39.偽聖女の秘密
「やあ、マリア。また会えてうれしいよ」
「恐れ多うございます、殿下」
王子様に気さくに手をとられ、私は引き攣った笑みを浮かべた。
王太子殿下の私室で、しかも人払いをしているため、誰にも見られてはいないのだが、王族があまりにフレンドリーだと、こっちがビクビクしてしまう。
しかも、この前会った時、怒りのあまり王子様に塩対応してしまったし……。
王子様、忘れてくれてるといいんだけど。
それにしても、言い出したのは私だが、本当に王太子殿下に秘密裡に会えるとは思わなかった。
リリアに伝言を頼んだ時も、ダメならまた別の手を考えよう、くらいのノリだったのに、その日のうちに返事がきて、逆に驚いたくらいだ。
「この前、あなたと会ってから、まだ一ヶ月も経っていないのに、なんだかずいぶん久しぶりに顔を見た気がするよ」
色々ありましたからね。
祝賀会とか、襲撃犯の捕縛とか。
「お忙しい中、お時間をとっていただき、感謝いたしております」
「いや、会いたいと言ってもらえて、嬉しかった。婚約の件もあったし、二度と会ってもらえないかと思っていたからね」
さらっと気まずい話題を口にする王子様。
……王家サイドは、王太子殿下と私の婚姻を望んでいたのに、それをお兄様がぶった斬り、逆にお兄様との婚約を決めてしまった。
お兄様の手際の良さもあったのだろうが、これだけ王家をコケにした振る舞いが許されたのは、やはりお兄様の出生のいわくや、両親の事件があったからだろう。
王家は、デズモンド家に負い目を持っている。
それに便乗して王太子殿下の権力を利用するのは、なんとも申し訳ない気がするが、私だって王家の手駒にされかかったり、実際に囮として利用されたりと、被害を被っている。
ちょっとくらい、問題ないはず……、と思いたい。でもすみません。
「王太子殿下、その、リリアに申し伝えた件なのですが」
「ああ、リーベンス塔の件か。それはまあ、何とかできるが」
王子様は片眉をあげ、私の顔をのぞき込んだ。
「……レイフォールドには知られぬよう、というのが気になるな。何か後ろめたいことでもあるのかい?」
「そっ……、そういう訳では」
後ろめたいというか、知られれば怒られるのがわかっているから、なるべく隠したいのだ。
……うん、そういうのを後ろめたいって言うんですね。
「婚約したてなのに、もう婚約者に秘密をつくるなんて、聖女どのもなかなかやるじゃないか」
ふふっと笑い、王子様はつかんだままの私の手を、ぎゅっと握りしめた。
「その秘密の相手が僕なんて、光栄だ。もしレイフォールドにばれても、秘密を共有した仲間として、一緒に叱られてあげるよ」
えっ、ほんと!?
私は驚いて王子様を見た。
怒れるお兄様に、一緒に立ち向かってくれるとか!
よほどの勇者でなければできないことだ。ありがたい。
「誠にありがたいお言葉、痛み入ります、ありがとうございます!」
感謝する私に、王子様がぷっと吹き出した。
「殿下?」
「いや……、いや、その、あなたは本当に可愛らしい方だと、そう思ったんだ。……本当に残念だよ」
「残念?」
私が聞き返すと、王子様は苦笑した。
「もうわかっているのだろう? 我々王家は、あなたを利用しようとした。聖女の威光を王家のものとし、ゼーゼマン家を牽制するため、あなたを王家に取り込もうとしたことを」
王子様の率直すぎる言葉に、私は驚いた。
ここまで赤裸々に、手駒にしようとしてました!とか白状されるとは思わなかった。
私の表情に、王子様は自嘲するように笑った。
「……あなたは正直だ。宮廷ではその美点はただの弱みにしかならないだろうが、だが、初めて会った時、あなたは輝いていた」
確かに、聖女鑑定で物理的に輝いていましたが。
「あなたは地位や権力、奢侈にも心動かされないようだ。デズモンド家には、特別な魔法でもかかっているのかと思うよ」
「いえあの、デズモンド家は変わり者が多いだけです。それに私は、お金にすっごく心を動かされますよ」
あまりに予想外の賞賛に、私は居心地が悪くなって言った。
聖女というフィルター越しに見られているせいか、すべて良いほうへ誤解されている気がする。
王子様はぷっと吹き出した。
「本当にそうなら、あなたは僕との婚約を受け入れたはずだ。そうすれば、富も権力もすべて手に入ることはわかっていただろう?」
「いえ、それはさすがに」
そりゃお金は欲しいが、だからって王子様と結婚とか、無理。
「……そうか、無理か」
王子様が私の顔を見て言った。
……いつも思うことなんだけど、私の表情ってそんなにわかりやすいんだろうか。
お兄様も王子様も、私の顔見ただけで、正確に私の考えを言い当てるよね。
「あなたに富や権力を与えても、喜ばないだろうことくらいはわかる。……僕があなたにしてあげられるのは、些細なことだけだ。リーベンス塔を訪れる許可を与える、とかね」
肩をすくめる王子様に、私は言った。
「それで充分です。嬉しいし、ありがたいです」
私は王子様に膝を折った。
「ありがとうございます、殿下。感謝いたします」
「……そうか。感謝か」
王子様は半ばつぶやくように言い、私に微笑みかけた。
「僕もそれで充分だ。今はね」




