかしくはない。
ていうか、お兄様がイレギュラーなだけなんだろうけど。
「ええ、その通りですよ。ここ、人気でなかなか予約とれないんです。お兄様も、どうやって予約を取り付けたんですか?」
まさか剣で脅したわけではあるまい。
「まあ、ノースフォアの力だな」
おうふ。
「ラス兄様、まだ後を継いだわけではないんでしょう?」
「向こうが勝手に気を回しただけだ。わたしは魔法騎士のレイフォールドとしか名乗っておらん」
そりゃ、魔法騎士は数が少ないし、その中でレイフォールドと言えば、現在話題沸騰中のお兄様しかいませんからね。
お店に入ると、ノースフォア侯爵家の威光をまざまざと実感した。
普通、こうした店では、まず従業員が接客してくるのだが、お兄様が名前を告げるなり、奥から偉そうな人がすっ飛んできたのだ。
「これはこれは侯爵さま! ようこそいらっしゃいました! ささ、どうぞこちらへ、婚約者さまも、どうぞご一緒に」
お兄様は堂々と案内を受け、そのまま奥へと歩いていく。
うーむ。
いずれ侯爵家を継ぐとしても、今のお兄様はまだ伯爵。そして私は偽聖女。
なんか、侯爵を騙る悪の闇伯爵と偽聖女の組み合わせなんて、断罪待ったなしの悪役カップルという気がするのですが。
「ここで挙式用のドレスも、併せて頼みたい」
奥の部屋に着くなり、いきなりお兄様がそう告げた。
「おお、それはそれは! そのような晴れのお衣装をお任せいただけるとは、光栄でございます! 次はこちらからお屋敷にお伺いいたしますので、その際に採寸なりデザインなり、詳細にお打合せさせていただければ」
「今すぐ頼みたいのだが」
お兄様の無茶ぶりに、お店の人も私も一瞬、うっと顔を引き攣らせた。
「お、お兄様、今すぐはさすがに……」
「そ、それでは基本のデザインをお選びいただき、後ほど細かい部分を詰めていくということで、いかがでしょうか」
「……そういうものなのか? まあ、確かにドレス作りには、やたら時間がかかると聞かされたが」
不満げなお兄様に、私は必死に言った。
「そ、そうです、ドレス作りは大変なんですお兄様! オムレツじゃないんだから、今すぐ作れとか言われても無理ですよ!」
「お気遣いいただき誠にありがとうございます! お優しい婚約者さまで、侯爵さまも誠にお幸せかと!」
明らかなおべっかだが、お兄様の表情が和らいだ。
「うむ……、そうだな」
お兄様は私を見つめ、とろけるように微笑んだ。
「そうだな、わたしは幸せ者だ」
うぐっ……。
お兄様の笑顔の威力に耐えられず、私は下を向いた。
お店の人は、お兄様の堂々とした惚気にも動じず、すかさず言った。
「それでは今すぐデザイン画をお持ちいたします! お飲み物を運ばせますので、しばしお待ちを!」
お店の人が部屋を出ていき、私は部屋の中央に置かれたソファにぐったりと沈み込んだ。
隣にすぐさまお兄様が座り、私の腰に腕を回してきた。
「マリア」
ちゅっと頬に口づけされ、私は飛び上がった。
「ぅお、ちょっと、お兄様!」
私の制止も聞かず、お兄様は私の顔中にキスをしまくる。
「ちょ、誰かに見られたら……」
「誰もいない」
耳を甘く噛まれ、私はすんでのところで声を上げるのをこらえた。
「お兄様!」
「それに、見られたところで何の問題がある? わたし達は婚約者同士だ」
私の羞恥心、および世間一般的な公序良俗に照らし合わせて、多大な問題があるかと思われます!
お兄様、見た目からは想像もできないが、恋人とは常にイチャイチャしたいバカップル脳の持ち主らしい。
闇の伯爵のくせに……。ラスカルのくせに……。
私は、お店の人がふたたび部屋に戻るまで、恥ずかしさにゴリゴリ心を削られたのだった。




