46.戦慄の指輪
そのままのほうが素敵ですのに、とブツブツ言いながらも、メイドがショールを巻いて胸元を隠してくれた。
もう胸も見えないというのに、相変わらずお兄様の両耳が赤い。
私まで恥ずかしくなるから、赤くなるのやめて下さい!
「……あのですね、お兄様」
私は馬車の中で背筋を伸ばし、向かい側に座るお兄様を見た。
せっかくの機会だ。
いつまでも逃げている訳にはいかない。ここで、きちんと言っておかねば。
「その、あの、この間、お兄様がおっしゃったことなんですけど」
「どの件だ?」
ぐぬぬ、と私は唇を噛んだ。
どうあっても、はっきり言わせるつもりかこのラスカル。
「だから、あの、こん……や、く……の、お話なんですけども!」
「ああ」
お兄様はうなずき、私を見た。
「以前、おまえに言ったな。無理強いするつもりはないと」
「え? ……はい? そうでした?」
「ああ。……おまえは、いずれ他家に嫁ぐものと諦めていたし、そうでなくとも、無理やりおまえを手に入れたところで意味はないからな。……だが」
お兄様の目つきが鋭くなった。
こ、怖いんですけど。
「だが、この状況ではそうも言っていられなくなった。おまえの意思を無視する形になってしまうが、これ以外、おまえを王家に渡さず、ゼーゼマン家から守る手段がない」
「そ、そうですか」
「王家はともかく、ゼーゼマン家は厄介だ。ノースフォアの名を使うしかない」
ため息をつくお兄様に、なんだか私は申し訳なくなった。
「あの……お兄様、もしかして私のせいで、ノースフォア侯爵家を継ぐことになさったのですか?」
「おまえのせいではない」
いや、どう考えても私のせいじゃないでしょうか。
お兄様、元々はミルに爵位を譲ったら、無爵になるつもりだったみたいだし。
それはそれでどうなんだと思うし、ノースフォア侯爵になれば誰にも文句言わせないような見事な施政者になりそうな気もするけど、でも、お兄様はそんなの望んでない気がする。
「……ラス兄様は、それでよろしいのですか?」
私の言葉に、お兄様は虚をつかれたように私を見た。
「どういう意味だ?」
「お兄様が、私を守ろうとしてくださるのは、本当に嬉しいですし、助かってます。正直、私とミルだけでは、この状況に対処できませんから。……でも、そのためにお兄様の意志を曲げ、望まない道を進んでほしくはないのです」
お兄様は、生まれた時から望まない選択肢ばかりを強制されてただろうしね。
最終進路までそれでは、不憫すぎる。
「……マリア」
お兄様は手を伸ばし、そっと私の頬に触れた。
「これは、わたしの望みなのだ」
「お兄様」
「……わたしはある意味、ゼーゼマン家に感謝している。おまえを手に入れるための、大義名分を与えてくれたのだから」
私は思わずうつむいた。
ちょっ……、お兄様、不意打ちでなんという口説き文句を。
「マリア」
「…………」
「おまえの気持ちが、わたしになくても構わぬ。……頼む。わたしの妻になってくれ」
お兄様が私の手をとり、指先にちゅっと口づけた。
ぬおー!
なんでそんなかっこいいことするんですかこのラスカルはー!
ぐぬぬ、と私は煩悶した。
正直、まだ怖い。
お兄様はちょいちょい闇の伯爵感を出してくるし、監禁大好きだし、一歩間違えれば血まみれの闇伯爵へとグレードアップする気配をひしひしと感じる。
そして何より、これ以上お兄様を好きになってしまうことが怖い。
後戻りできないくらいお兄様を好きになって、それで小説通りにお兄様に憎まれ、蔑まれて殺される未来がきたら、私はどうすればいいんだ。いや、殺されるんだから、死ぬしかないんだけど。
私はお兄様を見た。
どこか途方に暮れたような、懇願するような眼差しで私を見ている。
私はため息をついた。
これはもう、覚悟を決めるしかない。
「……お兄様に気持ちがないなんて、そんなことはないです」
「マリア」
私はすーはー深呼吸し、勇気を振り絞って言った。
「……私も、その……、お兄様を、お慕いしております」
蚊の鳴くような声だったが、お兄様にはしっかり聞こえたらしい。
「マリア」
お兄様は私の隣に素早く移動し、私の顔をのぞき込んだ。
「……本当に?」
「はい」
「おまえも、わたしを想っていると?」
「……はい」
お兄様がきつく私を抱きしめた。
「本当か?」
「本当です。……さっきも言ったじゃないですか」
「信じられぬ」
お兄様は私の首筋に顔を埋め、はあ、と熱い息を吐いた。
「もう一度言ってくれ」
「えええ……」
さっきもかなり恥ずかしかったんですけど。
「頼む」
うぬぬう……。
「……ラス兄様が、すっ、すす、好き……、です……」
カミカミで告げると、お兄様がかすかに笑う気配がした。
「お兄様!」
「すまない、だが、おまえがあまりに可愛らしくて、それで」
ぐ、ぐぬぬぬ!
「そ、そういう意見はですね、たまーに、ほんとにたまーに、年一回くらいの頻度で言ってください。あんまり頻繁だと、心臓がもちません」
お兄様が笑った。
そのまま顔が近づいてきて、キスされる。
ちゅ、ちゅっと何度かついばむように口づけをくり返され、めまいがした。
私を抱きしめるお兄様の腕の力が強くなる。
「……ずっと、おまえだけを見ていた。おまえを手に入れることができるなら、他には何も望まぬ」
「お兄様」
お兄様は私の顔に頬を寄せ、かすれた声でささやいた。
「わたしの妻に、なってくれるか……?」
「……はい」
私は恥ずかしさをこらえ、小さく頷いた。
すると次の瞬間、お兄様は素早く私の左手を捕らえた。
そのまま、強引に私の薬指に指輪をはめる。
「え」
少しゆるめのその指輪は、私の指にはめられた途端、シュッと縮まり、指に張りつくようにその形を変えた。
「え、ちょ、気持ち悪っ! お、お兄様、この指輪」
「婚約指輪だ。……いろいろ術をかけているから、少し馴染まぬところがあるかもしれんが、婚姻用の指輪を重ねれば、術が完成して違和感は消えるはずだ」
いろいろとツッコミどころがありすぎるんですが。
「わたしにも着けてくれ」
嬉しそうに指輪を差し出され、私は一瞬、怯んでしまった。
こ、この指輪も、さっきみたいに動くのだろうか。
見た感じ、普通の金の指輪だけど、普通のわけないよね。
正直、触りたくなかったのだが、お兄様の期待に満ちた眼差しに負け、私は嫌々指輪をつまみ上げた。
すると、ぐにっと指輪が変形し、私の指に絡みついてきた。
「ひいい! お、お兄様、ゆっ、指輪が、グニッて!」
「ああ、大丈夫だ。そのまま、わたしの手に近づけろ」
どこもかしこも大丈夫ではない!
私は泣きそうになりながら、お兄様の左手にそのキモい指輪を押しつけた。
すると、指輪はするっとお兄様の薬指に絡みつき、その付け根に張り付くように形を変えた。
「……………………」
「うむ、上手くいったようだな」
満足げに左手を見つめるお兄様。
私はがっくりとうなだれた。
いや、お兄様への気持ちは本当だし、お兄様がこういう人だっていうのも、わかってたけど。
でもさあ……。
いや、うん、いいんだ、もう何も言うまい……。




